山崎浩二の「Small Beauty World」

目次


写真・文:山崎 浩二

1963年岩手県生まれ。日本大学農獣医学部水産学科卒業。
熱帯魚などの水棲生物の撮影を中心に活動し、特に小型美種の美しい色彩を再現する撮影技術は国内はもとより海外からも非常に高く評価されている。また東南アジアを中心としたフィールドにも明るく、ライフワークともなっている。
著書に『世界のメダカガイド』『淡水産エビ・カニハンドブック』(文一総合出版)、『たのしいカメ・メダカ・オタマジャクシ・ザリガニ・ヤドカリ』(主婦の友社)、『熱帯魚アトラス』(共著・平凡社)その他多数。

第45回 「パクチョンのクリプトコリネ・バランサエ」
クリプトコリネ・バランサエの仏炎苞

クリプトコリネ・バランサエの仏炎苞。独特のねじれた形態が美しい。パクチョンの自生地では例年2月ごろが開花のシーズンである。花の時期にはあちこちの株から花が立ち上がり見事である。

タイに旅行した多くの人は、まずバンコクのスワナプーム国際空港へ飛行機で辿り着く事だろう。そこから有名な観光地であるプーケットやチェンマイなどへと乗り継いで向かう。タイではこうした飛行機を使っての移動の他、電車バスや車を使っての移動方法もある。数多くあるタイの観光地の中で最もバンコクから近くて手軽なのが、カオヤイ国立公園(Khao Yai National Park)であろう。山あり川あり、ジャングルありと言った自然の中で野生の象や鹿、猿などにも出会える。カオヤイへはバンコクから車なら約1時間半から2時間で到着する。これなら日帰りでのツアーも可能である。そのため海外からの旅行者の他、バンコクに住むタイ人にも人気の観光地となっている。山地のため、暑いバンコクと違い涼しい気候も魅力だ。

自分も30数年前に初めてタイを訪れた際に、カオヤイ国立公園を訪問した記憶が残っている。しかし、その当時のカオヤイと現在のカオヤイとでは大きく様子が異なってしまっている。国立公園の中はもちろん自然が保たれているのでそうでもないが、麓の町の様子は激変してしまっている。国立公園に向かう道路も二車線だけだったのが、拡張されて周囲の木々は伐採されてしまったし、何より素朴だった町の様子が完全に今風のリゾート地となってしまっている。まあバンコクから一番近いリゾート地として観光客が増えれば、このような変化は致し方ないのかもしれない。しかし、昔のカオヤイを知る者としてはちょっと寂しく感じてしまう。自然を楽しみに訪れている地で、自然が壊されていては意味がないのである。この問題はタイではなく日本でも同じである。沖縄の石垣島などでは同じような問題が生じている。

パクチョンのバランサエの水上葉

パクチョンのバランサエの水上葉。水中葉に比べて緑が濃くなり、葉柄や葉の長さも短くなっている。岩場にがっちりと根を張っているので、雨季になり増水した際にも流されてしまうことはない。

昔のカオヤイ周辺は夜になると電灯の数も少なく、明るい電灯のある場所には数多くの昆虫が飛んで来ていた。アトラスオオカブトやテナガコガネなどの他、様々な昆虫が観察できたので、夜の街灯巡りは非常に楽しかった。だが、現在では多くの場所に明かりが灯り、またその電灯の多くが昆虫が集まらないような波長の光となっているために、昔のような街灯を巡っての昆虫観察はできなくなってしまったのが残念である。

前振りが長くなってしまったが、このカオヤイ国立公園のある山の麓にパクチョン(Pak Chong)という町がある。カオヤイ国立公園からは車で15分程なので、何か買い物があるとこの町まで下りて来ていた。このパクチョンの町はずれに目立たない小さな川があり、ここにクリプトコリネ・バランサエ(Cryptokoryne crispatula var.balansae)の群落があると教えてもらったのは、かれこれ20年以上前の事である。それから、カオヤイに来るたびにその川をチェックしているのだが、バランサエの群落は未だに健在である。バンコクからも日帰りや一泊旅行で来られるため、何度となく魚や水草好きを案内してきた。魚は目ぼしい種類はいないが、小型のヌマエビやテナガエビ、サワガニの仲間などの個体数は多く、採集も楽しめる。

パクチョンの町外れのクリプトコリネ・バランサエの自生する川

パクチョンの町外れのクリプトコリネ・バランサエの自生する川。川底は岩盤質だが、岩の隙間に根をがっちりと活着させている。水中葉が流れにたなびく様子は美しい。

タイでも、マレー半島部ではなくインドシナ半島部で見られるクリプトコリネは、ほとんどがこのバランサエと同様の細葉タイプである。マニアの間では、この細葉タイプのクリプトコリネはなぜかあまり人気がない。クリプトコリネの分類などに関しては不勉強なので多くは語れないが、同じバランサエと思われる物でも自生地により、大きく姿や生態が異なってい興味深いのだが・・・。また同じ種類でも雨季と乾季では大きく姿が異なっている。ここパクチョンのバランサエも同様で、11月から翌年5月ぐらいまでの乾季に水から出た株は、長く伸長した水中葉と異なり、がっちりとした短い肉厚の葉に変化する。知らない人が見たら別種と思ってしまうほどの形態変化である。
パクチョンのバランサエは例年2月頃の水位が下がった時期に独特のねじれた形の長く伸びた仏炎苞を持つ花を咲かせる。どの種類でもそうなのだが、クリプトコリネはこの花の咲いている時期が一番魅力的だ。長く伸びた花の先端に色とりどりのイトトンボが止まっている姿を、以前は時間を忘れて撮影したものだった。花が咲いて2~3ヶ月すると株の根元には大きな丸い実ができる。この身の中に数10粒の種が入っている。実が熟すと種がこぼれ落ち、水に流され新たな場所で芽吹くのである。しかし、自生地で観察した限りでは、実生よりもランナーでの増殖の方が主流のようだ。

流れから採集したクリプトコリネ・バランサエの水中葉

流れから採集したクリプトコリネ・バランサエの水中葉。根は流れに負けないように岩の間にがっちりと張っており、採集するのも難しいぐらいである。日当たりの良い場所では赤みが強くなる傾向にある。

昨年、乾季で水上葉に変化している時期にここパクチョンを水草好きの友人と共に訪れ、少しだけ水上葉の株を採集して帰った。この時のバランサエは友人のところでは未だに健在のようである。自分は日本に持ち帰り、水苔に植えてプラスチックのカップの中で育成してみた。蛍光灯の光でも容易に育成でき、これならテラリウムでの育成でも楽しめると感じた。バランサエは水中葉で販売されることがほとんどで、水槽での育成も容易でクリプトコリネとしては初級種である。赤みを帯びて長く伸長した凹凸のある葉の水中葉も美しいが、改めて育成してみると水上葉も魅力的だし、今までと異なった使い方も可能である。安価な初級種だとバカにしないで、バランサエの魅力をもっと楽しんでいただきたい。

水上葉はまた違う魅力を持っている

タイは11月から5月までが乾季である。10月に雨季が終わり、徐々に川の水位が下がってくるに従い、バランサエも水中葉から水上葉へと徐々に変化を遂げる。凹凸のある葉は水中葉と同様だが、水上葉はまた違う魅力を持っている。

4月の終わり頃、岩盤から掘り出した水中葉の株

4月の終わり頃、岩盤から掘り出した水中葉の株。根元には丸い実を付けている。このように実生でも増殖するが、自生地ではランナーで増殖する方が主流のようだ。実の下に見える白いのがランナーの芽である。

パクチョンのバランサエの水上株を水苔に植えてプラスチックのカップの中で育成してみた

パクチョンのバランサエの水上株を水苔に植えてプラスチックのカップの中で育成してみた。蛍光灯の光のために日光で育った水上葉の力強さはないが、赤みを帯びた水上葉を展開して美しく育ってくれた。こうした水上株はアクアテラリウムでも活用できるだろう。


写真・文 : 山崎 浩二

第44回 「マハチャイ系ハイブリッド・ベタ」
ゴールデン・シャレリーのオス個体

オス同士で逃走するマハチャイ・シルバー。同じシルバーでも手前の個体は全体に各ヒレの赤みが強い色彩をしている。このような色彩の違いは、代を重ねるにつれ固定することも可能だろう。

ここ数回このコラムでハイブリッドのワイルド改良系ベタや純系ワイルド改良系ベタを紹介してきた。元々自分はワイルド好きであるため、以前から数多くの改良品種があるベタの中でもプラカットに一番興味を持っている。そうしたワイルド好きには、元のワイルド・ベタの魅力を残しているこうした改良系のベタは正にツボであった。ベタの本場であるタイでも、最近のワイルド・ベタの人気と共に、こうした改良系ワイルド・ベタの人気も高まりつつある。種類によっては元の原種よりも価格的に高価な種類さえある。以前紹介したトリプルクロスなどは需要に供給が追いつかず、入手は順番待ち状態になっている。

こうしたワイルド・ベタの改良は、スプレンデンス・グループ同士の交配が中心である。自分の情報不足かもしれないが、ワイルド・ベタでも他のグループではハイブリッドの報告はほとんど聞いたことがない。スプレンデンス、インベリス、スマラグディナ、マハチャイエンシス、スティクトス、シャムオリエンタリスを含むスプレンデンス・グループのワイルド・ベタは比較的容易に交配可能であり、その子孫も繁殖可能な事が多い。このような種間雑種は今に始まった事ではなく、古くからベタの愛好家達の間では試みられていた。今の若い世代では知る人は少ないだろうが、ドイツの偉大なスペシャリストである故シュミット・フォッケ氏がスプレンデンスとインベリスを交配して作ったネオン・ベタがその始まりかと思われる。それに刺激され、自分も30年程昔にメタリカと呼ばれる系統のベタにインベリスを交配した事がある。結果は物凄く綺麗なインベリスに酷似したベタが生まれたが、その当時はハイブリッドのベタの市場など全くなく、逆にワイルド・ベタの市場を混乱させるだけなので、写真に記録するだけで、その魚を世に出すことはなかった。

ゴールデン・シャレリーの生息場所

マハチャイ・グリーンと呼ばれている改良品種。純粋なマハチャイエンシスとは体型が異なっている。体側のメタリックグリーンの色彩は他種との交配により、更に魅力的になっている。たぶん、プラカットの血がかなり昔に入れられたのだと推測できる。

時代も変わり、多数のワイルド・ベタも新たに記載され、現在では人々のワイルド・ベタに対する知識もかなり高まっている。自分個人の考えだが、このような状況なら、ワイルド系のハイブリッド・ベタも正直にその由来を情報として伝えた上で改良品種として紹介するのは悪くはないだろう。危惧するのは、交配の情報等がなかったり、偽りや誤った情報で魚が出回ってしまう事である。このような魚が出回ってしまうと、せっかく盛り上がったワイルド・ベタの市場と共に、ベタの業界が衰退してしまいかねない。以前紹介したトリプルクロスがタイのベタ市場で人気を博し、高値で取引され品薄の状態となっている一方、それに刺激されたのか、最近バンコクでも交配の情報もはっきりしないハイブリッドが多少出回るようになっているのが気になるところだ。

さて、今回は前置きが長くなってしまったが、こうしたワイルド系改良ベタの交配のベースには、マハチャイエンシスが使われるケースが多いようである。たぶんマハチャイエンシスのメタリックな色彩が交配することにより更に目立つようになるためであろう。今回はこのマハチャイ系のハイブリッドを中心に紹介しよう。
まずは、かなり前からバンコクの市場に流通しているマハチャイ・グリーンである。この魚はハイブリッドではないと思っているマニアが多いようであるが、体型や色彩などから考察すると、どこかでスプレンデンスの血が入っていると思われる。マハチャイ・ブルーと呼ばれる魚もいるが、これも同系統の色違いか、ここから派生した魚と思われる。これらは、更に交配のベースに使われている事が多いようで、トリプルクロスの作出にも使われている。

現地で採集した直後のゴールデン・シャレリー

ダブルクロスとも呼ばれ、マハチャイエンシスとスマラグディナの交配から作出されたメタリックブルーが魅力的な魚。多数の個体を確認したが、体型や色彩などのの特徴の固定度は高い。

誇示行動をしているゴールデン・シャレリー

ダブルクロスのメス個体。メスでもしっかりとメタリックブルーの色彩の片鱗を見せている。尾ビレや尻ビレに入るスポットや模様はマハチャイエンシスの特徴を受け継いでいるようだ。

ダブルクロスとも呼ばれているメタリックブルーが美しい改良品種は、マハチャイ・ブルーとスマラグディナの交配から作出したと言う話で、2017年春にリリースされた新品種であるが、尋ねる人によって情報が異なっており、交配の詳細が不明である。自分はブルーの個体しか確認していないが、グリーン系の魚もいると言う話である。ブルー系とグリーン系の魚が存在するというのは、トリプルクロスと同様のようだ。この魚は1ペア日本に持ち帰って来たので、自分で繁殖させてみるつもりである。その子供の表現型を見れば、どのような交配をしたのか、多少確認もできるだろう。

インドストムス・スピノーサス

マハチャイ・シルバーは、交配にプラカットを使ったにも関わらず、マハチャイ特有の細身の体型を維持している。これは作出者が目標を持って、選別淘汰を行った賜物であろう。

ベタ・スマラグディナ・ギターのオス個体

マハチャイ・シルバーのグリーン系のメス個体。

ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワー

マハチャイ・シルバーのブルー系のメス個体。

マハチャイ・シルバーと言う改良品種も以前からたまに市場に出回っている。これはマハチャイエンシスにスチール系のプラカットを交配して作出したようである。しかし、2017年6月に自分が入手した2ペアでは、オスの色彩が同じシルバーではなく、片方の個体では、やや赤みが強かった。またメスは、ブルー系とグリーン系がおり、こうした点から考察するとまだ品種としての個程度はそう高くないと思われる。しかし、体型、色彩共に魅力的なので、今後の固定の方向によっては人気も高まるだろう。

ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワー

インベリスとマハチャイエンシスの交配と思われるハイブリッド・ベタ。体型や色彩に両種の特徴が見られるが、特に新しい特徴もなく中途半端な印象を受ける。マハチャイ・グリーンとして売られていた個体に混ざっていたのだが、このようなハイブリッドが間違って流通しないように注意が必要である。

ある店では、マハチャイ・グリーンとして販売されていたが、明らかに異なる雰囲気をしている魚を見つけた。最初は小さくてまだ特徴がはっきりしなかったが、買い込むに連れて特徴が見えてきた。尻ビレや尾ビレに入る特徴的な赤い色彩から考察すると、間違いなくインベリスの血が入っている。その他マハチャイエンシスの特徴も有するので、マハチャイエンシスとインベリスのハイブリッドであろう。個人的には中途半端な特徴が魅力的とは思えなかったし、明らかに間違った名称で販売されているのはちょっといただけない。こうした魚の流通がせっかくのワイルド系改良ベタの普及を妨げてしまうのである。目標もなく、闇雲に交配しても高値で販売できるような魅力的な品種の作出は無理である。タイのブリーダー達にもそこは理解して頂きたいものだ。


写真・文 : 山崎 浩二

第43回 「ゴールデン・シャレリー」
ゴールデン・シャレリーのオス個体

ゴールデン・シャレリーのオス個体。オス同士は出会うと各ヒレを広げて自分を誇示する。これが激しさを増すと、クローキンググーラミィの名の通り、ココッと鳴く事があるのだが、本種ではまだ確認していない。

昨年の10月末頃、タイ東北部のブンカンにあるブンコンロン湖に撮影と採集のために出掛けて来た。目的はこの辺りにだけ生息するベタ・スマラグディナ・ギターの生息状況を確認するためであった。まだ若い個体ながらも目的のギターはすぐに採集が出来てホッとしていた。しかし、この採集の際にギターと同じぐらいに気になる魚も採集できていたのである。それはスリーストライプド・クローキンググーラミィとも呼ばれるトリコプシス・シャレリーである。ここブンコンロン湖周辺に生息するシャレリーは、網で掬った瞬間に明らかに今まで採集してきたシャレリーとは異なる姿をしていたのだ。まずは体色、普通のシャレリーはメタリックグリーンに輝いているのだが、ここのは黄色みが強く、ゴールデンに輝いていた。次に体型、普通のシャレリーは尾びれの先端が伸長しピンテールになるのだが、ここのはやや突出する程度で、顕著なピンテールにはならない。100個体以上を採集しながら観察したが、ほぼ同じ特徴であった。黄色みの強いのはオスのようで、小型の個体やメスと思われる個体は色彩が薄い印象であった。この際は撮影用に数個体を1匹パッキングしてバンコクまで持ち帰ったのだが、残念ながら落としてしまった。

ゴールデン・シャレリーの生息場所

ブンコンロン湖の近くのSEKAになるゴールデン・シャレリーの生息場所。同じ場所にはもっと大型になるクローキング・グータミィの姿も多い。どのように棲み分けているのであろうか?

現地で採集した直後のゴールデン・シャレリー

現地で採集した直後のゴールデン・シャレリー。この美しい色彩もほんの数分で消えてしまう。本属に魚はどれも採集した瞬間に煌めくような美しい体色を見せてくれる。しかし、この体色を水槽内で再現するのは容易ではない。

今年も例によってビザの取得のためにラオスに出掛けた帰りの4月末にブンコンロン湖を目指した。相棒のトンが輸出用のギターやその他の魚を採集するためである。自分は以前からフィールドは同じ場所でも異なる季節にも行ってみなければいけないと思っているので、当然のように一緒に行動である。季節が異なる際のギターも確認したいし、シャレリーもリベンジしたかった。

誇示行動をしているゴールデン・シャレリー

各ヒレを広げて精一杯自分を大きく見せようと誇示行動をしているゴールデン・シャレリー。興奮した最は眼も赤と青に染まり非常に美しい。ぜひこの姿を見るために水槽の環境を整えて欲しい。

まずは、昨年ギターやシャレリーが豊富に確認できたSEKAという場所に行ってみた。最乾期と言うこともあり、かなり水位は下がっており、生息場所の様子はかなり様子が変わっている。採集のために水に足を入れるとかなりぬるい。やや深みはやや水温が低い感触が伝わって来る。植物の生い茂る茂みに網を入れると、まずは久々に目にするシャレリーが入って来た。やはり昨年と同じように黄色みが強く、明らかに他の場所のシャレリーと異なっている。今回は採集してすぐに撮影。シャレリーもそうだが、リコリス・グーラミィなどこの仲間は採った瞬間に最高の色彩を見せるのだが、数分もすると色彩が褪せてしまう。網で掬い上げて数分が勝負なのだ。この間に網の上で撮影するか、ビニール袋などの容器に入れて撮影すると、自然下での本来の色彩を記録できる。今回はビニール袋に入れて撮影を行った。

インドストムス・スピノーサス

ゴールデン・シャレリーと同じ場所で網に入って来たインドストムス・スピノーサス。パラドックス・フィッシュと呼ばれる魚で、メコン水系に分布しているが、近年生息数は非常に減少している。今回は二人で丸一日採集して、1匹しか採れなかった。

ベタ・スマラグディナ・ギターのオス個体

やはり同じ場所に生息するベタ・スマラグディナ・ギターのオス個体。オスの尾びれに入る格子状の模様が特徴だが、個体により変異があるのが今回確認できた。

ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワー

通常のトリコプシス・シャレリー。メタリックグリーンやブルーで飾られ大変美しい。やはり生息場所により体型や体色に変異のある事が確認されているが、ここまで色彩と体型が異なるのは珍しい。

やはり自分の勘違いではなく、ここブンコンロン湖のシャレリーは黄色みが強く、他のタイ東北部やラオスのシャレリーとは異なっている。両種を区別するために、ブンコンロン湖産のシャレリーは、ゴールデン・シャレリーと呼ぶことにしよう。それにしても、ここブンコンロン湖は不思議な場所である。ベタ・スマラグディナだけでなく、トリコプシス・シャレリーまでもが、独自の色彩となっている。たぶん過去に他地域と隔絶されるような地殻変動などがあったのだろうか?ちなみにここSEKAだけでなく、ブンコンロン湖本湖の方のシャレリーも同じゴールデン・シャレリーである事も確認している。更に今回はもうひとつの成果が!前回は全く採集もできなかったパラドックスフィッシュが1匹だけ自分の網に入って来たのである。この地域のパラドックスフィッシュはタイ南部のとは種類が異なり、Indostomus spinosus とされている。地域的にはこの場所にいてもおかしくはないのだが、やはり初で網に入ってくると嬉しいものである。

ギターは岸寄りの植物の陰に多く、ゴールデン・シャレリーは浮いて塊になっている植物の下の辺りに多い。今回は水位も下がっていたためにギターも前回以上に採集ができたのだが、サイズが大きい割に、色彩が薄い個体が多かった。前回は小ぶりな個体が多かったが、採集した瞬間に黒っぽいメタリックグリーンに輝く個体が多かったのだが、今回はその煌めきが見れないのである。この事から、この場所では、10~11月が繁殖の最盛期で、4~5月は繁殖期ではなさそうである。こういう事は複数回来てみて初めて分かる事である。

ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワー

ゴールデン・シャレリーは通常のシャレリーと色彩やヒレの形状が異なる他、サイズもやや小型である。ベタ・スマラグディナ・ギターもそうだが、何故この場所の魚が他地域と大きく異なっているのか謎である。今後の研究を待ちたい。

前回は惜しくも殺してしまったので、今回は掬った瞬間に自分で1匹ずつゴールデン・シャレリーをパッキングした。撮影モデルの6匹は無事にバンコクまで運ぶ事ができ、水槽撮影もする事ができた。あとはこの後どのような色彩変化や体型の変化があるのか、飼育しながら確認したい。シッパーでもある自分の相棒のトンは、この貴重な魚を日本へ輸出したようなので、実際にこの魚を日本で飼育できるチャンスもあるだろう。通常のシャレリーとは異なる魅力を持ったゴールデン・シャレリーが趣味の世界に定着する事を祈りたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第42回 「ベタ・スマラグディナ・ブルー&カッパー」

ここ2回ほどこのコラムでハイブリッドのワイルド系改良ベタを紹介して来た。
グッピーでも大きなヒレの改良品種よりもショートテール系の改良品種の方に興味がある。ベタでもハーフムーンよりもプラカットの方が好きである。このように元々、改良品種よりもワイルドに近い魚の方が好きなのだ。このワイルド系改良ベタは改良品種でありながら、ワイルド・ベタの魅力を失っていないため、一目で気に入ってしまった。

ベタ・スマラグディナ・ブルーのオス個体

ベタ・スマラグディナ・ブルーのオス個体。平常時は地味な色彩だが、闘争時には美しいブルーに変身する。ブルーの体色以外は体型、性質その他すべて普通のスマラグディナと同様である。

3月にスギ花粉の舞う日本から逃げ出してタイに来て、翌日に出会ったのが、前回紹介したトリプルクロス・タイプⅡである。ところが、その翌日、今度は馴染みのワイルド・ベタを扱っている店で全身がブルーに染まったスマラグディナに出会ってしまった。グリーンのイメージが強いスマラグディナなので、体型はそのままでブルーになるとかなり違和感を感じてしまう。ここのところ他の種類と交配したハイブリッド系の魚を見ていたため、すぐに尋ねたのは、この魚がハイブリッドなのか純系なのかであった。幸いな事にこのスマラグディナ・ブルーはここの店の主人が自分で作出した魚との事。推測ではなく、直接どのようにこの魚を作出したのかを聞くことができた。

まず答えを書くと、このスマラグディナ・ブルーはタイ東北部のウドン産のスマラグディナから作り出した純系の魚だそうだ。突然変異で現れたブルーの強い魚を元に選別交配を重ねて満足のいくブルーの魚に仕上げていったらしい。初期は満足のいくブルーではなかったり、固定率も低かったそうである。色彩的に満足いくものができ、固定率がほぼ100%になったために2017年になってお店に並べたそうである。実際にショップに並んでいる20匹程のオスを確認したが、ほぼみんな同じ体型・色彩であった。まあ、商品にする段階でかなり厳しく選別されているはずなので、当たり前と言えば当たり前なのであるが。

エラ蓋や体側の鱗も美しいブルーに染まっている

エラ蓋や体側の鱗も美しいブルーに染まっている。このブルーに赤いエラ蓋の膜や腹ビレが良いアクセントになっている。尻ビレや尾ビレの赤みも原種同様に残っている

オス同士で闘争するベタ・スマラグディナ・カッパー

オス同士で闘争するベタ・スマラグディナ・カッパー。グリーンの原種からどのようにこの色彩が現れたのか非常に興味深い。実際に見るよりも撮影するとより赤みが強く見える。派手ではないが、渋い魅力を持った魚と言えるだろう。

日本ではあまり紹介されていないようだが、この店主はブルーのスマラグディナの前に、カッパーのスマラグディナも作出している。こちらもやはりウドン産のスマラグディナから作出したそうである。5年程前から商品として並んでいるのを自分も認識していたが、以前はあまり改良系の魚に興味がなかったので、敢えて撮影はしていなかった。今回、ブルーのスマラグディナを紹介するに当たり、一緒に紹介したいと考え、初めて撮影をしてみた。色彩は異なるものの、性質その他はスマラグディナ同様で、やや臆病なところがあり、撮影にはやや時間を要した。

ベタ・スマラグディナ・カッパー

ベタ・スマラグディナ・カッパーは光線の当たる角度によってブルーグリーンの色彩が現れる。体表の色素胞がどのような構造になっているのだろうか?

このカッパーのスマラグディナに関しては、数年前にドイツのホルスト・リンケ氏撮影の写真を見ていた。今回自分で撮影した個体を見て、リンケ氏撮影の個体と違う点をひとつ見つけてしまった。今回撮影した個体には、ウドン産のスマラグディナの尾ビレ基部の軟条の間に入る細いブラックスポットがないのである。スマラグディナ・ブルーにはどの個体にもこのスポットが存在している。自分の撮影したカッパーの魚にはなぜこのスポットがないのか、作出者に直接訪ねてみた。カッパーの魚に関しては、この尾びれのスポットがある個体とない個体がいるそうである。
たまたま店に残っていた2匹のオスのうち1匹には確かにスポットが存在していた。累代しているうちに、この特徴がない魚が増えてしまったのであろう。

このように、グリーンのスマラグディナから突然変異的に現れたカッパーやブルーの魚。以前このコラムでも紹介した自然下でも存在するブリラム産のグリーンの強いスマラグディナ。スマラグディナだけでも三色が存在するのは非常に興味深い。
さて、日本ではどの色彩のスマラグディナが一番人気が出るであろうか?

ベタ・スマラグディナ・ブルー

ベタ・スマラグディナ・ブルーは美しい色彩からこれから人気が高まると思われるニューフェイスである。

ベタ・スマラグディナ・カッパー

ベタ・スマラグディナ・カッパーは5年程前からリリースされているが、残念な事にあまり存在が知られていないようだ。今回の記事をきっかけにもっと人気が出て欲しいものである。

ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワー

ブルー、カッパーと来たので、ベタ・スマラグディナ・ブリラムスーパーグリーンパワーも合わせて紹介しよう。以前コラムで紹介したのと同じ個体の5ヶ月後の姿である。


写真・文 : 山崎 浩二

第41回 「ベタ・トリプルクロス・タイプⅡ」

3月になり、日本ではスギ花粉の飛散が始まる頃、毎年日本から逃げ出して東南アジアで過ごす事にしている。目が痒くて、鼻水も止まらず、頭もボーッとした状態では、撮影も原稿執筆もはかどらない。幸い毎日会社に通わなくてもよいフリーのカメラマンである。逆に日本にいるよりもフィールドに出かけている方が仕事になる。同じ花粉症の知り合いには嫉妬されてしまうが、この特権だけは譲れない。と言う事で、確定申告を済ませた3月中旬過ぎにベースであるタイのバンコクへと飛んだ。

スチール・シルバーのトリプルクロス・タイプⅡの雄

スチール・シルバーのトリプルクロス・タイプⅡの雄。カラー的に一番ワイルドっぽくない色彩なのだが、眼の赤さなどもあり野性味十分である。個人的な見解だが、このメタリックな色彩にブルーやグリーンが加わると、前回紹介したトリプルクロスのようなギラギラした色彩になるのであろう。

前書きが長くなってしまったが、バンコクへ戻るとすぐに行くのが、通称サンデー・マーケットやウィークエンド・マーケットと呼ばれるチャトチャック・マーケット。ここには数多くのペット関連の店がひしめいていて、行けば必ずネタが拾える。今回も馴染みのベタ屋に挨拶しながら、ベタの入ったガラス容器に目を光らせる。するとすぐにある店の片隅で気になる魚を見つけてしまった。その魚は前回このコラムで紹介した3種類のワイルド・ベタを交配させて作出したトリプルクロスである。店の主人に聞くと、確かにマハチャイエンシスとスティクトスとスマラグディナのギターを掛け合わせた魚だと言う。ところが、前回紹介したトリプルクロスとはヒレの模様などは似ているものの、全く別の印象を受けるのだ。前回紹介したトリプルクロスとややこしくなるので、今回の魚はトリプルクロス・タイプⅡとして区別する事にしよう。
まずは形、今回の魚は尾びれの中央部が僅かに突出するマハチャイエンシスの特徴を残している様に感じる。また尻ビレ後端もより伸長している。完全に異なるのは、今回の魚には体全体がスチール・シルバーになる魚がいる事である。お店には10匹程の魚がいたのだが、ほぼ3タイプに分ける事ができた。グリーンがかった魚とブルーが鮮やかな魚、それにこのスチール・シルバーの魚である。このスチール色は、どの種類から引き継いだ特徴なのだろうか?闘争時には目の虹彩が赤くなり、これがこの魚をよりワイルドな雰囲気とさせる。尾びれのエッジ付近は光線の具合によって赤く色づく。この尾びれの色彩も前回紹介したトリプルクロスとは異なる。
ブルーのタイプは前回紹介したトリプルクロスのブルーとよく似た色調であるが、やはり尾びれのレッドがよく目立つ点や腹ビレの色彩が異なる。
グリーンのタイプは、全く前回紹介したトリプルクロスとは異なる。ギラギラした色彩ではなく、落ち着いた色調と言った方がよいだろうか?このタイプが一番尾びれの中央部が伸長し、マハチャイエンシスに似た形態をしている。どのタイプも体側や鰓蓋付近には美しい色彩が乗っているが、頭頂部付近だけ色彩が乗っておらず地色が見える。

各ヒレの模様はトリプルクロスとほぼ同様である。

前回のコラムで紹介したブルーのタイプに全体的な色調はよく似ている。しかし、頭頂部まではブルーに覆われない。また尾びれのエッジにレッドが入る点も異なっている。眼の赤さも野性味を感じさせる。各ヒレの模様はトリプルクロスとほぼ同様である。

トリプルクロス・タイプⅡのグリーン・タイプ

トリプルクロス・タイプⅡのグリーン・タイプ。前回紹介したトリプルクロスのグリーンとは全く色調が異なっている。ギラギラ感がなく、よりワイルドに近い色彩と言えるだろう。尾びれのエッジのレッドも一番面積が広く、グリーンとの対比が美しい。

この様に同じ3種類を交配させたのに、こうも表現型が異なるのは、まだ品種として完成していないためか、目標とする完成形が異なっており、交配の順序や方法が異なっているためであろう。前回紹介したトリプルクロスの場合、交配の途中で頭部の色彩に不満があったために、スマラグディナのギターを交配させて完成形に至ったような話しを聞いた。
個人的な想像で言わせていただくと、前回紹介したトリプルクロスは体側から各ヒレまで全体にソリッドカラーにする事を目標に作出されたと思われる。それに対して、今回紹介したトリプルクロスでは、どのタイプもソリッドカラーにはなっておらず、全体に野性味がまだかなり残っている。作出者はこのような特徴を敢えて残そうとしたのか、あるいはここからさらに洗練する途中であったのかどちらかだろう。しかし、ブリーダーが完成形に至っていない魚を市場に出す事はあまり考えられないので、前者の可能性が高い。前回紹介したトリプルクロスも今回紹介したトリプルクロス・タイプⅡも個人的には優劣つけ難い程魅力的に感じる。
出来る事なら、このトリプルクロスの作出者達に直接お会いして話を聞きたいものだが、まだそこまでに至っていない。とは言え、狭い観賞魚の業界の事である、近い将来ブリーダー達から交配の秘密を聞き出すことができるであろう。その際にはまたこのコラムで紹介したい。

とここまでの話が、タイに来て2日目に見つけたネタ。今回、タイに来て僅か5日の間に、この他に2つのワイルド系改良ベタの興味深いネタを見つけてしまったのである。一度に紹介できないのがもどかしいが、次回もたぶん興味深いネタを紹介できるであろう。Ⅱ


写真・文 : 山崎 浩二

第40回 「ベタ・トリプルクロス」
ベタ・トリプルクロスの雄はグリーンとブルーの二色のタイプが存在

ベタ・トリプルクロスの雄はグリーンとブルーの二色のタイプが存在する。ブリーディングするとややブルーのタイプの方が多く現れるそうだ。体型も細身でワイルドの血を濃く残している。この色彩で体型がプラカットのようになってしまったらワイルド系の魅力が大なしである。

2016年の春頃、スマラグディナのギターに関してあれこれ調べていた際に、YouTubeで気になる動画を見つけてしまった。そこにはマハチャイエンシスとスマラグディナ・ギターとスティクトスのハイブリッドとされるベタの闘争する姿があった。それも同じ体型、模様でグリーンの魚とブルーの魚が闘っていた。体型は細身で明らかにワイルドの血筋を残している。自分が気になったのは各ヒレに入る細い模様、特に尻ビレに不規則に入る黒斑はどのワイルドでも顕著に見られない特徴であった。大したことのない特徴なのだが、それが妙にインパクトが強くて記憶に焼き付いてしまった。たまたま交配してできてしまったハイブリッドなのだろうと、その当時はそれ以上追求しようとは思わず、頭の片隅に忘れ去っていた。
2016年の秋になりまたタイに行く機会ができ、サンデーマーケットのベタ屋をうろついていると、ある馴染みのショップに片隅に見覚えのある特徴の魚が!そうあの動画のハイブリッドのベタ。思わず値段を聞くと想像より高い値段だったので、衝動買いせずに冷静に考える事に。この値段ではそうすぐには売れないであろうという考えであった。雄のみであったのも衝動買いを抑える要因にもなった。この際は、隣国に出かけなければいけない事もあり、この魚を購入する事はなかった。

2017年になり、寒さから逃げるように1月末にタイへ仕事に出かけた。今回はほとんど人から頼まれた仕事もなく、自分の好みであるベタをゆっくりと眺める事ができた。ふと以前に見たハイブリッドのベタの事を思い出し、知り合いのベタ屋でその魚を探していると話すと、何とそこの店にちょうど入荷したばかりだというではないか!まだケースに開けられていないベタがビニール袋の中に。しかもちゃんと雌まで揃っている。なんという偶然であろうか?こういう巡り合わせは、大事にしなければいけないので、今度は自分に正直に衝動買いである。値段はやはりその店のワイルド・ベタの中で最高価格。とは言え、仕事なので仕方ない。撮影の場合、同じようなサイズの雄の魚を2匹使用するのであるが、この魚は好都合な事に雄はグリーンとブルーの2タイプがいる。数ペアの中から厳選してグリーンとブルーの2ペアを選んだ。それが今回ここで紹介している魚達である。

雄同士で闘争するベタ・トリプルクロス

雄同士で闘争するベタ・トリプルクロス。闘争性はワイルドよりも強く、怯えたりする様子は見られない。各ヒレを広げて激しく闘争し、この際に色彩は最高潮に達する。

ベタ・トリプルクロスのブルー・タイプ

ベタ・トリプルクロスのブルー・タイプ。繁殖させるとこちらの色彩の個体の方が多く出現するという。ぜひブリーディングして確かめてみたいものである。

通常ワイルド・ベタは平常時は全く地味な色彩で、闘争時には変身するかのように鮮やかに発色する種類が多い。しかし、このハイブリッドは、平常時でもギラギラした体色をしている。ワイルド・ベタの場合、神経質な種類や個体では雄2匹を一緒にしただけでは闘争を始めず怯えてしまう個体も多い。ところがこの魚達はすぐに闘争を始めて美しい姿を披露してくれた。この闘争性はプラカット並みである。カメラマンにとってこんな有難いモデルはいない。ほんの1時間ほどで撮影も無事に終了。

ベタ・トリプルクロスのグリーン・タイプ

ベタ・トリプルクロスのグリーン・タイプ。ワイルド・ベタ好きにはこちらの色彩の方が好まれるようだ。改良品種と言わなければ、ボルネオ辺りの新種ベタと言っても通用しそうな雰囲気だ。

さて、このハイブリッドのベタ。種間雑種のF2かF3ぐらいに思っていたのだが、意外な事にもうこの姿になって2年ほど維持されているそうである。こうなるともうハイブリッドと言うよりも立派な改良品種である。観賞魚の趣味の世界では、ハイブリッドと言うと、純系の種類に比べて一段劣るというイメージもなくはない。間違って血が混ざってしまったハイブリッドと目的を持って交配したハイブリッドでは全く異なるものなのである。今回紹介している魚はまだタイでも良い名前がない状況のようなので、ここでは便宜上トリプルクロスと呼ぶ事にしたい。これから市場に流通するようになり、もっと相応しいネーミングがされたならその名前で呼ぶのがいいだろう。ただハイブリッドと呼ぶには抵抗のある見事な改良品種なので、誤解されにくい名称にしておきたいだけである。

ベタ・トリプルクロスの雌個体

ベタ・トリプルクロスの雌個体。雄よりは地味だがうっすらとした色彩が美しい。各ヒレには特徴的なスポットも見える。やはり雄同様にブルーとグリーンの2タイプが現れるそうだ。

このベタをどのような交配で作出したのか、とりあえず知り合いに聞いてきたのでここで紹介しよう。ただし、これは自分で試したわけではなく、人聞きしただけの事なので、信憑性については責任持てないのは御理解頂きたい。

最初の元親となったのは、マハチャイエンシス・グリーンとベタ・スティクトスとの事だが、どちらを雌雄に使ったのかは不明である。この交配で得た子供同士を2回掛け合わせたそうなのだが、頭部のみだけの色彩に満足しなかったため、また新たな魚を掛け合わせたそうだ。それがベタ・スマラグディナのギターと呼ばれるタイプ(このコラムでも紹介済み)。これで得た子供に更にもう一度スマラグディナのギターを掛け合わせたそうだ。こうしてトリプルクロスの原型が完成したようだ。体型やヒレの模様などはほぼ固定されていて、1年前の動画を見ていても、ほぼ変化はない。雄の色彩だけはグリーンを基調とする色彩とブルーを基調とする色彩に分かれるようだ。その比率は50%ではなく、ブルーの方がやや多く出現するそうである。このグリーンとブルーの二色が現れるのはマハチャイエンシス・グリーンの血筋であろう。尾びれの軟条に沿って現れる黒斑は明らかにスティクトスの特徴であり、尻ビレの不規則な黒斑はマハチャイエンシスに由来するものと思われる。スマラグディナ・ギターの血は色彩に引き継がれているのであろう。

ベタ・マハチャイエンシスの雄個体

ベタ・マハチャイエンシスの雄個体。ベタ・トリプルクロスの雄の尻ビレに見られる不規則な黒斑は本種から受け継いだようである。はっきりとは見えにくいがマハチャイエンシスには存在するが、スマラグディナやスティクトスには存在しない。

ベタ・スティクトスの雄個体

ベタ・スティクトスの雄個体。カンボジアのストゥントゥレン産で、スマラグディナに近縁な種類である。各ヒレは短くあまり伸張しないのが特徴。ベタ・トリプルクロスの尾びれの黒斑は完全に本種から受け継いでいる。

ベタ・スマラグディナ・ギターの雄個体

ベタ・スマラグディナ・ギターの雄個体。ベタ・トリプルクロスには特に本種の特徴は強く現れていない。尾びれの黒斑は本種ではなく、スティクトスの方である。全体的なギラギラした色彩に本種が関係しているのかもしれない。

タイでも最近はワイルド・ベタの人気が高くなり、スマラグディナやインベリスの地域変異なども大切に維持されるようになっている。またそれとは別方向で、ワイルド・ベタの改良品種も各種作出されている。日本にはあまり紹介される機会が少ないが、マハチャイエンシス・グリーンやブルー、スマラグディナのコッパーなどはもう定番となっている。今回紹介したトリプルクロスだけでなく、これからも様々な交配で新しいタイプが作出される事だろう。プラカットなどの改良品種や純系のワイルド・ベタとは別のカテゴリーで改良系ワイルド・ベタの世界をお楽しみ頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第39回 「ベールテールのコイベタ」
オス同士で闘争をするコイベタ・ベールテール

オス同士で闘争をするコイベタ・ベールテール。長く伸びたヒレをひらめかせて逃走する姿には目を奪われる。戦っているのは雄個体なのだが、何となく女性的なイメージを感じさせられる。

2017年の1月、例によってバンコクのサンデーマーケットに魚を見に行った。ここは魚関係のショップが多数あり、魚好きには眺めているだけでも楽しい楽園のような場所なのである。ただし、バラック小屋のような並びの店が続くばかりなので、暑さにはご注意を!夢中になっていると熱中症になる可能性も高い。自分の場合、一通り見て回り汗ダラダラになったら、魚のエリアの横にあるJJモールという冷房の効いた商業ビルに入る。この中の飲み物屋でスイカのスムージーを飲んで身体を冷やすのが定番である。そして身体の芯まで冷えたら、また暑さとの戦いに出陣するのである。
この場所で出店しているベタ屋のほとんどとは顔馴染みなので、歩いていると声を掛けて貰う事も多い。これが自分のような仕事の者には重要なニュースソースになる。今回はある店で呼び止められ、これを見ろと言われて見た先には見たことがありそうでない魚が!なんとコイベタのベールテールタイプ(トラディショナルタイプ)である。
英名ではコイベタ・トラディショナルとでも呼べば良いのだろうが、それだと意味的に誤解が生じそうなので、コイベタ・ベールテールと呼んだ方が良いだろう。

いかにもコイベタという色彩を見せるコイベタ・ベールテールの雄個体

いかにもコイベタという色彩を見せるコイベタ・ベールテールの雄個体。赤、黒、白の配色も見事で、多くの方に好かれる色彩と言える。闘争の仕方も通常のプラカットタイプのコイベタよりも優雅な雰囲気である。

それにしてもこの魚のデビューはある意味順番を間違えた感じがしないでもない。通常のコイベタがデビューし、それに続き作出されたのはコイベタのハーフムーンであった。その後コイベタのジャイアントへと続いていた。素人考えには、コイベタのハーフムーンよりもベールテールの方が先にデビューしそうなものであるが、これだけ時間がかかったのには訳があるのだろう。
遺伝的にベールテールタイプにコイベタの色彩を移行するのが難しかったのかもしれないし、商売的な考えがあり、先にハーフムーンの方に着手していたのかもしれない。この部分については今回は調べる時間がなかったので、次にタイに行く機会に調査する事にしたい。

このコイベタ・ベールテールには重大な問題がひとつ存在している。それは価格である。魅力的な魚を見せられて、すぐに自分はその価格を訪ねたのだが、返って来た答えは自分の想像よりも高いものであった。デビュー時のコイベタ・ハーフムーンよりも高いのである。一般の人のベタの価格の概念としては、ハーフムーン>ベールテールであろう。ところが、後からデビューしたベールテールがハーフムーンよりも高いとなると、ちょっと素直に受け止められないのではないだろうか?

コイで言えば緋写り系の色彩を見せるコイベタ・ベールテール

コイで言えば緋写り系の色彩を見せるコイベタ・ベールテール。ヒレの赤からクリアへのグラデーションも美しい。ベールテールタイプとしてはプロポーション的にもパーフェクトに近い。

コイベタで言うタイガー系の黄色を基調とした色彩のコイベタ・ベールテールの雄個体

コイベタで言うタイガー系の黄色を基調とした色彩のコイベタ・ベールテールの雄個体。赤系の個体が多い中での黄色はよく目立つ。オリジナルの色彩の次に欲しくなる系統と言えるだろう。

値段が高いのにはそれなりの訳があるのは間違いない。これだけ作出が遅れたのは何かしら遺伝的な難しさがあり、より手間と時間がかったのではないかと推測できる。それが価格に反映されているのはボッタクリではなく正当なものである。そうでないとベタのブリーダー達は面白くないだろうし、モチベーションも上がらないだろう。ただし、この価格も初物のご祝儀価格のような意味もあるのであろう。この問題も人気が高くなり、魚が量産されるようになれば、次第に解消されるに違いない。実際、コイベタ・ハーフムーンは半年ほどで、かなり手頃な値段に落ち着いたという実績がある。

もうひとつの問題は、まだ市場への供給数が少ないことであろうか?数多くのベタ専門店があるサンデーマーケットの中でも、自分の知る限りではこの魚を扱っているのはまだ1店舗だけである。そして殖やされて価格暴落を恐れているのか、まだ販売されているのは雄のみで、雌はリリースされていない。

各ヒレが良く伸長したコイベタ・ベールテールの雄個体

各ヒレが良く伸長したコイベタ・ベールテールの雄個体。コイベタ・ベールテールは普通のベールテールタイプに比べて体質は弱いようなので、より大きな容器で水質に注意しながらの管理が必要である。

やや若くてまだ各ヒレが伸長しきっていないコイベタ・ベールテールの雄個体

やや若くてまだ各ヒレが伸長しきっていないコイベタ・ベールテールの雄個体。他のベタでも言える事だが、完全な成魚よりもこれぐらいの若い魚の方が成長に連れての変化なども楽しめるのでお勧めである。

写真を見ていただけば分かるだろうが、コイベタの場合、ベールテールタイプの方がハーフムーンよりも更に和風な感じがするのは、尾びれが着物の裾を連想させるためであろうか?一目見た瞬間にベタ好きにはウケるだろうと感じられた。色彩的にもコイベタのスタンダードな三色系から、赤系、黄色系まで揃っている。気温が上がり、ベタの需要が増える春過ぎからの日本の市場での動向が気になる。


写真・文 : 山崎 浩二

第38回 「ベタ・スマラグディナ ”ギター”」
オス同士で闘争をするベタ・スマラグディナ・ギターの繁殖個体

オス同士で闘争をするベタ・スマラグディナ・ギターの繁殖個体。スマラグディナの多くは繁殖個体の方が各ヒレが伸張し美しくなる傾向がある。尾びれの格子状の模様も整っており、すでにアクアリウム・ストレインと呼べるかもしれない。

2016年の4月、例によってバンコクのサンデーマーケットのベタ屋を覗いていると、ワイルド・ベタ主体のお店で新しいベタが入荷したから見ていきな!と誘われた。やや暗めのガラスケースを覗くと、そこには元気にフレアリングするスマラグディナの姿があった。しかし、よく見るとどうも通常のスマラグディナと雰囲気が異なっている。そこにいた個体達は皆尾びれの軟条の間に格子状の模様が入っているのだ。こうした特徴は通常のスマラグディナには見られない。
店主にこのスマラグディナの素性を尋ねると、タイ東北部のノンカイ産だという。しかし、自分が以前ノンカイに行った際に採集したスマラグディナにはこのような特徴はなかった。撮影した写真も残っていたので確認したが、ノンカイ産のスマラグディナはスタンダードなタイプであった。

そんな事もあり、自分でもちょっと情報を集めてみようと思いネット検索をしてみた。その結果、このノンカイ産とされるスマラグディナはすでに2005年には記録されていたようである。しかし、ノンカイ産と言う情報は誤りで、正確にはブンカンのブンコンロン(Bung Khong Lhong)湖周辺に生息する個体群である事が判明した。このブンカン県は以前はノンカイ県に含まれおり、つい最近分離されたので、全くの誤りではないのだが。また、この個体群にはギター(Guitar)という愛称が付けられていることなどが判った。このギターとは楽器のギターの事で、闘争時の雄の腹ビレの動きがギターを弾く際の動きに似ているからだそうである。これに関してはこの動きはこの個体群だけでないような気もするのだが・・・。タイではこのギターと言う愛称が浸透しているようなので、ここでもギターと呼ぶ事にしたい。

ネット検索した際に、英語で詳細に生息場所の様子などが書かれたサイトも見つける事ができた。さすがにタイに長く通っていてもタイ語は全く読めないので、タイ語オンリーのサイトはすぐにスルーしてしまうことになる。英語だと何とか自力で読もうという気になる。最近は、そこそこ使える翻訳ソフトなどもあり、英語なら何とかなるがタイ語だとダメダメである。詳細な生息場所の情報なども得る事ができたので、いつかそこに行って採集をしたいと考えていたところ、すぐにその機会が来た。2016年の10月、ビザの関係でラオスに出かける機会があり、その帰りにこのギターの生息場所を訪れてみたのである。彼らの生息場所であるブンコンロン湖はイサンと呼ばれるタイ東北部のブンカン県に位置している。最近はスマホが普及しているので、GPSを使えば難なく見つける事ができる。

今回、確認したい事項がひとつあった。タイのサイトではこのブンコンロン湖より高地になるセカ(サイトではSegaとあったが、現地ではSekaという表記であった)にいる個体群は流水環境に生息している特殊な個体群であるとの記述があった。通常、スプレンデンス・グループに属するベタは繁殖の際に泡巣を作ることから、湿地や水田などの止水域を生息場所としている。唯一カンボジアに生息するベタ・スティクトスだけは、緩やかに流れる小河川に生息している事を自分の眼で確認している。このスティクトスと同じように流水に適応した魚が本当にいるのか確認したかったのである。

オリジナルのギターの生息するブンコンロン湖の生息場所

オリジナルのギターの生息するブンコンロン湖の生息場所。湖の中心部ではなく、岸際の草の間を好んで生息している。乾季にはあちこちで泡巣を作っている様子が見られるそうである。

まずはラオスのサワナケートからメコン川の国境を抜けてタイ側のムクダハンに戻ってきた。GPSで確認するとそこからブンコンロン湖まではそう遠くない。とりあえずその晩はムクダハンのホテルで疲れを取り、翌朝から目的地へと向かった。昼食に道路沿いの食堂でガイヤーン、ソムタム、カオニャオという大好物のイサン料理に舌鼓を打ち、そこでブンコンロン湖について尋ねると、通り過ぎた手前の道を曲がってすぐだと言われた。
ワクワクしながら車を走らせると、内陸部なのになぜかあちこちに英語でビーチと書いてある。このブンコンロン湖は想像していたよりも大きな湖で、場所によっては遊泳場となっており、そのため何々ビーチと表記されていたのである。かなりの大場所になるので、現地で飲み物を購入しながらベタについて更に地元民に尋ねてみた。こうした聞き込みは時として重要なインフォメーションとなる。
ほどなくしてベタで闘魚をしているという人物と出会うことができた。そのおっちゃんにベタが採れる場所へと案内してもらう。連れて行ってもらったのは、ブンコンロン湖の端の林の中の湿地。水はクリアではなくややブラウンに色づいている。経験上、間違いなくベタが生息していると思われる場所なのだが、なかなか網に入って来ない。現地の人が言うには、このベタを採集するなら4月か5月の乾期が最適だそうだ。その時期だとあちこちに泡巣を作っている魚が見られると言う。今の季節だとまだ水位が高くて採集は難しいようだ。とは言え、数匹は採れるだろうと根気良く採集を続けた。

ブンコンロン湖で採集したワイルドのオス個体

ブンコンロン湖で採集したワイルドのオス個体。やや小ぶりで尾びれの模様にも乱れが見られる。まだ洗練されていない印象を受ける。採集した個体の中には尾びれ中央部がやや伸張している個体も確認できた。

尾びれの中央部が伸張しているギターの繁殖個体

尾びれの中央部が伸張しているギターの繁殖個体。採集個体の中からこの特徴を持った魚を選び、累代繁殖させたのであろう。ただしこの特徴は成長した成魚でないとはっきりしない。

初ゲットした個体は残念ながら雌。続けて婚姻色の出た雄も網に入って来て、嫌でも気分は盛り上がる。やはり情報通りここのスマラグディナの雄の尾びれには格子状の模様が入っている。なんだかんだで10匹程採集して初日の採集を終えた。
翌日はブンコンロン湖から数キロ離れたセカという場所を目指した。サイトには高地と書いてあったが、そんなに高地ではない。ここにも小さな湖があり、この湖畔に網を入れるとすぐに小さな個体が入って来た。しばらく採集を続けるとやっと色彩の出た雄個体が採れた。やはりここの個体も尾びれの特徴はブンコンロン湖産と一緒である。
次にサイトに書いてある流水の環境を探してみた。湖から流れ出している細流があったが、確かにここにもギターは生息しているが個体数は少なく、メインの生息場所ではなさそうであった。
丸一日この辺りで採集していたが、やはりここでも生息場所の多くは止水域の草の間であった。サイトに書いてあるように、流水という特殊な環境に適応した個体群の存在は確認できなかったというのが結論である。たまたま増水した時期に流された個体を見て、そのように考えたのではないだろうか?

ギターの生息場所

ブンコンロン湖から数キロ離れたセカという場所のギターの生息場所。水質はpH6.0、総硬度、炭酸塩硬度共に0、硝酸塩、亜硝酸塩共に0、ブンコンロン湖とほとんど同じである。ここでもメインの生息場所は岸際の草の間である。ブンコンロン湖よりも生息密度は多いように感じられた。

セカで採集したギターのオス個体

セカで採集したギターのオス個体。採集してすぐは美しいグリーンの体色が目立つのだが、すぐに色褪せてしまう。本個体群の特徴である尾びれの格子状の模様も確認できる。

今回、自分の眼で現地を見て来て、雄の中には尾びれがややスペード状になる個体も存在していた。ギターの名前で趣味界で累代された魚の中にスペード状の尾びれを有する個体がいるのもこれで納得できた。またギターは採集した個体よりも、繁殖して販売されている個体の方が、尾びれの模様も美しいようだ。これは模様が美しい個体を累代して繁殖させているためかと思われる。サンデーマーケットなどで販売されているギターは、そういう意味ではもうワイルドと言うよりもアクアリウム・ストレインと言った方がいいのかもしれない。スマラグディナ一般に言える事なのだが、ワイルドよりも繁殖させた個体の方が各ヒレが伸長する傾向が見られる。間違いなくワイルド個体よりもブリード個体の方が見栄えがするのである。

また、最近では近縁種のマハチャイエンシスやスティクトスと交雑させた個体なども出回っているようだ。これはこれで楽しみとしては有りなので、ワイルドとはしっかりと区別して楽しむと良いだろう。


写真・文 : 山崎 浩二

第37回 「タイのコオイムシ」
卵を背中に背負ったタイ産のコオイムシのオス

卵を背中に背負ったタイ産のコオイムシのオス。メスはオスの背中に100個ほどの卵を産卵し、オスは卵が孵化するまで卵の保護を行う。卵を背負ったオスは水面近くにいる事が多い。

熱帯に生息する昆虫と言うと、日本に生息している種類よりも大型のイメージを持たれる事が多い。実際、タイに生息するタイワンタガメなどは日本産の種類よりもひと回り以上大型である。以前にこのコラムで紹介したインドシナオオタイコウチもそうである。しかし、こういう大型化したのは一部の昆虫だけで、実際は同じ程度のものが多い。中には日本産よりも小型な種類の昆虫もいる。
その代表が今回ここで紹介するコオイムシである。タイだけでなく東南アジアに広範囲に生息しているコオイムシは、日本産に比べると半分程のサイズなのである。詳しく調べた訳ではないので、これらが全部同種なのか複数の種類なのかは不明である。魚の採集をしていると嫌でも網に入ってくるので目に付く存在なのだ。

今回ここで紹介するタイ産の種類は、サイズや形態が日本でも沖縄だけに生息するタイワンコオイムシに非常に似ていると聞いたことがあるが、これも確実な同定は行っていない。日本産のタイワンコオイムシは近年非常に生息数が少なくなっており、非常にレアな存在だと言う。タイのコオイムシはかなり汚れた水域にも普通に生息している事から考えると、姿が似ているだけで別種なのかもしれない。タイのコオイムシは、水草やホテイアオイ、空芯菜などが茂る湿地のような場所では普通に見られる。またやや塩分があるような汽水域に近い場所でも確認できる。個体数はどこでも非常に多く、採集しようと思えば、山ほど採集可能である。同じ場所で採集したものでも、色彩にはやや個体差が見られる。やや緑がかった個体と茶色がかった個体が見られる。この体色が加齢によるものなのかは不明である。緑がかった体色に赤い眼の個体は小さいながらも迫力のある姿である。

タイ産のコオイムシ

赤い眼が印象的で精悍な印象のタイ産のコオイムシ。これでサイズが大きければ、人気も高いのだろうが、サイズが小さ過ぎるのが短所であろう。

全体的に茶褐色な個体

全体的に茶褐色な個体。同じ場所で様々な色彩の個体が採れる事から、別種ではなく同種の色彩変異と考えられる。

コオイムシと言えば、その特徴は産卵した卵をオスが背中に背負う事である。このため”子負い虫”という名称の由来にもなっているのだ。タイ産の種類ももちろん同じ繁殖生態を持っている。飼育下でも雌雄を一緒に飼育していれば、容易に繁殖を行うので、機会があればぜひこの興味深い生態を観察して頂きたい。

明るいブラウンの体色が目を引くタイ産のコオイムシ

明るいブラウンの体色が目を引くタイ産のコオイムシ。体色の変異を大まかに分けると、グリーン系とブラウン系のふたつに分けられる。これが加齢による変化なのかはまだ不明である。

幼虫の頃から既に赤い眼

幼虫の頃から既に赤い眼をしている。アカムシを餌として食べた個体の体内はその赤い色の消化管が透けて見える。

以前、自分のタイでのフィールドワークの相棒のトンが日本へこのコオイムシを含む水性昆虫を販売した事がある。日本産よりも大型で迫力のあるタイワンタガメやインドシナオオタイコウチは結構人気があるのだが、このタイ産のコオイムシはさっぱり人気がなく売れ残ってしまった。やはり外国産の昆虫には、一般の方は大きくて迫力ある外見や変わった形態などを期待しているようである。日本産と同じような形態で更に小型では魅力を感じてもらえないのも仕方がないのであろう。

頻繁に水面に浮かび上がる行動

呼吸はゲンゴロウなどの水生昆虫同様に腹部の後端を水面に出して空気を取り込んで行う。そのため頻繁に水面に浮かび上がる行動を観察できる。

しかし、このタイ産のコオイムシは非常に丈夫で飼育も容易である。小型なので、小さなプラケースでも飼育から繁殖まで可能である。水を入れたプラケースに足場となるマツモやアナカリスなどの水草を浮かべていおくだけでセッティングはOKである。通常、水生昆虫の飼育は生き餌の入手が面倒なのであるが、餌は生き餌を与えなくても冷凍アカムシでも飼育できるので非常に手軽なのだ。動いていないくても、スポイトなどで目の前に解凍したアカムシを吹き付けてやると、脚に触れた瞬間に抱き抱えて体液を吸う。餌を食べた事はコオイムシの腹部が赤くなるので、すぐに分かる。解凍した冷凍アカムシを多めに入れておけば、動かなくても脚で触れた瞬間に餌と認識して捉えるようだ。もちろん残った餌は水質を悪化させるので、すぐに取り除こう。このような飼育には、底砂を敷かないベアタンクが適している。飼育容器が小型で簡素なので、水替えも非常に容易である。彼らの飼育で、ちょっと困るのが、その排泄物である。どうも自分の住んでいる水中でしたくないようで、排泄物を水の外へと飛ばすのである。同じ行動は日本産のコオイムシやタガメでも見られる。このため、飼育容器の周りが独特の臭いのするする排泄物で汚れがちなので注意しよう。

タイのコオイムシはこのように小型で存在感が薄いのを除けば、ペットとしては非常に適している。あまり機会はないかもしれないが、幸運にも見かけた際にはぜひ飼育・繁殖を楽しんで頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第36回 「ベタ・スマラグディナ ”ブリラム・スーパーグリーンパワー”」
見事なスーパーグリーンの体色が美しいオス個体

見事なスーパーグリーンの体色が美しいオス個体。実際の輝きはこの写真以上である。尾びれの中央部はすでに伸長しかかっているが、まだ特徴であるスペードテールは完成しておらず、あと3ヶ月ぐらいかかるだろうとの話であった。

若い個体

上の写真とは別の若い個体。この魚も実際のグリーンの輝きは写真の倍以上であった。このようにグリーンが強い個体の他に、ブルーが強い個体も現れるそうである。尾びれがラウンドテールではなく、中央部が伸長しているのがわかるだろうか?

今年の夏前頃、ひょんな事からYouTubeで非常に気になる魚の動画を見つけた。それは自分のライフワークでもあるワイルド・ベタの動画であった。タイの東北部からラオスにかけて生息するベタ・スマラグディナなのだが、色彩や尾びれの形態が従来の魚とは異なっているのである。元々スマラグディナはグリーンの体色が美しいので、英名でエメラルド・ベタとも称されている。ところがその魚はグリーンの体色の面積が非常に多く、改良品種?と思うほどの美しさであった。
また特筆すべきはその尾びれの形状で、成長した成魚では美しいスペード状に伸長する。今まで各地でスマラグディナを見てきたが、こうした尾びれの形状の魚は初めて目にした。この魚はタイ東北部のブリラムという場所で採集された魚と言う事で、子供達が湿地で採集している動画などもYouTubeにアップされていた。動画をアップした方は、この魚にブリラム・スーパーグリーンパワーと名付けており、他のベタとは一切交配などは行っていないとの事であった。確かに数多くのワイルド・ベタや改良品種のベタを見ている自分の眼でも、この魚にハイブリッドの雰囲気は感じられなかった。

一目でこの魚が気に入ってしまったので、タイ在住の自分の相棒であるトンに、この動画をアップした人物にコンタクトを取るように頼んでおいた。頼もしいことにトンはすぐにこの人物にコンタクトを取ることに成功し、自分がタイに行ったら会えるところまで段取りを付けておいてくれた。10月になりタイに行く機会ができたので、真っ先にこのベタをYouTubeにアップした人物に会いに行く事に。彼が住んでいるのは、バンコクから車で1時間ほどのチャチェンサオという場所である。この辺りにはベタ・シャムオリエンタリスの採集の際に何度か訪れている。セキュリティがしっかりした高級住宅街の一角にそのお宅はあった。タイ流の挨拶をし、笑顔で招き入れて頂き、早々にお互いの自己紹介。彼の名前はニコム・チャイイン(Nikhom Chaiin)さんと言い、年齢は44歳だそうである。彼は仕事としてこのベタを殖やしているのではなく、あくまでホームブリーダーとして、趣味の延長として楽しんでいるように見受けられた。

ブリラム・スーパーグリーンパワーの飼育されているひな壇

ニコムさんのお宅のブリラム・スーパーグリーンパワーの飼育されているひな壇。各水槽には飛び出し防止の為にスポンジの蓋がされており、水質維持の為に水槽毎にイネ科の植物が入れられいる。

ブリーダーのニコムさん

ブリラム・スーパーグリーンパワーのブリーダーのニコムさん。タイ東北部のブリラム出身だが、現在はチャチェンサオに住み日系企業で働いている。パソコンなども得意なようで、YouTubeにも盛んに動画をアップしている。

ニコムさんのお宅には、ベタ用のひな壇が作られ、自分が夢にまで見たブリラム産のスマラグディナが入れられていた。早速水槽の間の仕切りを外し、闘争する魚の姿を拝見させていただく。想像以上に美しい!と言うのがその第一印象であった。タイミング的に成魚は少なく、若い個体ばかりであったが、そのグリーンの色彩は正にスーパーグリーンである。キラキラ輝いているのである。ちなみになぜこの魚の名称をブリラム・スーパーグリーンではなくブリラム・スーパーグリーンパワーと名付けているのか尋ねると、スーパーグリーンという名称が他でも使われてしまっているので、それと区別するためだそうである。若い個体が多いため、特徴的なスペードテールの個体は多くはなかったが、どの魚も尾びれの中央部は伸長しかかっているのが一目でわかる。自分の眼で実物を目の当たりにしても、この魚にはハイブリッドの匂いは一切感じなかった。体色は動画でも確認できたように多少の個体差がみられる。

上の2個体とはまた別な個体

上の2個体とはまた別な個体。最も普通のスマラグディナに似た雰囲気の体色の個体である。この個体も調子がベストなら、更にきらめく体色を見せてくれる。特徴であるスペードテールも伸長しかかっている。

ブリラム・スーパーグリーンパワーの若いメス個体

ブリラム・スーパーグリーンパワーの若いメス個体。他のスマラグディナのメスよりもグリーンの色彩が強いようである。繁殖の際の動画も見せて頂いたが、メス個体だけ見ても、他の個体群との違いが容易にわかるほどである。

ニコムさんがYouTubeで紹介していたこのブリラム・スーパーグリーンパワーという魚について色々と質問をしてみた。まず一番気になったのは、この魚がワイルドなのか改良品種なのかという事であった。尋ねてみると、ブリラムの生息地にこのグリーンの体色が強いスペードテールのスマラグディナが実際に生息しているそうである。その中でも色彩の美しい個体を選別して交配させ、繁殖させたのが彼の家で飼育されている魚なのだそうである。何代ぐらいかけてこの美しい魚を作り出したのか尋ねると、まだ僅か2代目なのだそうである。2代という事は1年足らずであろう。それでこのグレードと言う事は、元々相当素質の高い個体がいたと推測できる。ニコムさんのお宅では庭先にブリーディング用の飼育容器が並んでおり、幾つかの容器には稚魚の姿もあった。元親と言う個体も掬って見せて頂いたが、体色や尾びれの伸長具合など素晴らしい個体であった。

ブリラム・スーパーグリーンパワーのオスの元親

繁殖用のカメの中から掬い出して見せてくれたブリラム・スーパーグリーンパワーのオスの元親。グリーンの体色も美しいが、スペード状に伸長した尾びれも見事である。

ニコムさんにこのブリラム産のベタとの出会いを尋ねると、それは彼が8~9歳の頃に遡る。子供の頃に彼の母親がこのベタを近所で採集して見せてくれたのを覚えており、大人になってからこのベタを再度採集したのがきっかけのようだ。4~5年ほど前に日系企業で働く為にこのチャチェンサオに移り住んでから、故郷のこのベタを本格的に飼育するようになり、YouTubeにもその情報をアップするようになったのだそうである。
ベタ好きには衝撃的なこの動画は、数多くの人に再生され見られているようである。自分のように連絡を取ったり尋ねてくるマニアも多いようである。みんなそのブリラムの生息地の詳しい情報を知りたいらしいが、それは彼のトップシークレットであり企業秘密であるために誰にも公開していないそうである。それは十分に理解できるので、土足で踏み込むようなみっともない真似はしたくない。

ニコムさんのお宅の庭先

ニコムさんのお宅の庭先にはカメの上に古タイヤを乗せた容器がずらっと並び、そこで繁殖を行っていた。カメの上の古タイヤは飛び出し防止のためである。

過去に自分がベタ・マクロストマの生息場所を見つけた際にも、やたらとその生息場所の情報を探ろうと近づいて来る人々に閉口した経験がある。だが、この魅力的なベタがどのような場所に生息し、実際自然下でどのような姿をしているか自分の眼で見てみたい欲求があるのはベタ・ファンとしては確かである。2回ほど訪問し話をしているうちに、その熱意が伝わったのか、近い将来、ニコムさんがブリラムの生息場所を案内してくれる事を約束してくれたので、その情報もここで発表できるかもしれない。最後に、撮影のために大切な魚を譲って頂き、忙しい中色々と話を聞かせていただいたニコムさんにこの場を借りてお礼を述べたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第35回 「インドシナオオタイコウチ」
インドシナオオタイコウチの成虫

インドシナオオタイコウチの成虫。タイコウチの仲間の中では最大級の種類で、体長は日本産のタイコウチの約1.5倍はある。普段はあまり動かずにじっとして獲物が寄って来るのを待っている。

以前、タイの水辺をメインにフィールド撮影をしていると話しをしたら、ある人からインドシナオオタイコウチを見た事がありませんか?と尋ねられた事がある。フィールドでは魚や水草だけでなく、当然水生昆虫にも興味があり、撮影対象としている。しかし、その当時は名前は知っていたが、まだインドシナオオタイコウチには出会っていなかった。
インドシナオオタイコウチはその名が示すようにインドシナ半島に生息する大型のタイコウチである。日本産のタイコウチよりもふた回りは大きいというその巨大な姿を自分の眼でも確認してみたくて、魚採集のついでにいつも気にしていた。しかし、いつも網に入って来るのは、日本産のタイコウチとほぼ同じサイズのタイワンタイコウチばかり。自分の中では、採集している場所が生息域と外れているのだろうと考えていた。ところが、あるときタイ東北部のチャヤプーンという場所を訪れた際に、初めて憧れのインドシナオオタイコウチと出会う事が出来たのである。
その生息場所を見て、今までは探していた場所が間違っていたのだと理解する事が出来た。

チャヤプーンはやや標高の高い場所で、小高い丘の様な場所が多い。その間を流れている細流や湿地にインドシナオオタイコウチは生息していたのである。以前、一生懸命探していた場所は、同じタイ東北部でも平地の田んぼや湿地。ベタ・スマラグディナが生息している様な場所では、いくら採集してもすべてタイワンタイコウチであった。

タイワンタイコウチとインドシナオオタイコウチ

上が日本産とほぼ同サイズのタイワンタイコウチ。下がインドシナオオタイコウチ。こうして比較してみると、いかに大きいかが理解できるだろう。前脚のカマや各脚に縞模様が入るのも特徴である。

インドシナオオタイコウチの終礼幼虫

インドシナオオタイコウチの終礼幼虫。この段階で既に日本産のタイコウチよりも大型である。

日本産のタイコウチの生息場所を基準に考えてしまっていたのが間違いだったようだ。知ってしまえばコロンブスの卵であるが、タイワンタイコウチとインドシナオオタイコウチはしっかりと棲み分けをしていたのである。その後タイ西部のカンチャナブリとミャンマーの国境付近でも、流れのある細流でインドシナオオタイコウチの姿を確認する事ができた。生物の観察は、このように経験を積んで地道にレベルアップしていかなければいけないのである。

インドシナオオタイコウチのペア

チャヤプーンの生息場所で見かけたインドシナオオタイコウチのペア。自然下では二匹一緒に見かけた場合はほとんどペアである。飼育下ではよく交尾しているのも観察出来る。

インドシナオオタイコウチの幼虫

生息場所で見かけたインドシナオオタイコウチの幼虫。体色も泥に良く似ていて保護色となっているが、ほとんど動かないため体の上に泥が降り積もり、さらに見分けがつきにくくなっている。

さて、チャヤプーンでのインドシナオオタイコウチの生息場所の様子を報告したい。
平地の広がる場所の多いタイ東北部の中ではやや特殊な環境で、チャヤプーンは丘陵地が多い。その中を幅の狭い小さい沢が流れている場所がある。この沢は雨期に川幅を増して湿地の様な環境になる場所もある。こうしたやや流れの穏やかな環境にインドシナオオタイコウチは生息している。
自分が訪れた時期は、雨期だったためか水が多く、流れから溢れ出た水で多くの湿地が出来上がっていた。そのような場所をインドシナオオタイコウチは好んで生息し、そこで繁殖も行っているようである。実際、自分が訪れた際には幼虫の姿も数多く観察出来た。幼虫は日本産のタイコウチ同様に泥を体に纏い保護色としており、一見しただけでは気付きにくい。雌雄2匹が寄り添っている姿もみかけた。

インドシナオオタイコウチの生息場所

タイ東北部チャヤプーンのインドシナオオタイコウチの生息場所。タイではこうした丘陵地の流れのある細流などに生息しており、平地の水田などでは見かけない。

卵は水辺の浅い場所に産み付けられ、特徴的な呼吸管の形状からすぐ分かる。幼虫、成虫共に採集すると脚を伸ばした形になり死んだフリを行う。本当に死んだ場合は、この様な形状にはならないのですぐ分かる。生息密度は同じタイ東北部に生息するタイワンタイコウチに比べて非常に低い。これは生息場所の生態系にも関係あると思われる。平地の水田などに比べると、明らかに餌となる魚や生物が少ないのである。

飼育に関しては、日本産のタイコウチと基本的には変わらない。呼吸管を水面に出すための足場となる水草や流木などを水槽内に配置するシンプルなセットで大丈夫だ。餌はメダカなどの小さな小魚や小エビを与える。雌雄の判別はやや難しいが、腹側の亜生殖板の形態の違いを見れば可能である。飼育下でも水苔やオアシスなどに卵を産み、繁殖も難しくない。流通量は多くないので、飼育したい方は見かけた際に迷わず購入する事をお勧めする。

タイ産のミニタイコウチ

日本産のエサキタイコウチに近縁と思われるタイ産のミニタイコウチ。インドシナオオタイコウチが最大のタイコウチなら、こちらは最小のタイコウチと言えるだろう。指と比較するとその大きさが良くわかる。

最後に余談であるが、最大のタイコウチの他に最小と思われるタイコウチも同じくタイの東北部に生息している。インドシナオオタイコウチの他、ゲンゴロウなど他の水生昆虫も撮影したかったので、タイ東北部で採集をしていたところ、非常に小型のタイコウチに巡り会った。この小型のタイコウチは与那国島に生息する日本最小のタイコウチであるエサキタイコウチに近縁な種類かと思われる。東南アジアにはこれに似た小型のタイコウチは広く分布しており、自分自身でもマレーシアやラオスで以前観察している。ミニタイコウチはサイズは似ているが、呼吸管の長さや前脚の形状に違いが見られるため、複数の種類が存在しているようである。


写真・文 : 山崎 浩二

第34回 「タイの丸葉クリプトコリネ」

昨年の10月、数年前から採集や撮影に通っているタイ東部タラットの川へ友人を案内した。いつものように道路を降りて、日差しを避けるために橋の下に荷物を置いて、周辺を探索していたところ、橋の下の一角に見慣れない水草の姿が!この辺りにはバルクラヤ・ロンギフォリアが数多く自生しているので、それかと思ったのだがどうも葉の質感が異なる。一株掘り起こしてみると、明らかにバルクラヤではなくクリプトコリネである。クリプトコリネでもバランサエならこの辺りでも普通に見られる。だが、このクリプトコリネは丸葉タイプである。マレー半島部のタイ南部では、丸葉のクリプトコリネ・コルダータは普通に見られるが、ここインドシナ半島部では丸葉タイプのクリプトコリネは非常にレアである。各所にクリプトコリネはあるにはあるが、細葉タイプばかりなのだ。数年前にここタラットよりさらに東に行ったカンボジアのココンのブラックウォーター域で丸葉タイプを見つけた事があるが、タイでは初めてである。

クリプトコリネの水中葉

うっすらと木漏れ日の射すジャングルの中のクリプトコリネの水中葉。ここはタイ東部のカンボジアとの国境となる山中の中を流れる小さい川である。日当りの良い場所よりもやや陰になった場所を好むようである。

橋の下には数株のみが自生していた。こういう場合、同じ川の上流か下流に他にも間違いなく自生しているはずである。と言う事で相棒のトンに他にも無いか魚の採集のついでに探して来るように頼んだところ、ほどなくして下流に大きな群生を見つけたとの報告が!この川は山の中に流れる細流で、3年程前から通っているのだが、恥ずかしながらクリプトコリネの存在には全く気が付かなかった。急に現れる訳が無いので、以前から自生していたはずである。魚や他の生物ばかりに目が行き、足下の水草に全く気が付いていなかったのである。

水上葉となったクリプトコリネ

水位が下がり、水上葉となったクリプトコリネ。クリプトコリネの多くはこうして水位が下がった時期に花を咲かせる種類が多いのだが、この場所の種類はそうではないようであった。

デコボコした独特の質感を見せるクリプトコリネ

デコボコした独特の質感を見せるクリプトコリネの水上葉。他の植物の根ががっちりと張り巡らされた場所に自生しており、そのために雨期に増水しても流される事がないようである。

この発見の際はまだ雨期の終わりで水位も高く、夕方で光線の具合も悪かった事から撮影は諦めた。どうせ撮影するなら水位の下がった乾期に、花の咲いている様子も一緒に撮影しようと考えたのだ。ここなら年明けにまた来る事もできる。と言う事で、タイでは乾期にあたる年明けの2月にまた同じ場所を再訪したのである。川の様子を見ると水位も十分下がっている。この様子ならクリプトコリネの群落の辺りは花盛りだろうと思い、ワクワクしながらカメラを持って行ってみると、意外な事に美しい水上葉は見られるが、花の姿は全くない。通常、クリプトコリネの仲間は水位が下がると花を付ける種類が多い。花を見ないと種類の同定が難しい種類が多いので、クリプトコリネの撮影にはできるだけ水位の下がる時期に行くようにしている。ところが、ここのクリプトコリネはちょっと様子が異なる。探せど探せど花が見つからないのである。そうこうしていると、トンが水中葉の場所でやっと一株だけ花が咲いていたのを見つけて来てくれた。黄色い花の様子は、カンボジアのココンで見つけた種類と良く似ている。花をカットして雄しべと雌しべの様子を観察しなかったので、種類は不明であるが、コルダータに近い種類である事は間違いないだろう。この後、5月にも同じ場所を再訪したのだが、やはり花の姿は無かった。また違う季節に観察に訪れないといけなようだ。生物を観察する際は、同じ季節ばかりではなく違う季節にも見ないといけないという典型的なパターンである。

やっと一株だけ見つけたクリプトコリネの花

やっと一株だけ見つけたクリプトコリネの花。水上葉ではなく、水中にある株から水面にまで伸びて開花していた。いわゆるコルダータ・タイプの花であるが、内部の雄しべや雌しべまでは観察していないので、種類の同定はまだである。

この場所では、最初にクリプトコリネを発見した橋の下の小群落の株と下流域の大群落の株では、少々形や色彩が異なっているように感じられた。 橋の下の小群落の株は小ぶりでやや細長く、葉に虎模様が入っている。対して下流域の大群落の株は水中葉こそ細長い形態だが、かなり大型である。水上葉は丸葉でデコボコした質感となる。植物は生育環境によって大きく姿を変える事が知られているが、素人目には同一の種類とは思えない。実際、ボルネオ島などでは同一の河川に複数の種類が自生しているのも珍しくないようだ。こうしたことから、この場所のクリプトコリネもまだ観察が必要なようである。大群落の株を少々持ち帰って育成してみたが、他のクリプトコリネよりも丈夫で育成が容易であった。

葉に独特のトラ斑模様の入るクリプトコリネ

やや細身で、葉に独特のトラ斑模様の入るクリプトコリネ。非常に小さな群落だが、ランナーを出して子株を増やしている様子が観察出来た。ジャングルの中のクリプトコリネとは株の大きさも色も質感も大きく異なる。花は見つけられなかったが、今後の課題である。

やや細身の葉を有するクリプトコリネ

同じ河川だが、比較的日当りの良い場所に少数だけ自生していたやや細身の葉を有するクリプトコリネ。植物は生育環境で容易に姿を変えるので、先に紹介したクリプトコリネと同種の可能性もあるが、自生している場所、葉の形態、葉に入るトラ模様などが異なっており、別種の可能性も高い。

さて、このクリプトコリネの自生する川はタイとカンボジアの国境となる山の中を流れる細流で、日本で言うと渓流域の沢の様な環境である。周囲にはアダンが茂っている。このアダンという植物は水分のある場所を好んで自生しているので、この植物がある場所には水が流れていると予想する事ができる。20年ほど昔にワイルド・ベタを探してボルネオやマレー半島などを回っていた際に、このアダンを目当てに生息場所の湿地を探し当てたものである。しかし、このアダン、葉には硬く頑丈な刺がある。この葉が茂っている薮の中で行動するのは非常に難儀である。すぐにシャツに刺が絡まるし、肌に刺さる。また、こうした場所は蚊の他にも吸血性の生物が数多い。こうした環境で、じっくりと撮影するのがどれだけ困難か理解していただけるであろうか?撮影後は心身共にボロボロになってしまう。フィールド慣れしていない人にとってはより過酷な環境と思われ、案内すると二度と来たくないと正直な感想を聞く事が多い(笑)。


写真・文 : 山崎 浩二

第33回 「ベタ・ハーフムーン・コンノック」

2015年の11月末、2ヶ月のタイでの滞在を終え日本に帰国するためにバンコクのサンデーマーケットに挨拶のために出掛けた。さすがに10年以上ここで仕事をしていると、知り合いも増えて、様々な情報もいち早く入って来るようになる。こうした大切な知り合い達に、いつも一応帰国の挨拶だけはしてから日本に帰るようにしている。
 サンデーマーケットを知らない人のために、簡単に説明だけしておこう。バンコク北部にある巨大な市場は観光名所にもなっており、サンデーマーケットやウィークエンドマーケットと呼ばれ、昔から親しまれている。チャトチャックと言うタイ語の呼び名の方がタクシーには良く通じる。この巨大マーケットの一角にペットの生体や器具などの販売店が数多く集まっているのだ。大抵のペット関係の物はここに行けば手に入る。ベタだけの専門店だけで数十軒はあるだろうか?普通の観光客も買い物できるので、日本人や外国人の姿も良く見かける。

オス同士でフレアリングをするハーフムーン・コンノックのオス

オス同士でフレアリングをするハーフムーン・コンノックのオス。特徴的な尾ビレが魅力的な新品種である。どのような過程でこのような尾ビレが出現したのか興味深い。

さすがに帰国寸前に撮影用のモデルを探そうとは思っておらず、挨拶だけと考えていた。しかし、馴染みにしているベタの専門店も多く、そこで帰国の挨拶をしていたら、あるショップで、今日入荷したばかりというベタを見せられてしまった。そこにはハーフムーンの尾ビレをクシャクシャにした様な奇妙なベタの姿が!水槽を覗き子込み、その姿を見ていると、単にクシャクシャになっているのではなく、軟条が奇妙な伸長をしているのである。そのために尾ビレが独特の形態になっている。

特徴的な尾ビレの軟条の様子が分かりやすくヒレを開いた

特徴的な尾ビレの軟条の様子が分かりやすくヒレを開いたハーフムーン・コンノックのオス。各軟条が一枚の鳥の羽状になっているのが分かるであろうか?

このベタの名前を尋ねると、ハーフムーン・コンノックとの事。相棒のトンにコンノックの意味を尋ねると、コンとは羽、ノックと鳥だと説明してくれた。そう言われてみれば、なるほど鳥の羽のようにも見えなくもない。特に軟条の先は鳥の羽の様な模様が入っている。英名にしたら、ハーフムーン・バードフェザーとでも言うのだろうか?名称に関しては現地主義の自分は、敢えて英名や日本名にすることなく、この魚はハーフムーン・コンノックと呼びたい。そう難しい言葉ではないので、ぜひこの名で親しんでもらいたいものである。

こうして、帰国する日に予想もせずに新しいベタに出会ってしまった。もちろん知らないフリする訳にもいかず、そのベタ・ショップの店先に陣取って、ベタをセレクトする羽目に。結構ヒレの形態が悪い個体、鱗の乱れた個体が多く、まだ品種としては安定していない様子。その中から厳選して20個体を選んで日本に持ち帰った。なぜ20個体も持ち帰ったかと言うと、新品種にしては体色のバリエーションが豊富だったためである。みんな同じ様な色彩だったら、撮影用には5個体もいれば十分である。その他、もうひとつ大事な理由があった。ハーフムーンのような尾ビレの伸長した品種の場合、小さなビニール袋にパッキングすると、ストレスのためか自分の眼の前にひるがえって来た尾ビレを齧ってしまい、そこから尾腐れ病の様になってしまう個体が多いのである。これは、見事にヒレが伸長した個体に多く、若い個体ではあまりない事例である。過去に何匹モデル用に持ち帰った個体が、このように尾ビレを噛んでしまい撮影に使えなかった事であろうか。それを危惧したために少し余分に持ち帰ったのであるが、この心配は無用であった。輸送中に落ちた個体は1匹のみで、残りは全く尾ビレを噛む事はなかった。これは、このハーフムーン・コンノックがそれ程尾ビレが伸長しない品種であった事も幸いしたのであろう。

ハーフムーン・コンノックはすでに色彩的バラエティは豊か

ハーフムーン・コンノックはすでに色彩的バラエティは豊かである。パステル調の色彩の個体が多いようだが、この個体のようにメタリックホワイトが美しい個体も見られる。

日本に無事に持ち帰ったハーフムーン・コンノックは、すぐに自宅の水槽で撮影した。撮影に使った感じとしては、通常のハーフムーンよりもややおとなしく、フレアリングもあまり活発には行わない。そのために撮影には通常のハーフムーンの数倍の時間を要した。撮影しながら、ファインダーを覗いていると鳥の羽状の尾ビレには個体により差があり、上手く開く個体の他に、開きの悪い個体もある事が分かった。また個体によって、そのヒレの形態は雪の結晶のようにも感じられた。まあ、雪の降らないタイではそのような発想をするタイ人は皆無であろうが。

尾ビレの軟条が広がらないタイプのハーフムーン・コンノック

尾ビレの軟条が広がらないタイプのハーフムーン・コンノックもおり、こちらは確かにバラの花びら的な印象である。ローズテールという名称も納得出来る。

ハーフムーン・コンノックの尾ビレのアップ

ハーフムーン・コンノックの尾ビレのアップ。各軟条の先端がやや尖って、それが鳥の羽の形態に似ている。またその軟条に細かく入る模様も羽毛状に見える。

調べたところ、このベタのプロトタイプと思われるベタは、2015年の中旬からローズテールの名称で多少日本の市場にも出回っていたようである。確かに尾ビレの軟条が広がらないタイプでは、バラの花びらの様な質感である。まだまだこのハーフムーン・コンノックは、品種と言う面では安定していないように感じられた。しかし、ダンボ・ベタと呼ばれるチャーン・ベタの出始めも同じ様な状況であった。次第に品種としての固定率や質も上がって来る事だろう。またこの尾ビレの形態はハーフムーンだけではない。帰国の数日前に行ったベタ・ファームに1匹プラカットのコンノックがいたのを思い出した。この尾ビレの形態は人により好き好きが分かれる様に思われるが、これからのベタの趣味の世界でどのように交配され楽しまれていくのか楽しみである。

綺麗に尾ビレが広がったハーフムーン・コンノック

綺麗に尾ビレが広がったハーフムーン・コンノック。この個体の尾開きはハーフムーンと言うより、オーバーハーフムーンである。このような美しい個体はまだまだ多くないが、これから磨かれていくのであろう。

それにしても、ベタという魚の改良はまだまだ留まる事を知らない。色彩だけでなく、このように形態までも変化した改良品種が次々と作出されて来る。たぶん、このコラムの次号ぐらいで、また新しい品種のベタを紹介する予定である。どんなベタかはまだ秘密だが、御期待頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第32回 「トルマリン・マウンテンクラブ」
トルマリン・マウンテンクラブの赤味の強い個体

トルマリン・マウンテンクラブの赤味の強い個体。ミャンマーに生息するマスクド・マウンテンクラブに似るが、黒の色彩の入り方が異なる。

2015年の8月、自分の相棒であるタイのトンから数枚の写真が送られて来た。そこには見慣れないカニの姿が。
どうやらいつもと違う場所に行き、そこで新たな種類のカニを見つけたようである。そこには数種類のカニが交尾をしている姿もあった。タイはこの季節は雨期の真っただ中。普段は穴の中に潜んでいるカニ達も夜間は活発に穴の外に出て活動しているようだ。この季節が彼らの繁殖期なのだろう。

巣穴から出て来たトルマリン・マウンテンクラブ

巣穴から出て来たトルマリン・マウンテンクラブ。個体により色彩は変化に富んでいる。この個体のようにハサミがオレンジ色になる個体が最も個体数が多いようだ。

このようなシーンを見せられてしまったら、カメラマンとしては自分で撮影してみたくなる。しかし、生物の撮影はタイミングが非常に大切である。季節がずれてしまったら撮りたいシーンも撮れなくなってしまう。ちょうど8月は日本での仕事が忙しくて、すぐにタイには撮影に行けなかった。何とか仕事に目処がついたのが9月末。まだ雨期は明けていないのを確認して急いでタイに飛んでいった。

その新たなカニの生息場所は、以前このコラムでも紹介したクィーン・クラブの生息するカンチャナブリのトンパプンと言う場所である。しかし、いつも撮影に行っていた場所とは離れており、舗装されていない山道を車で2時間程山奥に入った場所である。もうタイと言うより、ミャンマーと呼んだ方がいい場所だ。標高的にもかなりな高地で、暑い場所では栽培が難しいキャベツなどを栽培している畑などが見られる。

トルマリン・マウンテンクラブの生息場所

トルマリン・マウンテンクラブの生息場所。小川の脇の畑の中に無数の穴が見られる。昼間は全く姿が見えないが、夜になると穴の入り口まで出て来ている様子が観察出来る。

とりあえず今晩の宿を探すが、観光客など来そうもないこの場所にはホテルなどない。バンガローを見つけたが、エアコンもお湯シャワーもないと言う。野宿するよりはマシなのので、そこに宿泊することに。とりあえず荷物を置いて、トンにその新たなカニの生息場所に案内してもらった。山間の畑の中を流れる小川の近くが生息場所であった。畑のあちこちに穴が無数に開いている。

夜の7時過ぎになり、もう辺りは真っ暗になった。カメラの防水対策も完璧にして雨を待つが、こういう時に限って雨は降らない。仕方ないので、昼間チェックした生息場所へ。そっと覗いて見ると、カニ達は半分体を穴から出しているが、人の気配を感じるとすぐに穴に潜ってしまう。想像以上に警戒心が強い。この辺りではカニが畑や水田に穴を開けてしまうので、害虫扱いされているようだ。日本のアメリカザリガニのような存在である。

どうも雨が降らないと、活発に穴から出て行動しないようである。そこで、じっと石のように動かずに気配を消してカニが出て来るのを待つ。夜の水辺でこうしていると蚊やブユなどの吸血生物の餌食となる。

巣穴から半分体を出したトルマリン・マウンテンクラブ

巣穴から半分体を出したトルマリン・マウンテンクラブ。このようなシーンを撮影するだけでも、大変な根気が必要だ。人影には敏感だが、ストロボの光にはあまり反応しないので助かった。

水場で体を浸して水分補給中のトルマリン・マウンテンクラブ

水場で体を浸して水分補給中のトルマリン・マウンテンクラブ。ヤマガニの仲間だが、あまり乾燥した環境には強くない種類のようだ。

痒くて動いてしまったら、カニは穴の中に潜ってしまう。忍耐強く待つしかないのだ。3時間程頑張って色々なシーンを撮影する事が出来たが、目的の交尾のシーンの撮影は果たせなかった。やはり1ヶ月程前に来なければいけなかったようである。来年はもっと早く、雨期の最中に撮影に来るようにしたい。

同じ生息場所では、他にも2種類もカニの姿を見る事が出来た。水中に生息する大型のサワガニと、中型で腹部や脚の紫色が美しいサワガニである。とりあえず、大型の方にはブロンズ・リバークラブ、中型の方にはパープルベリー・リバークラブと名付けてみた。

ブロンズ・リバークラブ

同じ生息場所の小川の中には、大人の手の平程のサイズの大型のサワガニであるブロンズ・リバークラブの姿も見られた。中には腹部に子ガニを抱えたメスの姿もあった。

パープルベリー・リバークラブ

腹部や脚の色彩が美しい中型のサワガニであるパープルベリー・リバークラブ。脚や体色は個体差が見られる。
昼間でも水中の物陰を掬うと網に入って来た。

このカニは、タイの書物を調べたのだが、まだ名前が分からない。サワガニではなく、ヤマガニの仲間なのは間違いないだろう。色彩的にも変化に富んでおり。赤味の強い個体、オレンジ色の個体、黄色の個体、その中間の色彩の個体など、様々である。透明感のある色彩が美しいので、とりあえずトルマリン・マウンテンクラブと名付けてみた。非常に丈夫な種類で、飼育も難しくないようだ。大卵型で飼育下で繁殖も狙う事が可能である。ペット用としてこれから普及して事であろう。


写真・文 : 山崎 浩二

第31回 「コイベタのアルビノ」
オスのコイベタのアルビノ個体

オスのコイベタのアルビノ個体。この個体は片側だけアルビノのオッドアイである。反対側は正常な眼のために視力も問題ない。そのため、このようなフィンスプレッディングの様子を見せてくれる。

ご存知のように、昨年辺りからコイベタが日本では大人気になっている。そのため、タイに出掛けると言うと珍しい色彩やレアな個体を探すように頼まれる事が増えた。それ自体は、自分の仕事にとっては助かる面が多い。と言うのは、珍しい色彩やレアな個体はタイでも非常に高価なのだ。これを自腹で購入して撮影のモデルに使っていては、商売的には赤字になってしまう。儲けを乗せられなくても、そのまま購入した値段で知人達に譲れるなら、こちらの懐は痛まない。ただで貴重な個体を撮影できる訳である。レアな個体をタイのベタ屋を巡って探す事自体は全く苦にならないし、そのようにして見つけたレア個体を撮影するのも嫌いではない。ベタを頼んだ方も自分もウィン・ウィンなのだ。

黄色系のコイベタのアルビノ

黄色系のコイベタのアルビノ。オス個体だが、視力は弱くてオス同士でも闘争行動は見せてくれなかった。こうした個体でも口元に餌が来ると食べる事はできる。

両目ブドウ眼のアルビノ

赤い色彩が美しいオス個体だが、両目ブドウ眼のアルビノなため視力が弱く、オス同士でも闘争を行わない。しかし、薄ら他の魚の存在は見えている様な行動は行う。

頼まれるベタのリクエストとしては、アルビノというのが圧倒的に多い。様々な品種が作られているベタだが、まだアルビノだけは固定されていない。多くのベタを繁殖させると、その中からたまにアルビノの個体は出現する。30年程前から改良品種のベタを見ているが、昔からたまにブドウ眼のアルビノ個体は目にする機会はあった。それがなぜ品種として固定されるまでに至らないのだろうか?答えは視力と体質にある。ベタのアルビノは視力が良くないケースが非常に多い。そのためオスであっても闘争性がなく、2匹一緒にしてもヒレを広げてのフィンスプレッディングも行わない個体が多い。かろうじて目の前にきた餌は食べる事が出来るので、何とか成長した様な虚弱体質の魚が多いのだ。このようなアルビノ個体は、オスでも水面に泡巣を作る個体は非常に希である。泡巣を作らないのでは、繁殖は不可能である。ただし、希に視力も問題なく、泡巣も作る個体が見つかる事がある。この様な個体は貴重で、ぜひ繁殖に使いたい。

色彩的なバランスもよく美しいコイベタのアルビノ

色彩的なバランスもよく美しいコイベタのアルビノ。オス個体なのだが、やはり視力は弱い。

両目ともブドウ眼のアルビノ個体

両目ともブドウ眼のアルビノ個体。オス個体だが、若干視力は良いようで、他の個体に対して意識している様な行動を見せる。

ただのアルビノだけでも探すのは難しいのだが、更にコイベタのアルビノと言うリクエストだと、さぞ難しいだろうと考えていた。ところが、バンコクのサンデーマーケットで知人のベタ・ブリーダーにアルビノの個体を頼んだら、意外と簡単に見つかってしまい拍子抜けであった。これは頼んだ方のネットワークが広かった事もあるが、コイベタ自体が盛んに繁殖が行われていた事も理由であろう。アルビノのベタが出現する確立が高くなっていたのである。また、コイベタ自体がアルビノが出現し易い因子を持っているのかもしれない。

コイベタのアルビノは、みんなブドウ眼のアルビノである。リアルレッドアイのアルビノは見た事がない。両方の眼がアルビノもいれば、片眼だけがアルビノのオッドアイ・タイプも多い。このオッドアイ・タイプはオレンジ色のコイベタで目にする機会が多い。

コイベタのメスのアルビノ個体

コイベタのメスのアルビノ個体。視力は弱いようだが、かなり見えるようで他魚も意識する。餌も食べる事ができ、腹部の卵巣も発達しているので繁殖に使えそうだ。

黄色系のコイベタのメス個体

黄色系のコイベタのメス個体。アルビノとしては視力も良い方で、餌食いも良い。体格も良く卵巣もしっかり発達しており、繁殖には問題なく使えそうである。

オレンジ色系のコイベタのアルビノ

オレンジ色系のコイベタのアルビノ。この個体はオスで片側だけがブドウ眼のオッドアイである。

すでに何ペアかのコイベタのアルビノを知人に託した。あるペアは繁殖に成功した様なのだが、残念ながらアルビノは出現しなかったようである。ベタのアルビノの遺伝子は、通常のアルビノとは異なっているようだ。コイベタではないが、ファンシーのマーブル・タイプの魚のアルビノをタイのプロブリーダーが繁殖を手がけているような話しは耳にした。しかし、そのブリーダーからもまだアルビノはリリースされていない。やはり一筋縄ではいかないのであろう。しかし、プロもアマチュアもベタのアルビノの作出には情熱を注いでいる。
近い将来、固定されたタイプとしてベタのアルビノを目にする時代が来るであろう。


写真・文 : 山崎 浩二

第30回 「ドワーフ・スネークヘッドの色彩変異」
ホワイトアイのドワーフ・スネークヘッド

タイ北部ナーン(Nan)で採集されたホワイトアイのドワーフ・スネークヘッド。特徴的な色彩は薄らと残っていて美しい。通常の色彩の個体数十匹と一緒に入荷したそうである。こうした目立つ色彩の個体が野生下で生き残れる確立は低く、貴重な存在と言えるだろう。

ここ数年静かなブームなのがスネークヘッドの仲間である。インドやミャンマー方面から色彩的にも魅力的なニューフェイスが輸入されているのが、その人気の理由であろう。観賞魚の場合、決まった定番種だけが輸入されるジャンルは飽きられるのか、盛り上がりは少ない。逆に新しい種類が少しずつ紹介されるジャンルは飽きが来ないため興味を持続するマニアが多いようである。ドイツなどだと、自分の好みの魚種を数十年追い続けるマニアも少なくない。しかし、日本の状況を見ていると同じグループを長年に渡って興味を持ち続けるマニアは少ないようだ。これは国民性という言葉で片付けてしまえば簡単なのだが、魚に対する興味や取り組み方が大きく違うためなのであろう。

話しが横道に逸れてしまったが、最近日本ではスネークヘッドだけをコレクションするマニアが増えているようだ。種類数が少な過ぎず多過ぎず、コレクション性が高いというのがその理由であろう。野生種の他にたまにアルビノやプラチナなどの人工改良種も登場している。
レッドスネークヘッドなどのように大型になる種類からドワーフ・スネークヘッドのように小型の種類まで様々な種類がいるが、レインボー・スネークヘッドに代表される色彩豊かな小型種がその中でも特に人気が高い。我が国の住宅事情を考えると、大型種の飼育には大型の水槽が必要になるので、小型種の方が人気が高いのは当然だろう。

クリーム色の体色にホワイトアイが非常に特徴的な個体

クリーム色の体色にホワイトアイが非常に特徴的な個体である。このホワイトアイは病気ではなく、2ヶ月以上飼育していても変化はないようである。正常な色彩の個体と異なり、若干視力は弱いようである。

この小型種の中でも古くから親しまれているのが、ドワーフ・スネークヘッドである。以前はChanna gachuaの学名で知られていたが、最近タイの種類は、Channa limbataとされている。この経緯は不勉強なので知らないのだが、いずれ調べたらこのコーナーでまた説明したい。

このドワーフ・スネークヘッド。分布的には非常に広範囲である。自分の知る限り、タイでは北から南までほとんどの地域に生息している。止水の池や沼、湿地帯に生息するプラーチョンなどと異なり、本種は流れのある川に生息している。大きな川よりも小さな沢のような渓流に主に生息している。このような環境で魚の採集をしていると必ずと言っていい程網に入って来る。分布が広いためか、その色彩は生息する河川により微妙に異なっている。最近は採集したロカリティがはっきりした個体も出回るようになって来ているので、色彩変異をコレクションする楽しみもあるだろう。

ヒレにはドワーフ・スネークヘッドの特徴であるブルーやピンクの色彩

このホワイトアイの個体は性格はそんなに神経質ではなく、水槽内を活発に遊泳する。ヒレにはドワーフ・スネークヘッドの特徴であるブルーやピンクの色彩も残っている。

小型種なので、飼育には大きな水槽も必要ない。あまり動き回る種類ではないので、基本的な60cm水槽で十分飼育が可能である。他のスネークヘッドに比べ、魚食性は強くなく、飼育下では冷凍アカムシや人工飼料も好んで食べるので、手間もかからない。特に色揚げ用の人工飼料を与えると背びれのオレンジ色のラインや体色が美しくなる。幼魚の頃は変哲もない魚だったのが、飼い込むにつれ美しい姿に変貌するのを楽しめる事だろう。水質にも特にうるさくなく、飼育は容易だが、注意点がひとつ。かなりジャンプ力が強いので、水槽からの飛び出しには注意したい。たぶんほとんどのマニアが飛び出しで干物にしてしまった経験があるだろう。水槽の蓋の上に重しを乗せるなど注意が必要である。

透明鱗と思われるドワーフ・スネークヘッドの個体

透明鱗と思われるドワーフ・スネークヘッドの個体。鰓蓋の辺りが透けて、鰓の赤さが見えている。やはりタイ北部のナーンから通常の色彩の個体に混ざって届いたものである。届いた当初はほとんど黒い色彩がなかったそうだが、次第に色素が増えマーブル模様になってしまったという。

今回、タイのシッパーの元でこのドワーフ・スネークヘッドの色彩変異個体を2個体見る事ができた。今まで数多くの本種を見て来たが、このような色彩変異は見た事がない。非常に貴重な存在と言えるだろう。
まずひとつはアルビノと思われる全身が白っぽい個体である。アルビノ特有の赤やルビー色の眼ではなく、眼球の表面が白くなっている。よくpHが下がり過ぎた場合などに、このように眼が白く被る事があるが、この個体は病気ではなく、個体の特徴のようである。視力は弱いながらもはっきりと見えているようで、餌もちゃんと補食する。アルビノの魚特有の全身白っぽい色彩だが、ドワーフ・スネークヘッドの特徴的な色彩は薄ら残っていて美しい。サイズは20cm程だが、この個体はタイ北部のナーンという場所で採集されたワイルド個体だという。よく自然界でこのような目立つ色彩の個体がこのサイズに成長するまで生き残ったものである。

もうひとつは透明鱗と思われる、全身が白っぽく黒い模様が不規則に入る個体である。この個体もタイ北部のナーンという場所で採集されたものだという。入荷当初は全身が白かったそうだが、飼育しているに連れて黒い色素が増えてしまったのだそうだ。同じ採集場所でこのような色彩変異が2個体も見つかるのは非常に奇遇である。この地域には何かこのような色彩変異が現れ易いような遺伝的な因子が潜んでいるのであろうか?

常に物陰に隠れてじっとしている

この透明鱗の個体は通常の個体と同様の黒眼である。性格的には非常に神経質な個体で、常に物陰に隠れてじっとしている。泳ぐのは餌を食べるときぐらいである。生きた魚やエビよりも冷凍赤虫の方を好んで食べる。

この2個体、性格的には全く異なっている。ホワイトアイの個体は、比較的活発に泳ぎ回る。そのために撮影にはそんなに苦労しなかった。対して透明鱗の個体は非常に神経質で、水底にじっとしたまま微動だにしない。動かないので撮影は非常に簡単だが、動きのあるポーズをしてくれないので、絵的には面白くない。いつか泳ぐだろうと、水槽の前でカメラを抱えたまま数時間待ったが、全く動かないのである。数日間待ったが、泳ぎ回る姿を撮影するのは不可能であった。紹介している写真が面白くないのはご勘弁願いたい。

タイでは、このようなドワーフ・スネークヘッドの色彩変異の他、最近ではレッド・スネークヘッドのプラチナ個体なども紹介されている。人気が高まるにつれ、このような色彩変異個体も輸入されるようになるであろう。こうした貴重な個体はぜひ繁殖させ、貴重な遺伝子を残しておきたいものである。ドワーフ・スネークヘッドなら水槽内でも繁殖例はあるので、ぜひチャレンジしてみたいものである。


写真・文 : 山崎 浩二

第29回 「スペードテールのスプレンデンス」

色とりどりのベタの改良品種の元となっているのが、タイの生息する野生種のベタ・スプレンデンスである。改良種よりも小型でスリムで、色彩的にもやや地味である。知らなければ同じ種類とは思わないだろう。この野生種のスプレンデンスを長年かけて改良し、現在の改良種のベタが作られたのである。

タイ東北部プールア(PhuRuea)産のベタ・スプレンデンスのオス

タイ東北部プールア(PhuRuea)産のベタ・スプレンデンスのオス。やや大きめで見事に中央部が伸長したスペードテールを有する。まだ出回っている個体数も少なく貴重な存在と言えるだろう。

この改良種の中にプラカットと呼ばれるショートフィン・タイプの改良品種がある。以前からその中にたまに尾びれの中央部が伸長してスペード状になる個体がいた。スプレンデンス・グループのベタの中で尾びれ中央部が伸長する特徴を持った種類はベタ・マハチャイエンシスだけが知られていた。そのためスペードテールを持ったプラカットはどこかでマハチャイエンイスとの交配が行われていたのかと考えられていた。しかし、この推測は誤りだったようである。というのは、最近ベタ・スプレンデンスで尾びれの中央が伸長する地域変異が紹介されたためである。元々ある地域のスプレンデンスには尾びれが伸長する形質があり、それがたまに改良品種のプラカットにも現れると考えた方がスペードテールのプラカットの説明として納得がいく。

ドンムアン(DonMueang)産のベタ・スプレンデンス

ドンムアン(DonMueang)産のベタ・スプレンデンス。若い個体では伸長具合は大きくないが、成魚では尾びれは見事に伸長する。

背びれが赤く彩られる個体

背びれが赤く彩られる個体も見られるが、すべての個体ではないので、この地域独自の特徴とは言えないだろう。

最近、ベタの本場タイでも改良品種の他に野生種のベタを飼育するマニアが増えて来ている。それに伴い、ワイルド・ベタを販売する店も増えて来ているようだ。バンコクにあるサンデー・マーケットはウィークエンド・マーケットとも呼ばれ観光客に人気のスポットである。この中にペットを扱う一角があり、犬や猫、爬虫類や魚などを販売している店が集まっている。もちろんベタを売っているお店は数多く、様々な特徴を持った店がひしめいている。この中にワイルド・ベタを中心に扱っているお店もある。当然自分も贔屓にしていて、バンコクを訪れる度に顔を出している。

バンコク近郊のサムットプラカーン(SamutPrakarn)産のベタ・スプレンデンス

バンコク近郊のサムットプラカーン(SamutPrakarn)産のベタ・スプレンデンス。典型的なラウンドテールのスプレンデンスだが、この地域のスプレンデンスはあまり紹介された事はなく貴重な存在である。今回紹介しているスペードテールの魚との違いのために参考で紹介しておこう。

昨年辺りからここにあるお店で少し変わったベタ・スプレンデンスを見かけるようになった。最初に見かけたのはラッブリ産というベタ・スプレンデンスで、尾びれの中央部が伸長している。この尾びれの形態は、ベタ・ストローイを彷彿とさせる。スペード型というより、やや上側が伸長した雰囲気である。タイにはラッブリという場所は数カ所あるので詳細を聞いたところ、知り合いが繁殖させた魚だそうで、ラッブリの場所の詳細は不明との事であった。その際にはお店に10匹のオスがいたが、皆同じ様な形質を持っていた。後日、バンポンという場所にあるベタ・ショップでも同じ魚を見る事ができた。

ラッブリ(Ratchaburi)産のベタ・スプレンデンス

ラッブリ(Ratchaburi)産のベタ・スプレンデンス。尾びれの形態はドンムアン産やプールア産とはやや異なった印象である。タイにはラッブリという場所は多いが、バンコクから西のナコンパトムの隣かと思われる。

今年に入って今度はドンムアン産というベタ・スプレンデンスが同じ店に入荷した。ドンムアンというのは現在のスワナプーン空港になる前バンコクの国際空港のあった場所である。現在でも国内線やLCCの路線などはドンムアン空港を使っている。この魚はラッブリ産ほど顕著に尾びれの中央部が伸長しないようだが、やはりスペード型の尾びれを持っている。20匹以上のオスを見たが、やはり皆同じ形質であった。 今年の6月になり同じ店を訪れたところ、また新たなスプレンデンスの地域変異が入荷したみたいである。オスの入っているビンの仕切りを外したところ、見事なスペードテールをしたオス同士のフィンスプレッディングを見せられてしまった。尾びれが伸長しているだけでなく、大きさ自体もやや大きいみたいである。
産地を聞いたところタイ東北部のルーイのプールアという場所と言う事である。もう少し東に行けばベタ・スマラグディナの生息地域である。この辺りにスプレンデンスとスマラグディナの生息の境界線がありそうで興味深い。

プールア産のベタ・スプレンデンスのオス。

プールア産のベタ・スプレンデンスのオス。闘争時のオスの尾びれの開き具合や中央部の伸長具合は素晴らしい。こうした地域変異は他の地域変異と混ぜる事なく、大切に維持していきたい。

最近、バンコク近郊でもサムットプラカーンでワイルドのスプレンデンスを採集する機会を得た。意外と民家の近くにも細々と生息場所が残っているようである。その場所のスプレンデンスは通常のラウンドテールで色彩的にはやや地味であった。まだまだ多くの地域にワイルドのスプレンデンスが生息していると思われる。こうした情報をまとめると同じスプレデンス・グループの他種との相違もはっきりすると同時に、新たな知見も現れてくるかもしれない。


写真・文 : 山崎 浩二

第28回 「タイのテナガエビ」

タイのテナガエビというと一般の方はブルー・ロブスターとも呼ばれる食用の大型種オニテナガエビ(Macrobrachium rosenbergii)を思い浮かべる事だろう。本種はタイのレストランならほとんどの場所で食べる事が出来る程ポピュラーな存在だ。タイ旅行をした際に食べたという読者の方も多いのではないだろうか?
しかし、今回はオニテナガエビではなく、タイの川で魚を採集している際によく見かける小型種のテナガエビを中心に紹介することにしよう。

テナガエビのオス個体

タイ北部ナーンで採集されたテナガエビのオス個体。ハサミ脚の大きさは左右で不総称であるが、両方ともに細かい毛が密生している。雌のハサミ脚は大きく発達しないので、雌雄鵜の見分け方は容易である。全長6~7cmと小型なので、小さな水槽でも飼育が可能である。大卵型の種類なので、水槽内でも繁殖可能である。

タイの河川で普通に見る事が出来るテナガエビは小型種が多い。なぜなのかは不明だが、小型で大卵型の種類の方が一般的なのである。
日本のテナガエビのほとんどは小卵型で、孵化した幼生は海まで下り変態した後にまた川を遡り淡水での生活を始める。一方タイのテナガエビは比較的大型の卵を産み、発達した段階で孵化しそのまま淡水での生活を始めるのだ。

ブルー・ロブスターとも呼ばれるオニテナガエビ

ブルー・ロブスターとも呼ばれるオニテナガエビ。特にオスは大型になり、ハサミ脚も大きく発達する。テナガエビ類の中では最大種である。タイでは主に下流の汽水域に生息している。現在では食用として盛んに養殖され、タイのレストランならどこでも食べる事ができる。タイ料理として有名なトム・ヤム・クンはこのエビを使って作るのが正式らしい。

文頭で紹介したオニテナガエビはタイのテナガエビとしては珍しく小卵型の種類である。タイでも小卵型の種類は河川の下流から汽水域に生息しているようだ。

日本で唯一の大卵型のテナガエビであるショキタテナガエビは西表島の浦内川の最上流域に生息している。
その他、日本でも沖縄の河川の上流域には大卵型のヌマエビ類も生息しており、生息場所に適応した生態を身に付けている。日本の種類と異なりタイの大卵型のテナガエビは、河川の上流域はもちろん結構下流域にも生息している。日本産とは異なる生態を身に付けているようだ。
自分達がタイで魚の採集をする場合、チャオプラヤ川やメコン川といった大河川で採集することは滅多にない。そのような場所は漁師が使う様な大きな網でないと採集も難しく、目的とする小型魚の採集には向かないのである。そのため比較的小型の川や沢のような場所で採集する事が多い。

サンクラブリ産のテナガエビのオス

タイ西部ミャンマー国境近くのサンクラブリ産のテナガエビのオス。やはり片側のハサミ脚が大きく発達する。本種全長6~7cmと小型なので、小型水槽で飼育・繁殖が楽しめる。

このような場所では、必ず魚と一緒にテナガエビ類が網に入って来る。元々が淡水エビ・マニアなので、魚だけでなくこうしたエビ類も網に入って来たらちゃんとチェックしている。ただし、エビやカニは大事な魚の獲物の方に悪さする事も多いので、その採集が目的ではない場合はチェックだけしてリリースする事が多い。
タイの渓流には小型でオスのハサミ脚に細かい毛が密生している種類が数多く生息している。
多くの場合、ハサミ脚は左右で大きさや形態が異なっている。その多くはハサミ脚が大きく発達するので、ボクサーのグローブにみたてボクサー・シュリンプなどと呼ばれる。似た様な種類が多いのだが、ハサミ脚の形態や額角の形態に違いが見られるので、そこに注目して見分けるとよいだろう。

サンクラブリ産のテナガエビの一種

サンクラブリ産のテナガエビの一種。同じ河川に複数の種類が生息している事もある。本種のハサミ脚は3の写真の種類程大きく発達しない。やはり大卵型の種類である。

こうしたテナガエビは大卵型なので、小河川では大きな移動もなく、親と同じ場所で小エビも生息している。ところが、メコン川のような大きな河川では、ふ化した小エビが下流に流されてしまうのか、ある時期に小型のエビが群れをなして上流へと遡上する様子が見られるという。
タイではその時期にテレビでその様子が放映されることもある。こうした情報を聞き、長年その様子をカメラに納めたいと持っているのだが、未だにその機会には恵まれない。
こうした遡上中の小エビは大河川の岸寄りの流れの緩い場所を選んで登っていく。その途中を川漁師が待ち構えていて、食用のために小エビ達は捕獲される。どこでもエビはご馳走なのである。こうして採られた小エビ達は色々な方法で食用にされる。
時に美味なのは、丸いおせんべい状にかき揚げにされたものである。メコン川の岸辺のレストランなどで食すことができる。サクサクと美味しく、いつもタイの調味料ではなく、醤油や麺つゆで食したいと思ってしまう。このように大量に食用として捕獲されても資源量には何の問題もないようである。自然の力の懐の深さに改めて感動する。

タイ東部チャンタブリ産のテナガエビの一種

タイ東部チャンタブリ産のテナガエビの一種。オスのハサミ脚は左右不相称でかなり大きく発達する。ハサミ脚の細かい毛には水中の泥などが付着し、さらに大きく見える。比較的低地に生息しているが、大卵型の種類である。

タイ東北部のパクチョン産のテナガエビの一種

タイ東北部のパクチョン産のテナガエビの一種。体色はやや青みが強いが、体色は変化に富む。こうした種類は流れのやや速い川の石の下や物陰に生息している。本種も大卵型の種類である。

ペット用としては、テナガエビ類はヌマエビと異なり魚にイタズラする事も多いので、人気はあまり高くないようだ。しかし、水槽内でも繁殖でき、小形の水槽でも飼えるこうした小型テナガエビはお勧めである。 ショップで見かける機会があったら、ぜひペアで飼育して頂きたい。魚とは違った魅力を見せてもらえることだろう


写真・文 : 山崎 浩二

第27回 「コイベタ・ハーフムーン」
コイベタ・ハーフムーン

コイベタ・ハーフムーンのスタンダードとも言える個体。ヒレが長くなった事から錦鯉というよりも金魚のようなイメージとなっている。もちろん体やヒレの色彩は個体毎に異なり2匹と同じ個体はいない。自分だけの1匹をセレクトできるのもコイベタの魅力であろう。

ベタの本場タイのベタ市場でコイ(KOI)という名前が使われるようになったのは5~6年程前だろうか?
初期のコイベタ(Koi-Color Short Tail Betta)は色彩的にマーブルと呼ばれる魚の中で錦鯉の色彩を彷彿させる個体に付けられていた。
この時点では、コイベタは系統的にはまだ固定されておらず、マーブルを繁殖させている中からたまたま現れるぐらいの存在であったようだ。
タイでも日本の錦鯉は人気が高く、知名度は高い。そうしたことからコイベタもタイでは人気が高まり注目を浴びるようになって来た。 人気の高まりとともに需要も高まり、その色彩の固定率を上げようとブリーダー達も努力したようである。

赤い色彩が目立つコイベタ・ハーフムーン

赤い色彩が目立つコイベタ・ハーフムーン。ヒレの伸長具合も申し分ない個体である。この個体などは色彩などから金魚の朱文金を彷彿とさせる。

数年前からバンコクのベタ・コンテストでもウルトラマン(古い!!)のような肌色の下地に赤い模様が不規則に入る個体の出品が増えて来た。この辺りの魚が現在のコイベタの元になったと考えられる。 その後コイベタはさらに進化を遂げ、肌色をベースとした白地に赤や黒の模様が入る色彩として固定され、まとまった数が市場へとリリースされるようになった。
最近のコイベタを見ると、鰓蓋の色彩が透けて見える個体も多く、熱帯魚で言うブラッシング(透明鱗)の系統が多いようである。

黄色と黒の色彩が美しいコイベタ・ハーフムーン

黄色と黒の色彩が美しいコイベタ・ハーフムーン。オリジナルのコイベタでもこの色彩は非常にレアである。地味ではあるが非常に魅力的な個体である。ややヒレは短めだが、全体のフォルムは美しい。

より錦鯉に近い色彩のコイベタへと変貌を遂げたのであるが、元のマーブル系等の血筋から同じ色模様の個体は2匹といない。
繁殖させた多くの魚の中から選別をして、コイベタと呼べる色彩の魚を選ばなければならず、手間やロスも多い。そのため、プラカットの中でも比較的高価な存在で取り引きされる事となったは仕方の無い事であろう。
日本の観賞魚市場では、2014年の秋頃から急にコイベタの人気が高まって来た。その要因となったのはアクアライフ誌においてコイベタの小特集が組まれたのがきっかけのようである。 最近低迷している日本の観賞魚業界が雑誌の影響により活気が出る事は非常に嬉しい事である。
このような状況は久しぶりと思われるが、更に業界に好影響を与える記事を雑誌には提供して欲しいものである。
2015年になりプラカット(Short Tail Betta)だけであったコイベタの世界に新たにハーフムーンが登場した。 人気の高いコイベタをハーフムーンに改良しようと言うのは、ブリーダーなら誰もが考える事。 しかし、遺伝情報経への十分な理解や交配の技術がなければ誰もができると言う物ではなく、タイでも極少数のブリーダーしか成功しなかったようである。

色彩、プロポーション的にもほぼパーフェクトなコイベタ・ハーフムーン

色彩、プロポーション的にもほぼパーフェクトなコイベタ・ハーフムーン。誰もが美しいと感じる個体であろう。この美しいフォルムを維持するには日々のフレアリングや世話が必須である。

2015年2月現在、自分が得た情報では2件のブリーダーの元でしかコイベタ・ハーフムーンを生産していないそうである。
タイのベタ・ショップが数多くお店を並べるサンデーマーケットでも、自分の知る限りでは2つのショップでしかまだコイベタ・ハーフムーンを販売していない。

タイのベタ情報通に聞くと、コイベタ・ハーフムーンはそこそこ数はできているそうだが、ハーフムーンと呼べる尾開きが180度以上になる個体はまだ少なく、繁殖した多くの魚がデルタテールかスーパーデルタだそうである。
その中から本当にグレードの高い魚を選ぶのはかなり大変な作業のようだ。
しかも、タイは12月~1月は気温が低く生育速度が鈍かったため、十分な数を市場に出せるようになるまでにはあと2ヶ月程要するそうである。

オレンジ色の色彩が美しいコイベタ・ハーフムーン

オレンジ色の色彩が美しいコイベタ・ハーフムーン。オリジナルのコイベタにもオレンジ色の個体がいるが、数が少ないのかレアな存在である。更にハーフムーンとなれば超レアと言えるだろう。

日本の市場的には暖かくなる4月以降の方がベタの動きもよくなるので、グッドタイミングと言えるだろう。
そのような状況の中、まだ流通している魚が数少ない中からコイベタ・ハーフムーンのハイグレードの魚を撮影のために知り合いが用意してくれた。
美しい色彩とフォルムをご覧頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第26回 「マングローブの巨大トビハゼ」
ジャイアント・マッドスキッパーの大型個体

ジャイアント・マッドスキッパーの大型個体。対象物がないとこの巨大さ加減を伝えにくいのであるが、可愛いというよりは凄みを感じさせられるサイズである。

20年程昔だろうか、東南アジアのフィールドに魅力を感じて通い始めた頃である。バンコクで熱帯魚のシッパーを営んでいるK氏からはいつもネタを提供して頂いていた。ある時話しをしていたら、そのK氏が真面目な顔をしてタイには30cmになる巨大なトビハゼが生息していて、バンコクの近くでその姿が見られるという興味深い話しをしてくれた。トビハゼというと日本でも沖縄のマングローブ域でも普通にミナミトビハゼの姿が見られる。しかし、そのサイズは7~8cmといったところである。まさか本当にそんな巨大なトビハゼが実際にいるとは信じられずに、最初はその話しを冗談かと思っていた。
なかなか信用してくれない自分を納得させるため、K氏は今度自分がタイを訪れた際にはその生息場所を案内すると約束してくれた。ほどなくしてタイを訪れる機会ができ、K氏に案内されてその巨大トビハゼを見に行く事になった。

マングローブの林の間に作ってテリトリー

マングローブの林の間にこのような溜まりを作ってテリトリーとしている。この水の下に巣穴があり、干潮時には水面近くで活動し、満潮時には巣穴の中にいるようである。

生息場所はバンコクの郊外、バンプーという場所である。ここはバンコクでは観光の名所として有名はクロコダイル・ファームのすぐ近くである。バンコクからは車で1時間程という近場である。まだ半信半疑である自分は、こんな都市の近くにそんな珍しい生物の生息場所?と考えていた。案内された場所はあるお寺の近く。このお寺から海側には、ここで修行しているお坊さん達が住んでいる区画がある。マングローブの林の中にコンクリートで縦横に道が造られ、そこにポツリポツリとお坊さん達の家が建てられている。人が生活していれば、当然ゴミも出て生活感が漂っている。その場所はお世辞にも綺麗な自然が残っているとは言い難く、増々こんな場所に巨大トビハゼがいるのか?という気分になったものである。

訪れた時はちょうど干潮の時間帯であった。マングローブの木々の下には泥底が現れ、そこには色とりどりの無数のシオマネキが活動していた。この場所には巨大トビハゼだけではなく、普通サイズのトビハゼも生息している。また足下近くでもムツゴロウの姿も数多く見られる。そんな生き物にカメラを向けようとしたその時である、突然バシャバシャという激しい水の音。音のした方向を見ると、何やら生き物が跳ねている。それが初めての巨大トビハゼとの出会いであった。

野良犬が吠えてうるさい

このジャイアント・マッドスキッパーの生息場所のマングローブ域にはこのようにコンクリートで縦横に通路が造られている。最近では野良犬が増えていて、たまに通る際に怖い事も多い。この野良犬が吠えてうるさいためにミズオオトカゲの生息数が減少したようだ。

愛嬌のある表情

ジャイアント・マッドスキッパーは他のトビハゼ同様に愛嬌のある表情をしている。のんびりしているようで、人影などを察知すると巣穴へ素早く潜るかジャンプして逃げてしまう。

グレーの身体に黒い縦帯が走る姿は紛れもなくトビハゼである。しかし、そのサイズが尋常ではない。小型の個体でも10cmオーバー、大型の個体では事前情報の通り全長30cmはある。意外と個体数も多く、人家近くの水路にはかなりの密度で生息している。ただし、テリトリー意識が強く、他の個体が近付くとすぐに追いかけっこが始まる。日本のトビハゼのように可愛くピョコピョコとしたものでなく、バシャバシャと激しいものだ。泥に巣穴を掘って生息しており、巣の近辺にいる個体が多い。ちょっとアップで撮影しようと近付くと、すぐに巣穴へ潜ってしまう。警戒心は結構強いようだ. この巨大トビハゼは英名でジャイアント・マッドスキッパーと呼ばれ、学名は、Periophthamodon schlosseri と言う。タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアのマングローブ域に広く生息しているようだ。自然下では主にカニなどの甲殻類を補食しているが、同じ場所に生息している小型のトビハゼを食べる事もあるらしい。草食のムツゴロウと違い、結構獰猛な肉食性の魚である。

ジャイアント・マッドスキッパーの小型個体

ジャイアント・マッドスキッパーの小型個体。体も細身で大型個体程の貫禄はない。何年かかってMAXサイズにまで成長するのであろう?

実際に自分の眼で巨大トビハゼを目にしたのも驚きなのだが、この場所ではもうひとつの驚きがあった。この巨大トビハゼの姿をカメラに納めようと狭い通路に寝そべりながら撮影をしていると、後の方で何か生き物の気配。見ると1m以上あろうかというミズオオトカゲが水の中から顔を出したのである。それも1匹ではない。気が付くと自分の近くだけで4匹はいる。人間を怖がる様子もなく、自らコンクリートの橋に上がりノソノソ歩いて対岸へと渡って行く。彼らに気が付いてからはおちおち撮影に集中できず、背後が気になって仕方なかった。

ここに住んでいるお坊さん達に話しを聞くと、この場所では殺生は禁止されている事から生き物があまり人間を怖がらずに生活しているのだそうだ。ミズオオトカゲはこのマングローブの林の上に巣を作る水鳥のヒナが落ちて来るのを餌としているらしい。しかし、それだけでは足りないようで、あるとき子犬を数匹で奪い合って捕食している姿を見かけた事もある。

同じ生息場所にはミズオオトカゲの姿も多かった

同じ生息場所にはミズオオトカゲの姿も多かった。昔はここに来れば必ず姿を見れたものだが、最近は運が良くないとその姿が見られなくなった。たぶん野良犬が増えた事が一番の原因だろう。

巨大トビハゼと巨大オオトカゲを同時に見る事ができるこの場所にいると、次は恐竜でも出現して来そうな気分になってしまう。こんな場所がバンコクの近くに残っているというのは非常に興味深い。ただし、最近の環境破壊はこの場所にも及んでいる。自分が感じた驚きを他の人々にも経験してもらいたく、知人などをこの場所には案内する機会も多いのだが、最近は巨大トビハゼのサイズも小型化し、生息数も減っているようだ。10年程前は訪れれば必ず見る事ができたミズオオトカゲも最近では見られない事も多い。ミズオオトカゲの減少は天敵である野良犬が増えたためのようであるが、マングローブに生息している野鳥が減ったのも要因であろう。今年も一度訪れたのだが、マングローブの中に人が大きく水路を掘ってしまっていた。そのため潮の流れが変わり、巨大トビハゼも巣穴を作りにくくなったようで、明らかに生息数が減っていた。人と生き物が絶妙なバランスで共存していた昔が懐かしく思われる。

あまり水中にいるのは好まないようである

他のトビハゼ同様、あまり水中にいるのは好まないようである。水面をジャンプして、適当な場所があるとこのように顔を出してのんびりしている。


写真・文 : 山崎 浩二

第25回 「アルビノ・ベタ」
オス同士で闘争するクラウンテール・ベタ

オス同士で闘争するクラウンテール・ベタ。左の眼が赤い個体がアルビノで、右はノーマル個体である。アルビノ個体は視力が悪い場合が多いが、この個体は左右共によく見えているようで盛んにフレアリングしていた。

養殖されている観賞魚の多くには突然変異で色素が抜けたアルビノと呼ばれる品種が数多く知られている。しかし、ベタだけはアルビノの品種が一般的でないというか、見つけるのさえ非常に困難である。それには訳がある。
ベタにおける完全なアルビノ(リアル・レッドアイ)は眼が見えないのだ。と言う事は餌を摂取する事もままならない。餌をたっぷり与えた環境では眼が見えなくても口元に来た餌を食べて育つ事も可能である。昔から数多く養殖されて来たトラデイショナル・ベタでは、極稀にこのように育ったアルビノの個体を見る事もあった。こうした個体を入手し、固定しようと繁殖を試みたいところだが、ここでも難関が立ちはだかる。眼も見えず虚弱体質のアルビノ個体は繁殖に使えないのだ。オスでも泡巣を作る事もなければ、眼が見えないので闘争する事も無い。もちろん求愛も不可能である。

プラカットのアルビノ個体

プラカットのアルビノ個体。アルビノでもブドウ眼の個体の場合、撮影時のストロボの光の当たり具合により眼の赤さはやや異なって写る場合が多い。

このような理由でベタのアルビノ品種は長い間固定されなかったのである。同じアナバスの仲間でもパラダイス・フィッシュなどでは視力のあるアルビノ品種がいるのに、なぜベタでは視力がないのかは不明である。
タイでは観賞魚としてのベタが非常にポピュラーである。しかし、日本とは少し状況が異なり、ヒレの短いプラカットと呼ばれる品種の人気が圧倒的である。改良のスピードもこのプラカットでは非常に早く、毎年のように新品種がリリースされている。今年はコイカラーの品種が大ヒットしている。

アルビノ・クラウンテールベタの闘争

アルビノ・クラウンテールベタの闘争。手前がアルビノで奥がノーマル個体である。この個体はたまたまシルキーホワイトの体色だが、メラニン色素まで消失した完全なアルビノではないので、鰓蓋などに黒い色素が残っている。

同じプラカットの反対側

同じプラカットの反対側。左右で眼の赤さに違いが見られるが、両眼共に視力は問題なく、どちら側に相手の魚が来ても闘争行動を行う。色素が消失した完全なアルビノではないので、ノーマル個体同様の色彩を持っている。

これだけポピュラーで盛んに繁殖されているのに、やはりプラカットでもアルビノは非常に稀にしか見る事ができなかった。たまに視力がなく雄同士でも闘争もしないような個体が販売されている事もあったが、珍しいのかすぐに買い手が付いてしまう状況であった。 しかし、最近この状況が少し変化してきた。メラニン色素が完全に消失したアルビノ(リアル・レッドアイ)ではなく、ブドウ眼のアルビノが少しだけ出回るようになって来たのである。
このブドウ眼のアルビノ個体は、視力もあり餌を食べる事も出来れば雄同士で闘争もする。泡巣を作る事も可能なので繁殖も可能である。しかし、やはり体質的に弱いのかまだ数多くの繁殖は出来ないようである。その結果、市場価格もプラカットの最高級クラスと同等の値段が付けられている。高く販売できるとなるとタイのブリーダー達は黙ってはいない。現在、たぶん数多くのブリーダー達が種親を入手し、アルビノ・ベタを養殖しようと躍起になっているに違いない。そのような事もアルビノ・ベタの価格の高騰の要因になっているのであろう。
自分もアルビノ・ベタの撮影がしたくて、タイの知り合いのブリーダーに見つけたら教えてくれるように声をかけていた。
ある日、その知り合いのお店に行くと何やら魚をこっそりと見せてくれた。ブドウ眼ではあるが、見事なプラカットのアルビノのオスであった。値段を聞くと即決で買うとは言い難いハイプライスだ。購入するか迷っていると、撮影に使うなら貸してあげるから持って行っていいと有り難い言葉をいただいた。しかし、この好意に甘えていては日本人として情けない。バンコクのアパートに持って帰り撮影し、その写真を日本にいるベタ好きの友人にメールで送った。すぐにその魚を欲しいという返事が返って来た。これで知り合いにはベタが売れたお金が入り、自分は綺麗なアルビノ・ベタの撮影ができ、友人はレアな美しいベタが入手でき、みんな満足である。ちなみにこのアルビノ・ベタの写真は来年のタイのカレンダーにも使用される事になった。

アルビノ・クラウンテールベタのメス個体

アルビノ・クラウンテールベタのメス個体。アルビノのオスとかけ合わせればたぶん子供は100%同じアルビノが出て来る事だろう。

この知り合いのブリーダーはハイクラスのクラウンテールを生産する事で非常に有名で、多くの魚が日本にも送られている。後日、この知り合いからまたアルビノ・ベタの情報を頂いた。今度はプラカットではなく彼お得意のクラウンテールで、しかもペアだと言う。とりあえず魚を見せてもらうと、やはりリアル・レッドアイではなくブドウ眼であった。雌雄共に左右共に視力があり、オスは他のオスに盛んにフレアリングも行う。こちらは知り合いが撮った写真があったので、また別なベタ好きの知り合いにメールで送ってみた。やはり速攻で購入という返事が来た。今度のはアルビノのペアだけあって、前のプラカットよりもさらにハイプライスにも関わらずである。日本にもまだこのように趣味にお金を注ぎ込む正統派のマニアが存在するのは嬉しいことである。このクラウンテールのアルビノのペアは自分が帰国するまで、その知り合いのところでキープして頂き、大切に日本に持ち帰った。すぐに自宅で撮影し、友人のお宅に歓迎して迎えられた。いつもながら思うのだが、自分の仕事はこのように色々な協力者があって成り立っている。有り難い事であり、この場を借りてお礼を申し上げたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第24回 「過去記事追加情報1」
腹部に大型の卵を抱えて保護するハーフオレンジ・バンパイアクラブの雌

腹部に大型の卵を抱えて保護するハーフオレンジ・バンパイアクラブの雌。見難いが、この個体の卵はまだ産卵したばかりなのか、発生はあまり進んでいないようだ。

以前にこのコラムで紹介したが、その際にはまだ未知だった情報なども多い。今回は新たに得られた情報を改めて写真と共に紹介したい。

まずは第7回「空中で生活するカニ」に関してである。 ゲオセサルマ・クラティング Geosesarma krathing だが、最近ではハーフオレンジ・バンパイアクラブという商業名が非常にポピュラーになっているので、この名称を使わせていただきたい。
最初に記事を紹介した時点では、タイ東部のチャンタブリのみに生息すると思われていたが、その後さらに東部のタラットまで広く分布している事が判明した。餌や環境により変化するのだろうが、チャンタブリの個体群よりもタラットの個体群の方がやや赤味が強いようである。

ラットのハーフオレンジ・バンパイアクラブの生息場所

タラットのハーフオレンジ・バンパイアクラブの生息場所には湿地を好むサラカヤシが多い。このように房になった実の間に身を隠している個体もいる。

生息場所はタラットでもチャンタブリ同様に山間のやや湿地のような場所で、タイではポピュラーな果物であるサラカヤシが茂った場所に多い。このサラカヤシの実にはやや癖のある匂いがあるが、甘酸っぱい果肉をしておりタイ人には果物として非常に好まれる。蒸れた靴下の匂いがすると日本から来た自分の友人達はあまり好まないが、自分は大好物である。撮影の際に熟した実を見つけると喉の渇きを癒すためにつまませて頂く事も多い。
湿地を好んで生える事から、ジャングルの中の細流付近に野生化している事が多いので、果物泥棒ではない。ただしこのサラカヤシは美味しいだけではなくかなりの曲者なのだ。なんせ刺だらけなので、このハーフオレンジ・バンパイアクラブの生息場所は慣れていない者にとっては非常に危険がいっぱいである。

刺の間に身を置いていれば、外敵からは襲われ難い

この刺の間に身を置いていれば、外敵からは襲われ難い。

非常に良い生息場所

トゲトゲのサラカヤシはハーフオレンジ・バンパイアクラブにとって非常に良い生息場所である。

古くなって倒れた枝も刺だらけなので、間違って踏もうものなら靴のゴムぐらいは軽く貫通する。自分も数回足の裏にぶっとい刺が刺さり、一緒に出かけたタイの友人に抜いてもらった事がある。その際に日本人の足の裏はなんて柔らかいんだと笑われてしまった。子供の頃から裸足で遊び回っているタイ人と比べる事自体がナンセンスだ。危険は足下だけではなく、頭上も脇も注意しながら歩かないと刺の洗礼を受ける。しかし、ハーフオレンジ・バンパイアクラブにとってはこの環境は非常に利点が大きい。外敵から身を守るには好都合で、良い隠れ場所になっている。

大きな卵をお腹に抱えたハーフオレンジ・バンパイアクラブの雌

大きな卵をお腹に抱えたハーフオレンジ・バンパイアクラブの雌。繁殖期はタイでは乾期にあたり、生息場所も乾きがちになる。この時期に繁殖するのは何か利点でもあるのだろうか?

子ガニの黒い眼が確認できる

ふ化間近になると卵の中にははっきりと子ガニの黒い眼が確認できるようになる。

さて、以前の記事で、このハーフオレンジ・バンパイアクラブの繁殖期は1月から4月と書いた。これは本種の論文にも記載されている情報だが、自分の目でも確かめたかったので、二年に渡りこの時期に数回本種を観察に訪れた。その際に非常に興味深い点に気付いた。繁殖期が近付くと、本種の性比が偏ってくるのだ。11月頃からその現象が見られ、葉っぱの上などにいる大型個体はほとんど雌だけになってしまう。これは産卵が始まる1月から、繁殖が終わる4月頃まで同様だ。この時期雄はどこに行ってしまうのであろうか?何回かの観察では、この時期雄は地面近くにいる事が多いように感じた。それが何のためなのかは不明である。カマキリのように産卵の前に雌が雄を食べてしまうという説もあるが、繁殖期が終わると、また性比はほぼ半々に戻るため、この説では説明がつかない。

腹部に卵を抱いた雌は、いわゆるカニのフンドシの部分が大きく開いた状態

腹部に卵を抱いた雌は、いわゆるカニのフンドシの部分が大きく開いた状態になるので、上から見ても卵持ちと確認できる。

タラットの生息場所では、2月になると腹部に大型の卵を抱えた雌が目立つようになる。本種は陸封型で大きな卵を産み、卵から孵った子供はすでにカニの形をしている。このような大卵型の陸封型の種類は、ベンケイガニ科の中でも特異な存在である。卵のふ化までは1ヶ月程かかるようだ。3月頃になると腹部に小さな子ガニを抱えた雌が多くなる。ゲオセサルマ属の中には、ふ化した子ガニが雌親の背中に乗って保護される種類も知られているが、このハーフオレンジ・バンパイアクラブはそのような生態はないようだ。

しばらくは腹部で保護されて過ごす

しばらくは腹部で保護されて過ごすが、やがて子ガニ達は独立していく。

ふ化した子ガニを抱える雌親

ふ化した子ガニを抱える雌親。

親から独立した稚ガニは最初水分の多い地面の落ち葉の下などで隠れるように生活している。やがて大きくなるにつれ、水から離れて木の上や草の上などで活動するようになる。フィールドで観察していると、大型の個体、中型の個体、小型の個体とほぼ3種類の大きさのカニがいることから、本種は3年かかって大型個体にまで成長するのではないかと推測できる。今のところ一番の興味は繁殖期になぜ性比が偏るのかという謎に関してである。いくつかの推測もあるが、これを立証するにはまだ観察が足りない。これを解明するにはあと数年観察しなければいけないかもしれない。その間、何回サラカヤシの刺の洗礼を受けるのであろうか?

ハーフオレンジ・バンパイアクラブの稚ガニ

ハーフオレンジ・バンパイアクラブの稚ガニ。頭でっかちで眼が大きく、デフォルメされたような姿である。ハサミはすでに赤味を帯びている。


写真・文 : 山崎 浩二

第23回 「チャンタブリのヤマガニ」
夜間に山の中を餌を探して歩き回るチャンタブリのヤマガニ

夜間に山の中を餌を探して歩き回るチャンタブリのヤマガニ。雨の降った後などは更に行動が活発になるのか、巣穴から出て歩いている個体を数多く見かける。
雨の日は道路を歩いていて交通事故に遭う個体も多いようで、潰れて死んだ個体もたまに目にする。

ここのところ東南アジアの甲殻類、特に淡水のカニに対しての興味が膨らんで来ている。元々甲殻類好きで淡水のエビ専門であったのだが、カニの方も知れば知る程興味深い。東南アジアでフィールドワークをしていると、魚やエビと一緒に必ずと言っていい程カニも網に入って来る。以前は大切な魚などの獲物をカニに傷付けられるのが嫌で、網に入って来るとすぐに川にリリースしていた。ところが様々な場所でカニを採集し見ていると、似た様な種類でも微妙に体色や模様、ハサミの形態などが異なっている。一度興味を持つと更に違いも見えて来て、その奥の深さに気付かされてしまったのである。というような訳でこのコラムでもカニを取り上げる機会が多いのはご理解願いたい。

自分のフィールドワークのベースであるタイには多くの淡水性のカニが生息している。サワガニの仲間が圧倒的に種類が多いが、その中でも陸上生活に特化した種類はヤマガニと呼ばれている。水中ではなく水辺から遠く離れた山の中にも生息している事からそのように呼ばれるようだ。
ただし、一口にヤマガニと言っても、かなり陸上生活に適応している種類とまだ水に対する依存度が高い種類とがいる。たまに山の中を車で走っていると近くに川や水脈もない場所でカニを見かける事がある。このような種類はかなり陸上への適応性が高いのであろう。

今回はタイ東部チャンタブリに生息しているヤマガニを紹介しよう。この種類は比較的水に対する依存度がまだ高く、親ガニでも川からそう離れていない場所に生息している。チャンタブリでは以前から魚やカニ、エビの観察をしていて、その度にこのヤマガニの姿もカメラに収めて来た。今年になって幸いにも交尾のシーンや稚ガニの保護シーンが撮影でき、一連の生活史の紹介ができるようになったのでここで紹介しようと思った次第である。

巣穴の中から外界の様子を伺うヤマガニ

巣穴の中から外界の様子を伺うヤマガニ。巣穴から出歩いている個体はそうでもないが、穴の中にいる個体は非常に用心深く、少しの物音でも穴の奥に潜ってしまう。

チャンタブリのヤマガニは薄いイエローからブラウンの体色をしている。チャンタブリからそう遠くないタラットのヤマガニは濃いパープルの体色をしているが、体型は非常に良く似ている。甲殻類の場合、色彩の違いだけで別種とするのは大きな間違いである。日本産のサワガニがその良い例と言えるだろう。生息場所により鮮やかなオレンジ色からブラウン、はたまた白や青い個体までいる。カニの分類はエビ以上に難しいようで、あまり資料もない。まあ、自分の怠惰のせいもあるが、今回紹介するチャンタブリのヤマガニもまだ種の同定はしていない。そのうち学名なり詳細が分かったらまた報告するという事でご容赦願いたい。

ここチャンタブリではヤマガニ達は川から遠くない山の斜面などに穴を掘って生息している。ヤマガニとは言え、やはり水分があった方が快適なのか、雨の降った夜間などは川沿いの道路でも良く歩いている姿を見かける、繁殖期の雌は水分が必要なようで、より川の近くに穴を掘って生息しているようだ。これは稚ガニ時代は陸上での生活よりも水中での生活を好むためと思われる。大型の成体であれば、丈夫な甲羅で多少の乾きにも耐えられるが、小型の稚ガニではあっという間に体から水分が奪われて死んでしまう。卵を抱いている雌はよく穴の中にいるのを見かけるが、今回偶然水中にある石を起こしたら大きな雌がいて、お腹には稚ガニがいっぱい抱かれていた。卵がふ化する間は穴の中で保護を行い、稚ガニを川に放す段階になると雌は川に移動するのかもしれない。

交尾を行う雌雄のヤマガニ

交尾を行う雌雄のヤマガニ。雄はハサミで雌を押さえるようにして腹部と腹部を合わせて交尾を行う。カニの交尾のスタイルはどの種類でも似ており、雌が下になる場合が多い。交尾はかなり長時間に及ぶ。

巣穴の中で産卵したばかりの卵を保護中の雌

巣穴の中で産卵したばかりの卵を保護中の雌。卵はかなり大きく、その代わり数は海産のカニに比べ多くはない。卵を保護中の雌は普段よりも用心深く、外界の動きなどに非常に敏感である。

交尾は雌が生息する穴の近くで夜間に行われるようだ。腹部と腹部を合わせるように正常位で行われる。多くのカニは雌よりも雄の方が大型で、交尾の際に雄がハサミで雌を動けないようにホールドする。交尾時間は比較的長く数十分はかかるようだ。今回見つけた交尾中の2匹は懐中電灯の明かりにも逃げる事はなく交尾を続け、非常に楽に撮影させてくれた。

交尾が済んだら雌雄は別々に穴で暮らし、雌は巣穴の中で産卵を行う。卵は雌の腹部に抱かれ、手厚く保護される。産卵されたばかりの卵は鮮やかなオレンジ色をしている。卵のサイズは3mmほどと大型である。サワガニやヤマガニの仲間は陸封型で卵の中で幼生期を過ごし、稚ガニとなって産まれて来る大卵型の繁殖形態を有する。産卵する卵の数は海産のカニに比べると少ないが、生まれた子供の生存率は高い。卵は発生が進むとやがて黒っぽく色彩が変化する。ふ化までは1ヶ月以上かかるようだ。稚ガニはふ化後しばらく雌の腹部に抱かれて育つが、やがて離れて独立して生活するようになる。このヤマガニの生息場所近くの川には、たぶんヤマガニの子供であろうと思われる小型のカニが多く生息している。ただし、甲羅の幅が5cmを超える様な大型個体はいないので、それぐらいのサイズで陸上生活に移行するのであろう。

水中の石の下にいた稚ガニを保護中の雌

水中の石の下にいた稚ガニを保護中の雌。この個体は大型なこともあり、百匹近くの稚ガニを腹部に抱えていた。

稚ガニ

稚ガニはすでに独立して生活可能な大きさにまで成長している。可哀相なので、そっと元の石の下に戻してあげた。

親ガニが生息する近くの細流で見つけた若い個体

親ガニが生息する近くの細流で見つけた若い個体。水中で生活しており、見た目はサワガニそのものである。しかし、大型の個体はいないので、間違いなくヤマガニの若い個体かと思われる。どのぐらいかかって陸上生活に移行するのであろうか?

東南アジアには数多くのヤマガニが生息している。今回紹介した様な地味な色彩の種類の他、鮮やかな色彩を身に纏った種類も少なくない。生息場所が限られる事から以前紹介したクィーン・クラブのように保護種となっている種類も多いようだ。今後も機会があれば興味深いヤマガニ達の生態を紹介していこう。


写真・文 : 山崎 浩二

第22回 「バディス・シアメンシス」
ラノン産のバディス・シアメンシス

ラノン産のバディス・シアメンシス。雄同士が闘争する際には特徴的な色彩を見せてくれる。平常時とは全く異なり、これがバディスがカメレオン・フィッシュと呼ばれる由縁である。

自分がフィールドのホームグラウンドにしているタイにはバディス属の魚が3種類生息している。タイ西部のカンチャナブリに生息するバディス・クワエ(Badis khwae)、タイ東北部ノンカイ付近に生息するバディス・ルバー(Badis ruber)、タイ南部マレー半島に生息するバディス・シアメンシス(Badis siamensis)である。

カンチャナブリ方面には採集に行く機会も多いので、バディス・クワエは珍種ながらもすでに自分の手で採集して撮影済みである。タイ東北部のノンカイ近くのブンカンという場所では過去に何回もバディス・ルバーも採集している。メコン川を挟んで対岸のラオスのビエンチャン郊外でもバディス・ルバーを採集し、撮影している。バディス・シアメンシスだけは20年程昔にタイ南部ラノン近くのクリプトが茂る細流で採集して以来自分の手では採集していなかった。その間にも商業的な輸入はあったようだが、ここ10年近くほとんど輸入されない幻のバディスとなっている。

タイ南部ラノンのバディス・シアメンシスの生息場所

同じくタイ南部ラノンのバディス・シアメンシスの生息場所。ここにはベタ・スプレンデンスとインベリスのハイブリッドらしき魚が生息していた。この場所は本来の生息場所ではないようで、極少数しか採集できなかった。

タイ南部ラノンのバディス・シアメンシスの生息場所

タイ南部ラノンのバディス・シアメンシスの生息場所。流れはなく完全な止水域であったが、乾期のため水位が減っていたのかもしれない。本来はやや流れのある細流を好んで生息している。

20年前に採集した個体は持ち帰って撮影はしているのだが、幼魚で種の特徴がまだはっきりしない個体であった。そのため、ずっと成魚で種の特徴がよく判るように色彩を現した写真が撮りたいと考えていたのである。

採集したばかりのバディス・シアメンシス

採集したばかりのバディス・シアメンシス。成魚ではなくまだ若い個体が多い。非常に丈夫で輸送中にも死ぬ事はなかった。ビニール袋の中でも活発にジャンプする行動が見られた。

タイ南部はブラックウォーターなどの環境もあり、魚類層的にはマレー系の魚も多く、非常に興味深い地域である。特にマレーシアの国境近くのスンガイゴロクは魚種も豊富で、20年程昔はよく撮影に行ったものである。ところが2004年以降、イスラム分離独立主義系過激派の活動が活発になり、テロや誘拐事件などが多発し、治安的に非常に不安定になっている。そのため、日本政府も渡航延期勧告を出しているほどである。このような状況になってしまっているので、タイ南部に撮影に出かける機会はすっかり減ってしまった。タイ南部でもプーケットやクラビ辺りまでは危険はないのだが、その先まで行けないとなるとどうしても足が遠のいてしまっていたのだ。

今年のゴールデンウィークに日本から友人がタイに遊びに来た。自分の友人なので、当然魚好きである。過去に何回もタイには来ており、タイ西部、タイ東部には案内してきた。希望を聞くと今回は行った事のないタイ南部に行きたいそうである。人を案内するにも責任はあるので、危険な場所には連れていけない。クラビ付近までは安全だし、日程的にそこまでしか無理である。と言う事でバディス・シアメンシスも狙えるし久々にクラビ方面まで採集、撮影に行く事になったのである。

バンコクを車で出発し、途中良さそうなポイントで撮影したりしながらタイ南部へとマレー半島を南下して行く。チュンポンを抜けた辺りからマレー半島を横断して西へ向かう。なんだかんだ7時間程のドライブでアンダマン海に面したラノンの町に到着。翌日は朝早くからホテルを出発し、クラビ方面へと向かいながら採集や撮影に良いポイントを探す。ここラノンでの最重要課題はもちろんバディス・シアメンシスの採集である。ぜひ生きた個体を持ち帰り成魚の撮影をしたいのである。

バディス・シアメンシスの生息場所の水質

ラノンのバディス・シアメンシスの生息場所の水質。pHは7.0、総硬度0、炭酸塩硬度40ppm、硝酸塩、亜硝酸塩共に0。水温は26℃。この水質だと日本での飼育も難しくない。

以前採集したようなクリプトが繁茂する小さな流れを探したが見つからない。今なら場所をGPSに登録しておけば簡単なのだが、20年前はそんな便利なものはなかった。フィールドも長年来ていないと風景も変わり、場所が分からなくなってしまう。バディスの他にはベタ・インベリスの地域別の個体採集も目的だったので、生息していそうな湿地を探す。このような場合、闇雲に探すよりも地元の人に写真などを見せて聞き込みをするのが有効である。とある民家に立ち寄りベタを探していると尋ねたら、うちの裏にいるよと案内してくれた。マンゴスチンの果樹園の中を通り過ぎると、いかにもベタが生息していそうな湿地が広がっていた。とりあえず雰囲気の良さそうな溜まりから網を入れると、すぐに魚が入って来た。ベタと思ったらどうも体が短い。よく見るとバディスであった。流れのある場所でなく、こんな溜まりにも生息しているのだ。
過去にバディスを採集したカンチャナブリもブンカンもビエンチャンも、みんな流れは早くないものの生息場所は緩く流れる細流であった。バディスの生息場所は流れのある細流という先入観は完全に覆された。

平常時の色彩のバディス・シアメンシス

平常時の色彩のバディス・シアメンシス。このような色彩だと種類を見分ける事が難しい。しかし、テリトリーを主張する際には体色が濃くなり特徴的な色彩を見せてくれる。

予想していなかった目的の獲物が早くも見つかりラッキーである。案内してくれた民家の方も一緒になって採集を手伝ってくれた。タイの人々は親切で、こういう場面では必ず手伝ってくれる。しかし、ラッキーと思ったのもつかの間、物凄いスコールが襲って来た。しばらくバナナの葉の下で雨宿りしていたのだが、止みそうにないので民家の軒先に逃げ帰った。今回、一緒に採集に行った友人が物凄い雨男なのである。彼と採集に行くと必ずと言っていい程雨に祟られる。干ばつ地域に行けば神様として崇められると冗談を言う程のパワーである。自分らが雨宿りしている間も相棒のトンは採集を続けていた。採集で濡れるのも雨に濡れるのも一緒という理論だろうが、風邪をひかないか心配である。さすがに採集が難しくなったのか、ほどなくして魚入りのビニール袋をぶら下げてトンが戻って来た。40匹は採れただろうか?撮影には十分な数である。雨が止むまでその民家の子供達に日本語を教えたりしながら過ごし、お別れに水作さんの今年のカレンダーを渡したら非常に喜んでくれた。自分の仕事は他人には理解されにくいので、こうした具体的な物があると非常に役に立つし、プレゼントすると喜んでもらえる。

雄同士でフィンスプレッディングしているバディス・シアメンシス

雄同士でフィンスプレッディングしているバディス・シアメンシス。ヒレを大きく広げ相手に水流をぶつけるようにして威嚇しあう。ベタの仲間のように激しく噛み合うような事はない。闘争も長くは続かず、比較的短時間で終わってしまう。

採集したバディス・シアメンシスはすぐに綺麗な水に入れ替え、VIP待遇でバンコクまで持ち帰った。ビニール袋に酸素詰めすると、バディスの意外な生態に気付かされた。とにかくジャンプするのである。夜になるとビニール袋にぶつかるパンパンという音がうるさいほどである。流れのある場所に生息する魚なので、遡上しようという行動なのであろう。水槽で飼育する場合にもこの生態から注意が必要である。ワイルド・ベタ同様に飛び出しには注意したい。
このバディスは非常に丈夫で、ほとんど死ぬ事なくバンコクまで持ち帰った。日本に持ち帰った魚も無事成魚まで育ってくれた。念願であった成魚の闘争シーンも無事に撮影できた。タイに生息する他の2種の写真も紹介するので、違いを見比べていただきたい。幼魚や色彩を現していない魚では同じに見えてしまうが、こうして見比べると種類の違いが良く判っていただけるだろう。

カンチャナブリのサンクラブリで採集したバディス・クワエ

カンチャナブリのサンクラブリで採集したバディス・クワエ。背びれに入る黒いスポット、尾柄部に入るスポットが他の2種類とは異なっている。

ラオスのビエンチャン郊外で採集したバディス・ルバー

ラオスのビエンチャン郊外で採集したバディス・ルバー。体側の黒斑が青みを帯びる点、背びれの黒斑の入り方により良く似たシアメンシスと判別できる。

タイ南部ラノン採集したバディス・シアメンシス

タイ南部ラノン採集したバディス・シアメンシス。ルバーとは背びれの黒斑がライン状に繋がる点、体側に入る黒斑、頬のブルーの色彩などにより判別できる。


写真・文 : 山崎 浩二

第21回 「バルブッカ」
バルブッカ・ディアボリカ

スンガイゴロク産のバルブッカ・ディアボリカ。20年程昔に採集し撮影した自分の初めてのバルブッカである。最近は同地域からのバルブッカはたまにまとまって入荷している。

バルブッカと言っても、たぶん相当な熱帯魚のマニアでないとピンと来ないであろう。分類的には、ローチの仲間とヒルストリームローチの中間に位置する魚のようである。動きや生態だけを見ていれば、ロケットフィッシュなどのホマロプテラの仲間に近い種類というのが判るだろう。成魚でも全長2~3cm程の小型魚である。

長年1属1種としてバルブッカ・ディアボリカ(Barbucca diabolica)だけが知られていた。1989年にタイソン・ロバーツにより記載されている。本種はマレー半島からボルネオまで広く分布している。昨年ベトナムに生息するバルブッカ・エロンガータ(Barbucca elongata)が記載され、本属は2種類となっている。バルブッカという学名は、ヒゲのある口という意味である。コイ科の魚の多くやドジョウの仲間は、ほとんどが口にヒゲを有するので、特徴を捉えた良い学名とは思えないが、発音し易く覚え易いので、一般名としては良い名前だろう。英名ではFire-Eyed Roachと呼ばれている。この名前は実際採集すると理解できる。網で掬った直後に見ると、眼がオレンジから深紅色に輝いているのである。しかし、不思議な事にこの色彩は水槽内では見られない。この色彩を見たいなら、夜間に暗くなった水槽内を懐中電灯などのライトで照らしてみよう。採集時ほどではないが、赤い眼が見られるだろう。

スンガイゴロク産のバルブッカ

スンガイゴロク産のバルブッカ。白い容器に入れて撮影したので、色彩が飛んでしまった。水槽内では白っぽく見える縞模様は実はかなり黄色味がかっている。今年になって商業的に入荷した魚である。

バルブッカには忘れられない想い出がある。20年程前に始めてタイ南部のスンガイゴロクのブラックウォーターの川へ採集に行った時の事である。やや流れのある細流で倒木をどけながら採集していた際に見慣れない魚が1匹網に入って来た。ローチの仲間であるのは間違いないが、動きはホマロプテラなどのタニノボリのようである。全長は2cm程と小型だったので、何かの幼魚かもしれないと思い、日本に持ち帰った。しかし、いくら飼育していても大きくならない。餌はアルテミアや人工飼料をしっかりと食べているにも関わらずである。ある日海外の文献を見ていたら1枚の標本写真が目に留まった。それがタイソン・ロバーツの書いたバルブッカ・ディアボリカの論文だったのである。大きな目、体に入る横縞など特徴がドンピシャであった。今回使用しているバルブッカ・ディアボリカの写真はその際の個体を撮影したものである。この時のバルブッカは我が家で2年程は生きていた記憶がある。ちょこまかした動きは非常に可愛らしく、他の魚にも悪さをせず、混泳にも適した種類なので、自分のお気に入りの魚であった。

タイ東部のタラット産のバルブッカ

タイ東部のタラット産のバルブッカ。スンガイゴロク産よりも黄色味が強く見えるが、スンガイゴロク産の写真は20年程前にポジフィルムで撮影したものなので、多少退色気味なのは考慮して頂きたい。

カンボジアのココンのバルブッカの生息場所

カンボジアのココンのバルブッカの生息場所。流れある場所の石の下や流木の下に張り付いている。水は典型的なブラックウォーターであるが、飼育の際にはあまり水質にはこだわらない。同じ場所にはクリプトコリネ・コルダータ?が美しい群生を作っていた。

バルブッカが商業的にまとまって入荷するようになったのは、それから数年後である。しかし、コンスタントな入荷はなく、数年に一度見かけるか見かけないかの魚である。もし幸運にもショップでこの魚を見かけたら、迷わずに購入する事をお勧めする。次はいつ入荷するのかが予測できないからだ。

バルブッカはマレー半島からボルネオに生息するマレー系の魚だと思っていたら、10年程前に新たな分布情報が入って来た。インドシナ半島のタイ東部チャンタブリの辺りにも分布しているというのだ。チャンタブリやタラットはインドシナ半島でもマレー系の魚が分布している地理的にも興味深い地域である。インドシナ半島では唯一のマウスブルーダーであるベタ・プリマもこの地域からカンボジアにかけて生息している。遥か昔、インドシナ半島とマレー半島、ボルネオ島などがくっ付いており、長い年月をかけ離れていったと考えると、これらの魚の分布はつじつまが合う。

良く採集に行くタラットでもバルブッカを採集した事がある。果樹園の中を流れる細流の流れの速い石の下に生息している。生息数は少ないようで、採集慣れした者が一生懸命採っても、1日に10匹も採れなかった。この魚も後日日本に持ち帰り我が家で撮影のモデルとなった。知り合いの研究者によると、このバルブッカがディアボリカなのか新しい別種なのかはまだ研究中のようである。
数年前にカンボジアのココンで採集した際にもバルブッカを見かけた。濃いブラックウォーターが流れ、クリプトコリネが自生している環境は、タイ南部のスンガイゴロクと一緒である。乾期になり水位の引いた細流の石を蹴って網に魚を追い込んでいたらバルブッカが入って来た。やはり採集直後は深紅の眼が印象的である。他の石を持ち上げてみたら、その裏にもバルブッカが張り付いていた。ここでは生息密度は濃いようである。
つい先日も同じ川を訪れる機会があったので、様子を見に行ったら、以前は流れのあった細流が水位が下がり過ぎて、淀んだ水溜りと化していた。バルブッカの姿を探したが、かろうじて1匹だけ見つけただけであった。カンボジアのココンとタイ東部のタラットは地理的にはそう遠くない。共通して生息している魚も少なくない。たぶんタラット産のバルブッカと同種と考えられる。

カンボジア産のバルブッカ

石の下に張り付いていたカンボジア産のバルブッカ。採集直後は角度により異なるがオレンジ色からファイアーレッドの美しい眼を見ることができる。この特徴はスンガイゴロク産もタラット産も一緒である。タイではプラ・ターデン(赤い眼の魚)と呼ばれている。

カンボジア・ココン産のバルブッカ

現地で簡易ケースに入れて撮影したカンボジア・ココン産のバルブッカ。こうして見ると、もう眼の赤さは見えなくなってしまう。このように3つの産地のバルブッカを見比べてみても、そう大きな違いは見られない。今後の研究が待たれるところである。

このカンボジア産のバルブッカはまだ自宅に持ち帰った事がなく、水槽できちんと撮影していない。いつも日本に持ち帰る前にいなくなってしまうのだ。こないだの貴重な1匹ももうどこかに消えてしまった。海外のフィールドから無事に魚を輸送するのは実際大変な努力を有するのである。日本のショップで見られる魚達も現地の採集人、シッパー、日本の輸入業者の努力あってのものなのだ。生きて日本に届いた魚達をぜひ大切に飼育して頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第20回 「カンボジアの謎の水草」
カンボジア・ロックプランツの水中葉

カンボジア・ロックプランツの水中葉。これは水が少なくなり半ば水上葉化した株である。水上化すると形態が全く異なる花芽が立ち上がって来るようだ。

今年4月、最乾期で猛暑の中カンボジアに撮影のために出かけて来た。
乾期のために魚の採集などに適している細流は水がなくなりカラカラ状態。何とか水が残っている細流も流れが淀み、水質悪化のために魚がいない状況であった。せっかくカンボジアまで来たのにこれでは面白くない。と言う事で色々と思案していたら、ある川のほとりで上流の滝までボートをチャーターして行けるという情報を得た。このような大きな川では小さな網では採集は無理である。漁師にでも頼むしかない。まあ、最悪観光できればという考えでボートをチャーターする事に決めた。

この時期のカンボジアは日なたに30分もいれば熱中症になるような猛暑であるが、さすがにボートでは日よけもあるし水辺を渡る風の力もあり、快適であった。水辺の景色をカメラに納めながら川を上流まで遡る。1時間ほど船を走らせると、次第に大きな岩肌が目立つようになって来た。
しばらくすると見事な滝へと到着。ここからは船を降りて、岩肌をロッククライミングしなければいけない。こういう際には大きな一眼レフのカメラは邪魔以外の何者でもない。
水辺の岩場は滑り易く、カメラをかばって自分の体にダメージを負いかねない。以前石垣島の山の中の渓流でカメラをかばって滑り、ケガをした嫌な想い出がある。最近はこのような状況の際はウォーター&ショック・プルーフのコンデジだけ持って行くようにしている。一眼レフのデジカメと同じとは言わないが、コンデジでもホームページに使うぐらいの画像なら十分撮影できる。と言う事で、ポケットにコンデジと虫除けクリームを入れ、滝の脇をロッククライミング。滝の上まで到着すると、そこはフラットな岩場を水が流れるただの川になっていた。魚を掬ってみるが、あまり魅力的な種類は見られない。

滝の流れの中に自生するカンボジア・ロックプランツ

滝の流れの中に自生するカンボジア・ロックプランツ。かなりの流れなのだが、しなやかな葉質とがっちりした根で流されないように岩に活着している。

撮影もしたし、また岩場を下り船に戻ろうとしていたら相棒のトンが呼んでいる。呼ばれた場所に行ってみると滝の脇の流れの中に何やら緑色の物体が!最初は苔かと思ったが、よく見るとちゃんとした植物である。このようなシチュエーションに自生する植物には想い出がある。
10数年前にミャンマーで見つけたポゴステモン・ヘルフェリィである。ポゴステモンも段々になった滝の岩場に活着するように自生しているのである。このポゴステモンも発見当時は名前も分からなかったのだが、後に水草の世界では比較的知られた存在になった。このカンボジアの謎の水草はポゴステモンよりも更に早い流れの場所に自生していた。採集しようと試みるが、根が岩場にしっかりとくい込んでおり難しい。こういう草は無理矢理採ると草体を壊してしまう。

カンボジア・ロックプランツの水中葉

採集したカンボジア・ロックプランツの水中葉。ウエーブのかかった葉はポゴステモンに酷似しているが、葉質は全く異なり、こちらはしなやかである。

カンボジア・ロックプランツの自生している滝

カンボジア・ロックプランツの自生している滝。この場所でも限られた場所にしか自生していない。増水期には完全に水没してしまう環境である。最も減水しているこの時期でなければ見つけられなかったであろう。

トンがナイフを取り出し、それでうまく岩から剥がしてくれた。滝の水が流れ落ちる場所に生えているので、撮影しているだけでもうシャツから短パンまでビショビショ。良く観察していると、水中葉だけでなく、花芽が上がっている株もある。これを見るとどうもポゴステモンではないようだ。採集した水中葉も感じは良く似ているが、質感が異なっている。堅くてもろいポゴステモンに対し、このカンボジア産の謎の水草の方がかなりしなやかで丈夫である。

カンボジア・ロックプランツの水上葉

やや赤みがかった美しい色彩を見せるカンボジア・ロックプランツの水上葉。自生している場所によって葉の形態や色彩には個体変異が見られる。水中葉だけでなく水上葉も魅力的である。

それにしてもこの水草は自生している数が非常に少ない。滝の水が落ちる流れの中に10株ほどしか生えていない。辺りを見渡すが、他には自生している様子は見あたらない。このような場合、全部採集してしまうのは乱獲になってしまうので、数株だけ採集して持ち帰る事にしている。残っている株からまた数が増え、来年にでも訪れた際にまた楽しませてくれるだろう。

水上葉から花芽が立ち上がった株

水上葉から花芽が立ち上がった株。花芽用の枝にはまた形態の異なる葉が見られる。この葉を見るとポゴステモンとは全く別グループの植物である事が確認できる。

それにしても自生している場所と数が非常に限られているのが気になる。トンと一緒に水が干上がった滝の下をくまなく探す。しばらくしてどうやら水上葉のような株を見つけた。こちらは赤味を帯びた縮れのある葉が今流行のブケファランドラにも似た雰囲気だ。どの株からもひょろっとした茎が伸びている。この茎の先にはまた別な形態の水上葉があり、花が咲いていた。
花を見ると完全にポゴステモンとは別なグループの植物である事がわかる。花を見る限りではリムノフィラなんかに似ている雰囲気である。水上葉の株もやはり岩場に活着するように自生している。暑いかんかん照りの日なたではなく、やや日陰になった滝の岩陰にだけ自生していた。こちらも少数だけサンプルを採集。

また慎重に岩場を下り船に戻り、元来た船着き場へと戻る。途中激しい雷雨に遭い、服から荷物までビショビショになってしまった。そのままタイとの国境まで戻り、カンボジアでの日帰り採集も終わり。また違う季節に訪れ、観察してみたいものである。紹介する際に名前がないと不都合なので、ここでは仮称としてカンボジア・ロックプランツと名付けさせていただく。いずれ詳細が判明したらまた紹介する事にしたい。

花芽の付く枝の節からは子株が生えて来る

花芽の付く枝の節からは子株が生えて来る。花の咲いた後、この枝が倒れて岩肌に着き、そこから新たな株となるのであろう。この子株からはすぐに活着用の丈夫な根が生えて来る。

カンボジア・ロックプランツの自生する滝の水質

カンボジア・ロックプランツの自生する滝の水質。炭酸塩硬度、総硬度は0に近い。PHは7.0、硝酸塩、亜硝酸塩濃度も0に近い。水温は場所により異なるが、滝の流れは25℃程であった。この水質から考察する限りでは水槽内での育成は難しくないであろう。

これらの草は無事にバンコクのホテルまで持ち帰った。思ったよりも丈夫な植物で、今も部屋の窓辺で水苔に植えて栽培している。水中に浮かべてキープしている水中葉の株からは白い根が伸びて来ている。花芽の付いた茎からは子株も伸びて来た。この子株からは似つかわしくない様なごっつい白い根っこが伸びて来ている。この丈夫な根で岩場に活着するのであろう。

カンボジア・ロックプランツ
カンボジア・ロックプランツ

花芽の付く枝の節からは子株が生えて来る。花の咲いた後、この枝が倒れて岩肌に着き、
そこから新たな株となるのであろう。この子株からはすぐに活着用の丈夫な根が生えて来る。

本種は栽培も難しくなく、非常に魅力的な水草である。ほんの少数だけ相棒のトンが知り合い経由で日本にリリースした。いずれ趣味の世界でも親しまれる存在になる事であろう。あまりに自生している数が少ない植物なので、ここでは乱獲を避けるために採集場所の公表は避けさせていただく。ご理解を頂きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第19回 「黄金のローチ」
黄金のバルテアータ・ローチ

黄金のバルテアータ・ローチ。一緒に写っている通常の色彩の個体と比べると、体色の違いが良く解るだろう。こうした色彩変異個体は自然下では外敵に補食される事が多く、生き残れる確立は非常に低い。

タイ西部のカンチャナブリはミャンマーとの国境も近く、生物層的にも非常に興味深いエリアである。かなり以前からこの場所には頻繁に足を運んで撮影や生物の観察を行っている。
このエリアに行く際には、以前このコラムでも紹介したカニの町トンパプンを通過する。そこからさらに山間を走り、1時間程行くとホームグラウンドとも言えるサンクラブリという町に辿り着く。
トンパプンから別なルートで山に登ると、ピロックという小さな山間の町である。今回はこのピロックという場所が話しのメインとなる。

このピロックという場所に始めて来たのは十数年前、ここにバルテアータ・ローチ(Schistura balteata)の生息場所があるという事で撮影に訪れた。山間の渓流にかなりの密度でバルテアータ・ローチがいた記憶がある。しかし、この生息場所は不思議な事に他の魚はジャイアント・ダニオの1種(Devario. sp.)とドワーフ・スネークヘッド(Channna limbata)ぐらいしか見られない。
通常は自然が豊かな魚の多い川にはエビなどの姿も多いのだが、ここでは全く見られない。というように多くの種類の魚を見たい自分としては、ここはあまり足を向けるフィールドではなくなっていた。6年程前に日本のSカメラマンがタイに来た際に案内したぐらいだろうか?。

バルテアータ・ローチの生息場所

ピロックのバルテアータ・ローチの生息場所。日本でいう沢のような流れで、水温も低めである。暑い時期でも25℃は超えず、今回は15℃以下の水温であった。同じ場所にはジャイアント・ダニオの一種やドワーフスネークヘッドも生息している。

昨年の春、久々にこの地を訪れた。確か、この生息場所は非常に水の透明度が良かった記憶がある。
最近、東南アジアの水中の様子を動画におさめている。テレビ用の本格的な動画ではなく、コンパクトデジカメでの動画であるが、これがパソコンなどで見るには十分な画質で撮れるのである。そこで透明度の良いバルテアータ・ローチの生息場所で再び撮影してみようという気分になったのだ。
以前に訪れた細流とは別な細流に行ったのだが、こちらの方が川幅が狭くて、撮影には好都合である。渓流の段差の溜まりを覗くと、バルテアータ・ローチがあちこちで縄張り争いをしている。昔と同じように生息密度はかなり濃いように思われた。
年月を経て訪れると、生息環境が激変したりしていてがっかりする事も多いのだが、ここではその心配は無用であった。時間が経つのも忘れて、夢中で水中撮影を楽しんだ。

バルテアータ・ローチ

水中で撮影したバルテアータ・ローチ(Schistura balteata)。この写真は昨年の春に撮影したもの。その時期は繁殖期ではないのか、体の赤味は薄かった。繁殖期には体後半の赤味が強くなり美しさが増す。

ジャイアント・ダニオの1種

同じ生息場所に生息しているジャイアント・ダニオの1種(Devario sp.)泳ぎは素早く、捕えるのは容易ではない。大型の個体では10cm程になる。ジャイアント・ダニオの仲間は地域変異や近縁種も多く興味深い。

今年の1月にまたこのトンパプンのバルテアータ・ローチの生息場所を訪れる機械があった。熱帯であるタイは年中暑いと思われている方が多いかと思うが、12月から1月は日本の冬同様にこちらでもかなり気温は下がる。特に標高の高い山間部は尚更である。この時期の川の水温はたぶん15℃を切っているのではないだろうか?
水の中に足を浸けると、冷たくて長時間は無理なぐらいであった。この水温を自分で体感した際に、頭の中にはこの冷たい水にバルテアータ・ローチはいるのであろうか?とう不安が過った。
案の定、網を入れてみるとあれだけ生息密度が濃くて採集が楽だった魚が全然入って来ない。やはり水温の低い時期は活動が低下するのであろう。目を凝らして水中を覗いても、ほとんど姿が見えない。どうやらこの時期は撮影は無理そうだと思っていたら、一緒に来た相棒のトンがなにやら興奮して自分の事を呼んでいる。急いで行ってみると、網の中に見慣れない魚が!!よく見るとバルテアータ・ローチだが、全身が鮮やかな黄色である。体色が変化したのではなく、明らかに色彩変異個体である。長年魚を見て来たが、ドジョウ系の黄変種は日本のドジョウ以外では見た事がない。通常の体色の魚と比べてみるが、明らかに色彩が違う。

ドワーフ・スネークヘッド

ドワーフ・スネークヘッド(Channa limbata)も同じ場所では数多く見かける。非常に活発な魚で、網に入ってもジャンプして逃げる事が多い。この場所の個体群は背びれのエッジの白がよく目立つ。本種は分布域が広く地域変異が多くて最近人気が高い。

黄金のバルテアータ・ローチ

黄金のバルテアータ・ローチ。背中に入る特徴的な黒斑は薄く残っている。タイでも黄金色の魚は縁起が良いとされ珍重される。タイの民話には黄金のライオン・フィッシュの話しもある程だ。

新年早々、黄金のバルテアータ・ローチが採集できるとはラッキーである。気を良くして採集を続けていると、午後になって日差しが出て水温が上がって来るに連れて魚の姿は増えて来た。やはり水温が低い際には石の下などに隠れてあまり活動しないようである。この黄金のバルテアータ・ローチは超VIP扱いで日本まで無事に持ち帰った。ヒレや体の擦れ傷が治ったら撮影しようと飼育していたのだが、残念ながらある日突然死んでしまった。当然まだ撮影はしていない。死ぬ前に撮影しておけばと後悔したのは、この仕事を始めてもう何回目であろうか?

ピロックで採集した小型のサワガニの一種

ピロックで採集した小型のサワガニの一種。手と比べれば大きさは想像が付くであろう。最初はサワガニの小型個体かと思ったが、どうも違うようである。雄では片側のハサミがやや大きく発達している。

ピロック・ドワーフクラブ

この小型のサワガニは、ピロック・ドワーフクラブと名付けた。ゲオセサルマの仲間を除けば、淡水性のカニでこのサイズの種類は非常に少ない。間違いなくサワガニ同様大卵型の種類であろう。同じ場所には大型になる青っぽいサワガニがもう1種生息している。

今回、この場所では、もうひとつ自分的には重要な発見があった。渓流の石を蹴って採集をしていたら小型のカニが網に入って来た。この場所ではカニの生息密度は低くて、あまり見かけない。岸近くの石の下に生息しているようで、その場所の石を起こすと見つかる。甲羅の幅が2cm程しかないので、最初はサワガニの子供かと思っていたのだが、どうも雰囲気が異なる。数匹採れたところでよく観察してみると、小さい割に雄個体のハサミは片側が大きく発達している。幼いカニではこのような雌雄の形態の差は見られないのが普通。という事はこのカニはこのサイズで成体と思われる。東南アジア各地でサワガニ含め淡水のカニは数多く見て来たが、このサイズで成体なのは、ゲオセサルマの仲間ぐらいである。このカニも大切に日本に持ち帰り飼育中なので、いずれ再報告ができるかもしれない。


写真・文 : 山崎 浩二

第18回 「チャーン・グッピー(その後)」
チャーン・グッピー

胸びれの色彩や伸長具合、尾びれなど全体のバランスが最も優れている個体。この個体はもっとも成長が早く、特徴が現れるのも早かった。

以前、このコラムでタイのチャーン・グッピーを紹介した。その後商業ルートでも日本に入荷し、ダンボ・グッピーの商業名で人気を博しているようだ。個人的なこだわりなのだが、ここではタイでの商業名であるチャーン・グッピーの名称で呼ばせていただきたい。

自分が知り合いのグッピー・マニアに頼まれてこのチャーン・グッピーを日本に持ち帰ったのは昨年の5月末。知人に渡すまでに何回か子供を産んだので、一腹は別なグッピー・マニアの友人に、もう一腹は自分の家で育成していた。
昨年夏頃になると、この魅力的なグッピーが日本人にも知られ、商業的な輸入も行われるようになった。秋ぐらいになると各観賞魚雑誌でも紹介され、多くの人に知られるようになったようである。

チャーン・グッピーの雌個体

チャーン・グッピーの雌個体。この個体はかなり背びれが大きく伸長している。これはハイドーサルという遺伝子によるとの事である。

自分がタイで購入して持ち帰った個体は、すでに成魚で尾びれの形態には多少難があり、写真のモデルとしては満足のいく個体ではなかった。しかし、この親から採れた子供が育ち、成魚になったところ、親よりも特徴がはっきりとした綺麗な個体になった。という事で、育成している際に気付いた点と共にまたこのコラムで紹介しようと思った次第である。

我が家でグッピーを飼育するのは久々である。撮影のために持ち込む事はあっても、撮影後は返してしまい、本気で飼育する事はないからである。今回は親魚を知人に渡す前に子供が産まれてしまった。この稚魚達がどのように育っていくのかに興味があったため、一腹の稚魚は家に残して育てる事にしたのである。

二番目に成長の早かった雄個体

二番目に成長の早かった雄個体。胸びれは真っ黒ではなく、多少白い色彩が入っている。胸びれはまだ成長途中なので、さらに大きく伸長する。

4番目に成長の早かった個体

4番目に成長の早かった個体。この撮影の時点では、胸びれは黒く色付き始めているが、サイズはまだ小さい。この後急激に伸長する。

我が家ではグッピーの餌はテトラミンのみ、他の餌は与えていない。生き餌を与えないため、成長は速くないが、2ヶ月を過ぎた頃から雄のヒレは大きくなり色彩も乗って来た。この時点ではまだ特徴である胸びれは普通の状態である。その後胸びれが多少黒っぽく色付いて来た。日に日に胸びれの黒い色彩は濃くなり、それと共にだんだんとサイズが大きくなってくる。

今回、うちで育てていた魚は20数匹いるのだが、1匹を覗いてすべての雄は親と同じように胸びれが黒く大きくなった。その1匹も全く胸びれに色がない訳ではなく、やや黒っぽい色彩は入っている。こうした点からすると、親魚の雌はちゃんとチャーン・グッピーの雌で、当て雌ではなかったようだ。

もっとも成長の早かった雌個体

もっとも成長の早かった雌個体。胸びれは雄ほどではないが、多少黒くなる。胸びれのサイズは雌は大きくならないようだ。

タイのグッピー・コンテストで展示されていたチャーン・グッピー

タイのグッピー・コンテストで展示されていたチャーン・グッピー。コンパクトデジタルカメラでの撮影なので画質はよくないが、特徴は判ってもらえるだろう。

成長速度は個体差が大きく、もっとも早い個体が胸びれまで大きく発達した時点で、やっと尾びれが色付き胸びれが黒くなって来る個体もいた。
このグッピーにはハイドーサルという背びれが大きくなる遺伝子が入っているようで、雌雄共に背びれは伸長する。この特徴は雌で顕著である。ただしこれも個体差は大きいようだ。

同じくタイのグッピー・コンテストで展示されていたチャーン・グッピー

同じくタイのグッピー・コンテストで展示されていたチャーン・グッピー。全体のバランスは今ひとつだが、胸びれのボリュームは見事であった。

チャーン・グッピーと同じく黒い胸びれを持ったグッピー

チャーン・グッピーと同じく黒い胸びれを持ったグッピー。チャーン・グッピーとは系統的に違うと思われるが、かなり魅力的である。友人のグッピー・マニアがタイに出かけ入手済みである。繁殖にも成功しているようなので、日本でもいずれ出回るだろう。

友人に渡していたもう一腹の稚魚達もうちとほぼ同じように育ったようである。 まあ、同じ親から採れた子供なので当然といえば当然ではあるが。そこでは育成に生き餌をふんだんに与えているので、もうF3もたくさん産まれているそうである。

ネットを見ると、すでにこのグッピーは熱心なグッピー・マニアの元へと渡り、色々と他品種との交配も試みられているようである。
この魚の発信の地であるタイでもたぶん商業的な養殖体制が整い、今年はさらに数多くの魚が日本へ送られていくであろう。
国産の魚、タイからの養殖魚が揃い、どのような方向へ進むのか興味深いところである。

余談であるが、昨年10月にバンコクでアクアリウム・フェアがあり、その会場ではグッピーのコンテストも行われた。そこではかなり立派な胸びれのチャーン・グッピーも展示され、その中には黒だけではなく黄色と白が混ざったモザイク模様の胸びれのチャーン・グッピーも展示されていた。他にも日本のグッピー・マニアが興味を示すような個体もいくつか展示されており、ベタだけでなく、グッピーでもタイは見逃せない国と言えるだろう


写真・文 : 山崎 浩二

第17回 「”ラスボラ”・ソムフォングシィ(Trigonostigma somphongsi)」
ラスボラ ソムフォングシィの群れ

”ラスボラ”ソムフォングシィの群れ。現地では他のラスボラ類と混生して群れを作っているが、水槽内では同種で群れとなる。

図鑑などで名前は知っているけれども実物を見た事がないという魚の代表が、この”ラスボラ”・ソムフォングシィだろう。
現在はラスボラ属(Genus Rasbora)からトリゴノスティグマ属(Genus Trigonostigma)に移されているが、本属の代表種であるヘテロモルファやエスペイも未だに通称名としてラスボラが使用されているので、ここではラスボラと呼ぶ事にする。何も魚類学の論文ではないので、難しく考える事もないだろう。 本当の学名は違う属だったなくらいに覚えておいてもらえばよいだろう。

タイ東部のラスボラ ソムフォングシィの生息場所

タイ東部の”ラスボラ”ソムフォングシィの生息場所。緩く流れる水路を想像していたが完全な止水域である。同属の他2種とは完全に異なった生息場所である。
水質は弱酸性から中性なので、飼育時には楽である。

この”ラスボラ”ソムフォングシィ、30年程前には入手はそう難しい魚ではなかった。当時も本種だけでの入荷はほとんどなく、ボララス・ウロフタルモイデスが入荷すると、そこに混ざって来る魚だったのである。多い際は半数が本種だったという事もあったようだ。ところが、最近ではボララス・ウロフタルモイデスはコンスタントに入荷しているものの、本種が混ざる事は皆無である。

それにはある理由があるのだ。昔はボララス・ウロフタルモイデスはタイのバンコク近郊で採集されたものが、日本へ送られていた。ところがタイの南部で採集が容易な生息場所が見つかった事から、現在ではほぼ100%がタイ南部で採集された魚が日本へ送られている。本種はタイ南部には生息していないため、そこで採集された魚に混ざる事はないのである。

採集直後の ラスボラ ソムフォングシィ

採集直後の”ラスボラ”ソムフォングシィ。他のラスボラ類500匹に対して1匹ほどの生息密度である。目を凝らさないと網に入ったのを見逃してしまう。

マニア心は複雑なもので、ある時は欲しがらないが、ないとなると欲しがるものである。本種が市場に入らなくなると、小型美魚マニアは何とか本種を入手できないかと躍起になったものである。それはこの原稿を書いている自分もそうで、タイに魚の取材へ行く度に何とか本種の生息場所の情報を得ようとしていた。ボララス・ウロフタルモイデスに混ざっていた事から、まずはウロフタルモイデスをバンコク近郊で探し回っていたものだ。何カ所かボララス・ウロフタルモイデスの生息場所は発見したが、本種を見つけるには至らなかった。

本種はラスボラの仲間としては繁殖が比較的容易である。自分は25年程昔にも繁殖には成功している。本属の魚はクリプトコリネなどのように葉の広い水草の葉裏に卵を産み付けると思われているが、本種は少々異なっている。確かに水草などに卵を付着させる繁殖方法であるが、特に広い葉を持つ水草でなくても産卵する。ウィローモスなどの茂みでも十分である。何もない水槽の場合、スポンジ・フィルターのパイプなどに産み付ける事もある。ふ化した仔魚は最初はインフゾリアなどの餌が必要だが、数日でアルテミアを食べる事ができるようになるので、その後の管理は楽である。

自分的には非常に思い入れがあり、いつかはタイの生息場所を発見するのが夢であったのだが、昨年の9月、以前本種を分けてもらったN氏から、生息場所を発見したので、タイに来たら一緒に採集に行こうとの有り難いお誘いを頂いた。N氏の知り合いの大学の水草の研究者達が調査の際に見つけた魚の同定を氏にお願いしたのがきっかけのようである。ちなみにこのN氏はベタ・マハチャイエンシスを最初に発見したというバリバリの熱帯魚好きである。

ラスボラ ソムフォングシィと混生している魚達

”ラスボラ”ソムフォングシィと混生している魚達。キンセン・ラスボラ、ラスボラ・ルブロドーサリス、ラスボラ・スピロセルカなど、一部にメコン水系にしか生息していないと思っていた魚がいたのが意外であった。

数年程前に、知り合いのN氏に本種のペアを分けてもらうチャンスがあった。
彼は本種を見つけたドイツ人から繁殖した魚を分けてもらったそうだ。その際にまだ本種は絶滅した訳ではなく、ひっそりとどこかに生息しているのが判り安心したものである。
頂いたペアで繁殖も成功していたのだが、仕事柄家を空ける事が多く、残念ながら絶やしてしまった。

バンコクから郊外へ向かうと、辺りは水田や湿地が目立つようになってきた。増水の影響か道路まで冠水している場所もある。普段だったら採集なんてしないような、民家近くの水田脇で車が停まった。ここがソムフォングシィの生息場所だそうだ。浮き稲と言い、増水時には1m以上の高さに達する特殊な稲の植わった水田で、スイレンなどの他の水草も豊富な止水域である。
N氏は自分の眼で本種が泳ぐ姿ぐ姿を見るのが夢だったと言い、やや濁った水に水中眼鏡を付けて魚をチェック。氏の友人も一緒にまずは魚探し。ほどなくして氏がソムフォングシィを発見!自分は待ちきれずにそこに網を入れると、多数の魚と共に小型のソムフォングシィの姿が。キンセン・ラスボラ、ラスボラ・ルブロドーサリス、ラスボラ・スピロセルカなどの小型の魚と一緒に生息して群れになっているようだ。もちろんボララス・ウロフタルモイデスも一緒である。それにしても生息密度は低い。魚の採集に関しては腕のある人間3人が丸1日かけて採集して約20匹しか採集できなかった。N氏の話しによると、今は水位が高いので生息密度が低いが、乾期になり水位が下がれば、水田のような場所から水路のような場所に生息場所が変わり、もう少し生息密度は上がるそうだ。

ラスボラ ソムフォングシィの雄個体

”ラスボラ”ソムフォングシィの雄個体。雌雄で大きな色彩の違いはないが、雄はやや細身で色彩が濃い感じである。成熟した個体であれば、雌雄の判別は体型で行えばそう難しくない。

ラスボラ ソムフォングシィの雌個体

”ラスボラ”ソムフォングシィの雌個体。腹部が雄よりも大きくなり、丸っこい雰囲気となる。サイズも雄よりも一回り大型となる。成熟すればまず間違う事はないだろう。雌は自然下でも数が少なく貴重である。

ちなみにこの時の採集魚はN氏と自分で半分ずつ分けて持ち帰ったが、自分のもN氏のも多少スレて死んでしまい、最終的には7匹ずつとなっている。うちで飼育している7匹は、この原稿を書いている時点でやっと雌雄の判別が可能になったが、7匹のうち雌は1匹だけである。N氏が飼育している7匹も雌は1匹だけだそうである。この雌雄の偏りは繁殖させても同様で、N氏のところでも知り合いのドイツ人のところでも雄が多く雌が少なく偏ってしまうそうだ。雌が多ければ、多数の子供を得る事が可能なのだが、少ないと繁殖できる数も限られてしまう。現在のところ、採集魚が市場に出回る可能性は、ここに書いた様な理由で非常に難しい。近い将来、繁殖魚が出回るようになり再び多くの人達に親しまれるようになる事を祈りたい。

自分は長年の夢であった”ラスボラ”ソムフォングシィの群れ写真を撮る事ができて非常に満足である。アクアリウムの趣味というのはお金を出せば何でも簡単に手に入るような浅いものではない。長年待った末に達成できた喜びというのは何事にも代え難い。情熱を持ってすれば夢は叶うものであるが、だんだんと夢が減っていくのも複雑な心境である。


写真・文 : 山崎 浩二

第16回 「ベタ・スマラグディナ(Betta smaragdina)」
ベタ・スマラグディナ

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雄個体。闘争時には写真のように輝く様な色彩を見せる。この色彩がエメラルド・ベタと呼ばれる所以である。

このコラムではスプレンデンス・グループに属するワイルド・ベタを今までにもいくつか紹介して来た。ボルネオなどに生息する色彩的にも派手な他のワイルド・ベタは紹介しなくてもそこそこの人気はあるのだが、このスプレンデンス・グループに属するベタはマニアの間でもちょっと低く見られがちである。そうした日陰者になりがちな彼らに少しでも注目してもらいたく、またここに来て細分化されてきた彼らの魅力をもっと知ってもらいたいというのがこのコラムで積極的に取り上げている理由である。

ベタ・スマラグディナ

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雌個体。輝くような色彩を見せる雄に比べ、雌は色彩的に地味で各ヒレも短い。

今回紹介するベタ・スマラグディナは、数多くの種類が知られているワイルド・ベタの中でも5本の指の中に入る程好きな種類である。その理由はいくつかある。ひとつは、30年程前に自分が最初に飼育、繁殖を行った種類である事だ。そして最初に撮影したワイルド・ベタも本種であった。誰もが初恋の人を忘れられないのと同様に、初ワイルド・ベタの事は今でも記憶の奥底に強い印象として残っている。初めてエメラルド色を纏った婚姻色を見て水槽の前に釘付けになり、感動的な繁殖シーンを目にした事は生涯忘れないだろう。

ベタ・スマラグディナ

タイ東北部、ウボン・ラチャタニのベタ・スマラグディナの生息場所。照りつける日差しは熱く、各種水生植物の茂る湿地帯の水温もかなり高めである。

もうひとつの理由は、自分の手で採集した2番目のワイルド・ベタであるという事。東南アジアのフィールドを訪ね始めて、最初に採集したのは、予想もせずに網に入って来たタイ東部チャンタブリのベタ・プリマであった。当時は未記載種であったが、初めてのマウスブルーディング・ベタで、それをきっかけにワイルド・ベタにハマり、約半年後に自分の手で掬う事ができたのがバブルネストビルダーの本種であった。その後マレー半島やボルネオ島をワイルド・ベタを求めて彷徨い、数多くの種類を自分の眼で見て採集してきたが、その中でも本種とベタ・マクロストマに関しての思い出は別格である。

ベタ・スマラグディナ

ウボン・ラチャタニの生息場所で網で掬ったばかりのベタ・スマラグディナのペア。採集したばかりの時は雄のエメラルド・グリーンの色彩はまだ残っているが、次第に色褪せてしまう。

ベタ・スマラグディナ

ウボン・ラチャタニの生息場所で見つけたベタ・スマラグディナの泡巣。決まって浅い場所の草の茂みに作られている。こうした浅い場所には捕食者である他の魚が来にくいためであろう。

昔はワイルド・ベタの図鑑を作るという目的があったため、仕事としての採算は度外視して生息場所に赴き、精力的に撮影、採集を行っていた。しかし、図鑑の出版を終えてしまうとその意欲はだんだんと萎み、ここ十数年は正直あまりワイルド・ベタに興味がなくなっていた。ところが、もう新種はいないと思っていたスプレンデンス・グループのワイルド・ベタに、ベタ・スティクトスという新種が発見された。治安の良くないカンボジアの奥地までベタ・スティクトスの採集に行き、その採集に成功した事で、またワイルド・ベタへの情熱が蘇って来た。特にスティクトスとは近縁なスマラグディナに関しての興味も再び膨らんで来たのである。

ベタ・スマラグディナ

きらめく色彩で雄同士で闘争するウボン産のベタ・スマラグディナ。この産地の個体は古くから知られ、本種の代表とも言える。こうした闘争時に本種は一番魅力的に見える。

ここで少し簡単に本種の事を紹介しておこう。Betta smaragdina が記載されたのは1972年で、ワイルド・ベタの中では普及種として古くから親しまれていた。繁殖期に雄の体色はエメラルドグリーンに染まる事から、英名ではエメラルド・ベタと呼ばれる。学名のsmaragdinaというのもラテン語でこのエメラルド色を意味している。
生息場所は主に湿地帯や池、沼などの止水域で、典型的なバブルネストビルダー(空気で泡を作り繁殖する種類)である。分布の中心はタイ東北部のイサンと呼ばれる地域であるが、メコン川流域のラオスのサワナケートやビエンチャン辺りまで分布している。たぶん最も北方にまで分布しているベタであろう。
これだけ広範囲に分布している本種は、それぞれの生息場所により形態や色彩には地域変異のある事が知られている。異なる生息場所の魚が遺伝的に交雑しないように、マニア達は生息場所の地名を付けて本種の事を区別している。
産地として有名なのは、ウボンやノンカイなどのタイ東北部産だろう。これらは商業的にも輸入され、入手も比較的容易であったが、最近はあまり姿を見かけないのが寂しいところである。本種は闘争性は弱く、広さのある水槽なら雄の複数飼育も可能である。
だが、一度個別に飼育してしまうと、闘争性が増してしまい複数飼育はできなくなってしまう。ラオスのビエンチャン郊外では、本種を闘魚として使うらしく、販売しているのを道路沿いでよく見かけた。

ベタ・スマラグディナ

ラオスのビエンチャン郊外の道路脇ではこのような小さなベタ・ショップを見かける事が多い。そこでは闘魚用にベタ・スマラグディナが販売されており、ビンの中で雄はきらめく色彩を見せている

ベタ・スマラグディナ

タイ東北部ノンカイ産のベタ・スマラグディナの雄個体。本産地の魚も以前は数多く日本に輸入されて親しまれていた。ノンカイはメコン川を挟んでラオスのビエンチャンとの国境である。

さて話しを戻そう。一時ブランクがあったものの、スティクトス採集以来、またワイルド・ベタへの情熱が蘇って来たので、とりあえずスプレンデンス・グループからやり直しという事で、近年はまた各所でベタ掬いに励んでいる。
小型の幼魚や採集した直後の個体は色彩が飛んでしまい種類の判別は難しいが、飼育下で婚姻色を引き出せれば特徴の判別は難しくない。その結果見つけたのが、このコラムでも紹介済みのカンボジアのシアヌークビル産のベタである。

ベタ・スマラグディナ

タイ東北部チャヤプーン産のベタ・スマラグディナの雄個体。色彩的にはやや他の個体群に比べ地味だが、尾びれの形状に特徴が見られる。

スマラグディナに関しては、新しいところでは、タイのチャヤプーン産の個体群が興味深い。この地域の個体群は比較的ずんぐりした体型をしており、雄のヒレは成魚でも短めである。面白いのは多くの個体で、尾びれの中央部がやや伸長した形態になる事である。
これはスプレンデンス・グループの魚では、ベタ・マハチャイエンシスにだけ見られる特徴であり、他の個体群のスマラグディナでは見られない。また、他の個体群よりもやや赤味を帯びている。チャヤプーンの本種の生息場所は低地の湿地帯ではなく丘陵地の湿地帯で、今までに知られている他の個体群とはやや生息環境としても異なっている。
最近はベタの仲間も外部形態だけではなく、遺伝子レベルでの種の研究が行われているようなので、今後の研究の成果を待ちたい。

ベタ・スマラグディナ

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雄個体。本個体群は色彩的には本種の中でもピカイチであろう。色彩だけでなくフォルムも美しい。

まだ確定した情報ではないが、ラオスのサワナケート産の本種も遺伝子レベルでの違いがみられ、本種とは別種として独立させる動きもあるようだ。このように広い分布域を持っていた本種は今後細分化される可能性が高くなっている。比較的姿が良く似ている近縁種のスティクトスとの分布域の境はどこになるのか、などなど興味は尽きない。まだしばらくはスプレンデンス・グループのワイルド・ベタで好奇心が満たされそうである。


写真・文 : 山崎 浩二

第15回 「チャーン・グッピー」
チャーン・グッピー

チャーン・グッピーのペア。雄は特徴である大きな胸ビレをはためかせる。この個体では、胸ビレは黒をベースで数個のホワイト・スポットがそこに散りばめられている。

毎年春の3月から5月ぐらいまでは、東南アジアに撮影に出かけるようにしている。その理由は、日本ではその時期スギ花粉が大量に飛散しているためである。タイやラオス、カンボジア、ミャンマーなどにはスギは自生していないので、スギ花粉に悩まされる事はないのだ。日本で花粉症のために辛い思いをしているよりも、海外のフィールドで撮影している方が百倍効率がいい。そのため、ここ10年程お花見はしておらず、桜の花はもっぱらテレビ鑑賞だけである。

今回その避暑ならぬ避スギ花粉中にタイに滞在していた際、日本の知人から1通のメールが届いた。タイでは今は携帯電話の電波の届く範囲ならどこでもWi-Fiを使える環境もでき、速度はのろいもののどこでもメールもネットも使える。バンコク市内はもちろん、ミャンマーやカンボジアの国境付近、ラオスならメコン川を挟んでタイの対岸付近ならWi-Fiの電波は拾う事ができる。便利な世の中になったものである。

チャーン・グッピー

大きく白い胸ビレを持つチャーン・ベタ。出始めは胸ビレの大きさもバランスも良くなかったが、最近では非常にクォリティーが上がっている。しかも値段はお手頃価格になっているので、買う側にとってはありがたい。

話しが逸れてしまったが、メールを送って来たのは旧知のグッピー・マニアで、バンコクにある珍しいグッピーがいるらしいので探して欲しいとの事であった。そのグッピーとは、胸ビレが大きく発達したチャーン・グッピーだそうである。タイ語でチャーンとは象の事を言い、大きな胸ビレが象の耳のように見える事からそう名付けられている。元々は同じように胸ビレが大きく発達したベタに名付けられたものなのだが、同じ様な外見のグッピーにも使われているようだ。

チャーン・グッピー

チャーン・グッピーの雄の顔アップ。大きな胸ビレがアクセントとなり非常に可愛らしい印象である。

チャーン・グッピー

チャーン・グッピーの雄。この雄では左側の胸ビレは黒をベースに4~5個のホワイト・スポットが入っている。右側の胸ビレにはスポットはひとつだけである。

バンコクで魚を探すならもちろん有名なサンデーマーケット、現地ではチャトチャックの名称の方が通りがいい。ここは巨大なマーケットで、ない商品はないと言う程ありとあらゆる商品が販売されている。この一角にペットだけを扱うエリアがあり、そこには数多くのアクアリウム・ショップが集まっている。グッピーの専門店もいくつかあり、その中の以前から知り合いのショップに行き、チャーン・グッピーの事を尋ねてみた。うちでも販売しているよ!と答えはあっけないものであった。残念ながらそのときは売り切れてしまっており、魚は見られなかったが、次の日曜に来れば、数ペアをブリーダーのところから持って来て置いておいてくれると約束してくれた。そういえば、この店は数年前にバルーン・グッピーの事を尋ねた際にも同じ答えだったなー。

チャーン・グッピー

チャーン・グッピーの雌個体。やや胸ビレが黒くなっているが、特徴ははっきりしていないので、他の品種と混ぜても判別できないだろう。

約束の日、楽しみにそのショップに行くと、店長のお兄ちゃんはそこの水槽に入っていると指差して教えてくれた。どれどれと覗くと、確かに胸ビレの大きな雄のグッピーが泳いでいる。チャーン・ベタの場合、大きな胸ビレは白いので、チャーン・グッピーもそうかと思っていたら、どうも違うようだ。黒い胸ビレに多少白い部位があるぐらいだ。胸ビレの色彩は左右で異なっている個体の方が多いようだ。この際に見た品種はモザイクタキシードだけだったが、ブリーダーのところには他の品種もいるとの話しであった。雌個体ではこの特徴は顕著ではなく、多少胸ビレが黒っぽくなるぐらいである。

チャーン・グッピー

右側の胸ビレには白い模様は入っていない。全体が白い胸ビレの魚ができれば、さらに可愛らしくて人気が出るだろう。

チャーン・グッピー

3の写真とは異なるチャーン・グッピーの雄個体。こちらは左側の胸ビレにかなり大きな面積で白が入る。

さて、気になるのはお値段である。尋ねたところやはりグッピーとしては破格の値段である。知り合いなので、安くしてもらっても、同じチャトチャックで売られているハイグレードのハーフムーン・ベタの5倍以上の値段だ。ここタイでは出始めの品種は比較的高価で販売される例が多い。ましてや繁殖が容易なグッピーでは半年で値段が崩れるのは必至だ。儲けられる時に儲けようという考えなのであろう。

チャーン・グッピー

斜め上から見ると、その大きな胸ビレの特徴がはっきりする。最近タイのグッピーもこのようなチャーン・グッピーを初め、海外のマニアからも注目されるようになっている。

チャーン・ベタが登場した際も、最初はかなり高価だったが、今では値段は十分の一ぐらいまで下がっている。しかも値段が下がっても、質は以前よりも全然良くなっている。チャーン・グッピーもそのような動きになっていくのであろう。自分の印象では、このチャーン・グッピーはまだ改良品種としては全然見完成品である。改良を続けていく事により、さらに魅力的になる可能性を秘めた品種と言えるだろう。1年後にどんな姿に化けているか楽しみである。


写真・文 : 山崎 浩二

第14回 「ベタ・シャムオリエンタリス」
オス同士で闘争するベタ・マハチャイエンシス

オス同士で闘争するベタ・シャムオリエンタリス。体の地色は黒に近くなり、尾びれのエッジ、尻びれの後端は美しい赤に染まる。この色彩はスプレンデンスよりもベタ・インベリスに似ている。

ベタ属の中でも比較的種類数の少ないスプレンデンス・グループに昨年新たに2種類の新種が加わった。1種類は前回のこのコラムで紹介したベタ・マハチャイエンシスBetta mahachaiensis、もう1種類はベタ・シャムオリエンタリスBetta siamorientalisである。今回のコラムではこの最も新しいベタ・シャムオリエンタリスの詳細を報告しよう。

本種の記載論文はVertebrate Zoolog に2012年12月に発表された。記載者はベタ・マハチャイエンシスを記載したタイのマヒドン大学のChanon氏、Bhinyo氏、Pintip氏らのグループである。どうやらマハチャイエンシスを記載するにあたり他のスプレンデンス・グループの標本を整理しているうちに本種が新種である事に辿り着いたようだ。分布はタイ東部のChachoengsao、Chon Buri、Sa Kaeo 、Prachin Buriで、一部タイに隣接するカンボジア領にも分布しているようだ。本種の学名の種小名、siamはもちろんタイの古い国名、orientalisは東部という意味があり、タイ東部に分布する事を意味している。

ベタ・シャムオリエンタリスの生息場所

チャチェンサオのバンクラー地区のベタ・シャムオリエンタリスの生息場所。岸際の草の間が彼らの生息場所で、オープンエリアには見られない。同所には小型のエビも多く、彼らの良い餌となっているのであろう。

本種の記載論文は昨年の12月に懇意にしているスイスの魚類学者のコテラット博士からメールで送られて来た。ざっと論文を見た感じでは、別種とするにはやや無理があるかなという印象であった。論文に掲載されている写真を見ても、スプレンデンスの地域変異ぐらいにしか見えなかった。本種の生息場所の中心であるタイ東部のチャチェンサオには、以前ベタの採集に行った事があるのだが、その際には幼魚だけしか採集できなかったので、本種の確認はできていなかった。その生息場所付近の道路には数多くの露天のベタ屋が並び、そこでは現地のベタに他の種類をかけ合わせたハイブリッドが売られていた事もあり、ちょっと興味を失っていたのも正直なところである。

採集したベタ・シャムオリエンタリス。

採集したベタ・シャムオリエンタリス。1~2cmの幼魚が中心であるが、2.5cm程ですでにヒレも伸長し、色彩も現れている個体がいた。飼い込んでみないとはっきりしないが、どうやら本種はかなり小型な種類のようだ。

photo_13-3-s

闘争時に色彩が黒化し始めたオス個体。鰓蓋には独特のメラニン・パターンが現れる。スプレンデンスのように顕著な2本ラインは本種では見られない。

とはいえ、新種として記載されたからにはそれなりの根拠もあるだろうし、研究もされているはずである。次回タイに行く機会があったらぜひ自分の手で採集して撮影したいと考えていた。今回やっとその機会を得て、採集に行ける事となった。まずは記載論文のホロタイプの採集場所を調べたところ、チャチャエンサオのバンクラーという場所である事が判り、その場所を目指した。道路の標識や地元に人に聞きながらその場所を探すと、以前ベタを採集した見覚えのある場所に辿り着いた。その場所が目指していた生息場所そのものであった。数年前にちゃんと幼魚を育てて婚姻色を確認していればと、ちょっと悔やまれた。この場所ならどこでベタが採れるかもう情報はある。網を入れるとほどなくして1匹の幼魚が入って来た。やはり他のベタ同様に岸寄りの植物の草陰に隠れているようだ。

ベタ・シャムオリエンタリスのメス個体。

ベタ・シャムオリエンタリスのメス個体。この個体は全長3cm程だが、すでに卵巣が発達し始めている。餌を十分に与えれば、1ヶ月後には繁殖も可能だろう。

足で草を蹴りながらの採集を続けると、やっと婚姻色を現したオスが採れた。けれども予想以上に小さい。他のベタではこのサイズでは雌雄の判別も不可能なぐらいの大きさである。全長2.5cmぐらいですでに発色しており、一番大型の個体で全長3cm程であった。今までに採集したスプレンデンス・グループのベタの中では最も小型である。最大サイズがどれぐらいのかは、これから飼い込んで様子をみたい。撮影用のオスが4匹程確保できたので、大切に1匹ずつパッキングして持ち帰った。この生息場所では本種の他にクローキング・グーラミィ、ボララス・ウロフタルモイデス、クラリアス、アーモンド・スネークヘッドなどの魚が見られた。

ベタ・シャムオリエンタリスのメス個体。

美しい色彩を現しオス同士でフィンスプレッディングするベタ・シャムオリエンタリス。色彩は非常にインベリスに酷似し、ブラック・インベリスと称されるのも頷けるところである。

採集したばかりの本種はすでに発色しているものの、採集のショックで色も褪せて同定できるような状態ではない。ホテルの部屋に飼育用のビンを並べ個別飼育を始めた。数日すると傷付いていたヒレも治り、隣のビンのオスを見せるとフィンスプレッディングするようになった。観察していると確かに本種はブラック・インベリスとも呼ばれるように体色はかなり黒化する。尾びれのエッジの赤、尻びれ後端の赤はベタ・インベリスに酷似している。インベリスと決定的に異なるのは鰓蓋の色彩である。本種では全くブルーが乗らず、ほぼ黒である。状態によって薄く赤いラインが2本現れるが、スプレンデンス程顕著ではない。このような特徴を自分の眼で観察すると、初めて本種が独立した種類である事を認められる。しばらく飼い込み、身体の傷やヒレの傷が治り水槽に慣れた段階で撮影である。オス2匹を同じ水槽に入れるとすぐに闘争を始めた。薄かった体色も徐々に黒化し、ブルーも鮮やかになってきた。夢中になってシャッターを切る。写真にすると特徴はより顕著になる。間違いなく本種はスプレンデンスともインベリスとも異なっている。ただし、メスはこれと言った特徴がないため、インベリスなどと混ぜてしまったら判別不可能であろう。

ベタ・シャムオリエンタリスのメス個体。

10数年前にベトナムから輸入されたベタ属の一種。採集場所などの詳細は不明だが、インベリスとスプレンデンスの両方の特徴を持つ種類としてマニアの間では話題となった。分布域が距離的に離れ過ぎているので、本種とは別種であろう。

本種と良く似た特徴を持つベタが以前観賞魚ルートでベトナムから輸入された事がある。採集場所などの詳細は不明なのだが、分布域を考えると距離が離れ過ぎていて同種とは考えにくい。今回、参考までにこのベトナム産のベタの一種も写真を掲載しておこう。以前このコラムで紹介したカンボジアのシアヌークビルのベタもどうやら新種のようである。このように今まで静かであったスプレンデンス・グループのベタ周辺はちょっと賑わい始めている。分布域の広いスマラグディナも今後ある産地の魚は別種として分けようという動きもあるようだ。また何か動きがあったらこのコラムで紹介する事にしよう。


写真・文 : 山崎 浩二

第13回 「ベタ・マハチャイエンシス」
photo_13-1-s

オス同士で闘争するベタ・マハチャイエンシス。現地の人々は古くから野生魚を採集して飼い込み、闘魚としても使っていたようである。この闘争時には色彩も濃くなり美しい姿を見せてくれる。

ちょっとタイミングがずれてしまい申し訳ないが、ベタsp.“マハチャイ”としてワルド・ベタの愛好家には馴染みだったベタが、昨年10月Betta mahachaiensisとしてやっと新種記載された。そこで今回はこのベタ・マハチャイエンシスを紹介することにしよう。

photo_13-2-s

成熟したベタ・マハチャイエンシスのオス。この個体は上の写真の個体とは別である。尾びれ中央の伸長具合には個体差があり、この個体はあまり目立たない。

このベタ・マハチャイエンシスは、新種といっても発見されたばかりの種類ではなく、その存在自体は2002年頃から知られていたので、いまさらといった感じがなくもない。手前味噌になるが、私自身も本種の記事を2003年にアクアウェーブという雑誌で書いた事がある。約10年間も名無しのままだった訳である。これだけ長くの間新種として記載できなかった背景には彼らの生息場所が人々の生活圏に近く、既存のベタのハイブリッドではないかという説も多かったためであろう。そのためにより慎重な研究が必要とされ、それに時間がかかっていたと推測される。

今回の記載は本種が生息しているタイの学者達によって発表されたが、噂によると他国の魚類学者も研究を進めていたようである。新種記載は論文を発表した早い者勝ちのルールがあるので、今回は昨年10月発刊のZOOTAXAに論文を記載したタイの学者の勝ちとなったのである。

photo_13-3-s

ベタ・マハチャイエンシスの生息場所。ニッパヤシなどの茂る汽水域である。このニッパヤシの根本が彼らの繁殖場所となる。同じ場所にはデルモゲニーやジャワメダカの姿も見られる。

本種はタイの首都バンコクから西に15~20kmに位置するSamut Sakhonに生息している。この場所はマハチャイという地名で人々には良く知られており、そのため記載される前は、この地名からベタsp.“マハチャイ”として親しまれていた。この場所はシャム湾に近く、ニッパヤシなどが生い茂る汽水域である。海に近い場所には干潟が広がり、マングローブ林などもある。以前このコラムで紹介したムツゴロウもこのマハチャイで観察したものである。少なくとも現在知られているベタ属の中では汽水に生息している種類は知られていない。

本種は汽水域に生息しているだけでなく、その生態までもこの環境に合わせたものとなっている。繁殖の際にはニッパヤシの葉の根本に泡巣を作る。この場所はたとえ潮の干満によって水が引いても、ポケット状になり水が溜まったままになる。これにより泡巣は壊れる事なく、安心して繁殖できるのだ。最初に本種の事を知った際に、汽水域にという環境に生息している事、この極めて独特の繁殖生態により、人為的に放流されワイルド化したりハイブリッドになった可能性は低いと考えた。

こうした独特な生態は数十年で身に付くものではないためである。また、2003年当時、実際に自分の足で現地を訪れ、採集をしながら現地に住む人々の話しも聞いてきた。最近になって発見されたものではなく、昔から闘魚として伝統的に利用されていたという事実もあり、独立した種類である事を裏付けるものであった。

photo_13-4-s

ベタ・マハチャイエンシスの若いオス個体。すでに色彩は現れているが、成長に連れて各ヒレは伸長し、尾びれは独特の形態となる。

記載論文によると、2007年から本種のサンプル集めを本格的に行い、それを元に研究が行われたようである。形態や色彩などの他、DNAの解析などが新種記載のキーになったようだ。論文によるとサンデーマーケットなどでマハチャイの名で入手したベタの中にはベタ・スプレンデンスとのハイブリッドも結構いたようである。実際、近縁であるスプレンデンスとは容易に交雑でき、そのハイブリッドが販売されているのも私自身で確認済みである。

本種の特徴は生息場所だけではない。その外見がもっとも大きな特徴と言えるだろう。それは尾びれの形態である。成熟したオスの個体では、尾びれ中央部の軟条がやや突出したような形態になるのである。ただ単に軟条が突出しているだけでなく、尾びれ全体の軟条がやや中央寄りに湾曲したような形態になるので、他の近縁種とは容易に区別できる。

体色はエメラルドグリーンに輝き、ややベタ・スマラグディナにも似ている。しかし、本種の方がやや大型になり、鰓蓋の色彩の入り方にも違いが見える。本種を含むスプレンデンス・グループのワイルド・ベタを同定する際には、鰓蓋の色彩は重要なポイントとなる。現在記載されているスプレンデンス・グループのワイルド・ベタは、スプレンデンス、インベリス、スマラグディナ、スティクトス、マハチャイエンシスの5種であるが、成熟したオスの鰓蓋の色彩を見れば、どの種類も容易に判別可能である。

photo_13-5-s

尾びれの特徴がよく現れているベタ・マハチャイエンシスのオス個体。このようにオス同士のフィンスプレッディングの際は独特のフォルムを楽しむ事ができる。

ベタ愛好家にとってはもう10年近く前から存在が知られている本種なのだが、今回新種として記載された事により再ブレイクしたようで、タイではテレビで紹介されたり、サンデーマーケットでは販売価格が上昇したりという現象が起きている。テレビで紹介された際に、本種の生息場所は破壊されたり、ハイブリッドができてしまい、純粋な魚は絶滅寸前だとかなり誇張された報道だったらしい。普段はベタなんてまったく興味のない人まで本種の事を知っていたので、やはりテレビは相当な影響力があるようだ。本種は5年前に発見されたばかりだとか間違った情報も報道されたらしい。タイのテレビは日本以上に適当なところがあるのでご愛嬌といったところであろうか。

photo_13-6-s

ベタ・マハチャイエンシスと良く似た尾びれの形態を持つジャイアント・プラカット。このような尾びれの形態は普通のプラカットでもたまに見かける。マハチャイエンシスの血が入っているのか、そうでないのかはDNAの解析でもしないとわからないだろう。

実際、本種の生息場所は自然が豊かな場所ではなく、人々の生活に極めて近い場所である。そのため生息環境の破壊といった影響を受け易く、生息場所や個体数が減少しているのも事実である。多くの人が本種に興味を持ってくれた今、生息環境の悪化を防ぎ、少しでも本種の生息場所の現状維持に気を配ってもらえれば幸いである。また幸いにも本種を入手する機会があったら、ぜひ繁殖させて種の維持に励んでいただきたい。

余談であるが、本種が記載された翌月、同じタイの学者達により、また新たな種類のスプレンデンス・グループのワイルド・ベタが記載された。ベタ・シャムオリエンタリスBetta siamorientalisである。タイのチャチェンサオ周辺に生息し、色彩的には非常にスプレンデンスに酷似している。このベタ・シャムオリエンタリスに関しては、また機会があれば本コラムで紹介することにしよう。


写真・文 : 山崎 浩二

第12回 「タイのクィーン・クラブ」

プー・デン
クィーン・クラブのオス。オスはメスよりもハサミが大きくなるので
雌雄の判別は容易である。オスのハサミは片側が大きくなり、
左右非対称である。

タイ東部のカンチャナブリはミャンマーとも国境を接しており、興味深い魚類層なので、よく撮影・採集に行く場所である。ただし、カンチャナブリと言ってもかなり広く、自分がフィールドワークに行く場所は、タイ最西端のサンクラブリ(Sangkhlaburi)という場所がメインである。ここへ行くには、バンコクから車で約5時間以上かかる。まずはカンチャナブリの市街まで3時間、ここから山よりへさらに1時間程車を走らせるとトンパプン(Thong Pha Phum )という場所に着く。長いドライブなので、この町でちょっと休憩したり市場を覗く事が多い。町の入り口には大きなカニのモニュメントがあり、否が応でも眼を引く存在である。初めてこの町を訪れたのは15年以上前になるが、このクィーン・クラブの像の前で記念写真を撮った思い出がある。その際にこのカニの話しを聞き、甲殻類好きとしてはいつか生息場所を訪れてみたいと考えていた。

プー・デン プー・デン
カンチャナブリのトンパプンという町にあるクィーン・クラブのモニュメント。
町の入り口付近に設置されており、ここを訪れた人は誰もが見る事だろう。
モニュメントの後ろにはシリキット王妃の写真も飾られている。

このカニの学名は、Thaiphusa sirikit といい、種小名にタイのシリキット王妃の名が付けられている。このモニュメントにある石碑には、英名でRegal Crabと名付けられていると書かれているが、実際タイの人々はこのカニの事をクィーン・クラブと呼ぶ事の方が一般的である。タイという国では王室を非常に敬っており、人々は親しみを込めてこのカニをプー・ラーチニーと呼んでいるのだ。プーはタイ語でカニ、ラーチニーとはクィーンという意味である。

プー・デン
クィーン・クラブの生息場所。
山の中にある湿地帯で、低木の下に住処の
穴が無数見られる。薄暗い場所では、
昼間でも驚かせなければ巣穴から出て
行動する様子が見られる。

本種は1992年にDemanietta sirikitとして記載されたが、属名は後に現在の属に変えられている。1994年には他の淡水性の3種のカニと共にタイの切手の絵柄にもなっている。

今から6年程前の7月、タイではちょうど雨期の真っ最中である。また仕事でこのトンパプンへ寄る機会があった。クィーン・クラブを観察するならこの時期が最適と聞いていたので、撮影に行く事に。しかし、生息場所は町からかなり離れた場所らしく、案内がいないと難しい状況であった。知り合いのつてで、何とか地元のレンジャーのおじさんまで辿り着き、一緒に案内してもらった。その生息場所は普通の観光客が絶対に行かないような山奥で、舗装されていない山道をしばらく走らないと辿り着けないような場所であった。自力では絶対に辿り着けなかっただろう。生息場所にはタイ語でそれらしく標識があり、湿地の上には人々が観察に歩けるように遊歩道が作られていたが、老朽化しており、あちこちに穴ぼこがあり、気を付けていないとかなり危ない。

プー・デン
クィーン・クラブの巣穴。好みの条件が
あるのか、近い場所に複数の穴があることが
多かった。穴の奥には水があるような
場所である。

プー・デン
水たまりの中に身を潜めるクィーン・クラブ。
このカニはヤマガニの仲間であるが、
完全には陸生生活に適応しておらず、
生きるためには水分が必要である。

そうこうしているうちにレンジャーのおじさんがシーっと話すなという合図をしてきた。指差す方向を見ると、白と赤の色彩を身に纏ったクィーン・クラブの姿が!まだ日中であるが、雨期で水がある状態では、昼間も活動するようだ。しかし、物音や人影には非常に敏感で、すぐに巣穴に引っ込んでしまう。一度隠れても、辛抱強く穴の前でカメラを構えて待っていると、しばらくすると顔を出してくれる。目が慣れて来ると、あちらこちらにクィーン・クラブの姿が。考えていた以上に生息密度が濃いようだ。もちろんこの場所が保護区で、誰も採ったりしないためにこの個体数が維持されているのだろう。かなり興奮状態で撮影をしていたのだが、湿地で薄暗い場所という事もあり、かなり蚊の数が多い。撮影のためにはじっと動かない状態でいなければならず、こうなると蚊のよい餌食である。帰る頃には手足がボコボコであった。

プー・デン
クィーン・クラブの色彩には変異があり、
赤い色彩の鮮やかな個体、白い色彩が目立つ
個体などがいる。食べている餌や年齢などに
よるものなのだろうか?

このトンパプンの町では、当時このクィーン・クラブを名物にしようという動きがあったようで、町のお店のあちこちでカニのイラストの入ったTシャツ、カニの置物などが売られていたが、現在では飽きられてしまったのかほとんど販売されていない。熱し易く冷め易いお国柄のようだ。
数年後、雨期ではなく乾期に同じ生息場所を訪れた事がある。老朽化した観察道はさらにシロアリなどに食われて壊れており、今ではほとんど人が訪れていないような状況であった。また以前は水気のあった湿地帯も乾期という事もあり、ほとんど乾いていた。クィーン・クラブの巣穴はあちこちに見られるが、以前のように出歩いている個体は皆無であった。数多くの巣穴を覗いて、たまに脚がちょっと見えるぐらいである。やはり生き物の観察には時期やタイミングは重要である。

プー・デン
同じ場所のさらに山よりの乾いた場所には
別種のヤマガニも生息している。異なる
環境を選ぶ事により棲み分けしているようだ。

ちなみにこの美しいカニをペットにしたいと思った方もおられる事だろう。しかし、残念な事にこのクィーン・クラブはタイ政府により手厚く保護されている。なので、飼育は不可能である。姿を見たいという方は頑張って現地で観察するしかないのである。


写真・文 : 山崎 浩二

第11回 「Betta sp. シアヌークビル」

プー・デン
Betta sp. シアヌークビルのフルサイズまで成長したオス。
尾びれにはスティクトスに似た不規則な黒斑が入る。腹びれは他の
種類に比べ、かなり長く伸長する。頬部の色彩もインベリスよりも
マハチャイに似ている感じである。

昨年の1月末、日本からOカメラマンが来タイし、一緒にカンボジア方面へと魚の探索に出かける事になった。自由に動けるタイに比べると治安も悪く、場所によっては地雷がまだ残っているカンボジアは、まだまだ淡水の熱帯魚に関しての情報が乏しい。いつもはタイ東部の国境からカンボジアのココンへと入り、その近場の周辺の探索だけだったが、さすがに数回通って目ぼしい場所の探索を終えてしまうと、次は新たな場所へと興味が向いてしまう。そんな状況であったから同行する人間が増えるのは良い機会であった。ラオス同様、カンボジアも車のチャーター代が非常に高く、同行する人間が増え人数割りできると経費節減になるからだ。日程や安全上の問題もあり、目的地はココンからさらに東へ向かったシアヌークビルに決まり、タイからカンボジアへと向かった。

今回の目的は魚全般と水草の撮影であった。タイの最東端であるハトレックの国境からカンボジアのココンへと入り、そこから車をチャーターして目的場所まで向かう。その途中で良さそうなポイントがあれば車を止めて採集と撮影をしながら進む。まずはココンの町から2時間ほど走った場所のブラックウォーターの川でクリプトコリネの観察である。ここのブラックウォーターの川はさらに二年程前に見つけた。この環境なら間違いなくクリプトコリネが自生しているはずと思い、森の中まで入って行き探索したところ、予想通り見事な群生を発見した思い出の川である。クリプトコリネの他には、コイ科の魚、ナマズの仲間など、シャム湾を挟んで対岸のマレー半島とほぼ同様の魚類層が見られる。こういうのを目の当たりにすると、マレー半島はインドシナ半島から分離していったという大陸移動説がかなり納得がいく。これでパロスフロメヌス属のリコリス・グーラミィやチョコレート・グーラミィでも見つかれば大発見なのだが、残念な事にまだお目にかかれていない。

プー・デン
クリプトコリネの花包。
色彩といい形態といい、マレー半島の
コルダータに非常に良く似ている。
インドシナ半島部からのこのタイプの
クリプトコリネの報告はそう多くはない
はずである。

プー・デン
ココン郊外のクリプトコリネの群生。
水は完全なブラックウォーターで、
同じ場所に生息している魚はマレー半島の
ものとかなり被る。
この場所にいるとカンボジアにいる事を
忘れてしまいそうな感じだ。

さて、話しをクリプトコリネに戻すと、この時期はちょうど乾期で水位も下がっていた事から水上葉へと変化している群生も多く、そういう場所では独特の花包を伸ばしている株も多かった。この花を見る限りではコルダータに近いか同種かと思われるが、精査はしていないのではっきりした事は言えない。しかし、群生の中に咲く可憐な花はいつ見ても美しく見とれてしまう。
さて、道中も長いので撮影を終えたらまたすぐに移動である。めぼしい湿地や川を見つけたら網を入れてみるが、ベタは地味な色彩のプリマばかりで、泡巣を作るスプレンデンス・グループの魚は全く採集できない。

プー・デン
シアヌークビル近郊のBetta sp.生息場所。
ブラックウォーターではないが、うっす
らと色がついた水で弱酸性の軟水である。
やたら水ヒルが多く、それさえいなけ
れば採集も楽しいのだが。
湿地にはホシクサの仲間が数多く
自生している。

そうこうしているうちにシアヌークビルの辺りまで到着。また目に付いた湿地で網を入れてみる。すると何やら真っ赤な小型の魚が採れた。見た目はボララス・メラーかブリギッタエのような鮮やかな赤であるが、ラインなどの特徴はウロフタルモイデスである。タイ南部やバンコク近郊でウロフタルモイデスは何度も採集しているが、ここまで真っ赤な個体は初めて見た。環境や時期によるものなのか、産地による色彩変異なのか興味深い。

次にさらに興味深い魚が網に入って来た。それはお目当てのスプレンデンス・グループのワイルド・ベタである。今までかなり色々な場所で網を入れて探索をしてきたが、ココンからシアヌークビルまでの間では全く見つからなかった魚である。生息場所らしき場所で網を入れても入って来るのはベタ・プリマばかり。プリマに恨みはないが、同じ魚ばかりだと全く感動がなくなり、採れてもビニール袋に入れる事もなくリリースとなってしまう。

さて、やっと本気になれる魚が見つかり、みんなでその湿地の浅い場所をガサガサと網で掬う。何が始まったのかと近所のおじいちゃんが声をかけて来た。採れた魚を見せたら、こういう魚だったら小さい手網よりもこのネットの方が採り易いと、大きなサランのネットを持って来て貸してくれた。しかし泳ぎ回る魚には効果的かと思われるそのネットは、草の間に隠れているベタにはあまり効果がないようで、あまり役に立たなかった。でも、現地の人のそういう親切には心から感謝である。日が暮れるまで採集したが、個体数は少ないようで、その日はあまり多くは採集できなかった。

プー・デン
オス同士でフィンスプレッディングする
Betta sp. シアヌークビル。
闘争時などに興奮するとオスの体色は黒み
を増す。ヒレのブルーやグリーンの色彩は
さらに鮮やかになり、平常時とは全く
印象の異なる魚へと変身する。

その晩はシアヌークビルの安ホテルに宿泊し、部屋でそのベタを見直す。最初はワイルドのスプレンデンスと思っていたのだが、どうも体色が異なるように感じる。そうなるともっと欲しくなるものだ。翌日ココンへと戻る途中、再度同じ場所でベタの採集を試みるが、やはり個体数は多くなく、前日の分と合わせても全部で20~30匹ぐらいしか採集できなかった。しかも残念な事に、この採集行を終えバンコクまで戻った時点で元気に生き残っていたのは僅かに5匹ほど。この魚は同行したOカメラマンにより大切に日本へ持ち帰られた。その後成長したこのベタは大きく変貌を遂げたようである。鰓蓋にはスプレンデンスの特徴である2本の赤い縞はなく、インベリスのように青く染まる。ヒレの色彩パターンもインベリスによく似ている。タイの南部にはインベリスも生息しているが、インドシナ半島部からは報告されていない。やはりクリプトコリネ同様、インドシナ半島とマレー半島が遠い昔にくっついていたと考えるとすべてのつじつまが合う。

今年の5月、幸いにもまたカンボジアのシアヌークビル方面へ行く機会があった。すぐに思いついたのはあの謎のスプレンデンス・グループのベタの事である。今度はもっと慎重に輸送し、自分で日本へと持ち帰り、撮影がしたい。そう考えて以前の生息場所を訪れると、水位は高くなっているものの、ほぼそのままでその場所は残っていた。

早速網を入れるが、やはり個体数は多くはなく、そう簡単には採れない。前回はそこそこ採れた赤いボララス・ウロフタルモイデスは全く見られず、採集できなかった。同じ場所でも季節が異なるとかなり見られる魚類層は変化してくる。フィールドでの探索の場合、一回網を入れた場所でも季節が変わったらもう一度トライする必要があるのはこうした事があるためだ。

プー・デン
Betta sp. シアヌークビルのメス個体。
オスに比べるとヒレも短く色彩も地味である。
総排泄口付近に白い突起が目立つのは
スプレンデンスなどのメスと同様である。

そうこうしているうちに念願のベタが網に入って来た。今回のは前回に比べやや大きめである。すでに色が出ている個体もいるが、やはり頬はブルーで赤いラインは入っていない。この湿地には大きなヒルが山ほどいて、それが足に喰い付き、採集に集中できない原因となる。水から上がったらまずはヒルの確認だ。がっつりと喰い込まれる前に引っ剝がさないと、後で血まみれになってしまう。こうした苦労に遭いながらも採集を終え、今回はほぼすべて元気にバンコクへ持ち帰ることができた。

その中から厳選した魚を日本へと持ち帰り、大切に飼育し、ほぼ完璧まで育て上げ、撮影したのが8月の終わりである。今回飼育していて思ったのは、このベタはインベリスと似ているが、いくつかの点で異なっている。これが別種とする根拠になるかは不明であるが、地域変異レベルとしては間違いなく区別はできる。まず一番に異なるのは尾びれの模様だ。本種では尾びれの上の部分を中心に不規則な黒斑が入る。個体によってはベタ・スティクトスに似たような入り方をしている。頬のブルーや体側へのブルーの入り方もインベリスとは異なっている。サイズもインベリスよりも大型になり、腹びれはよく伸長し、かなり長めのイメージとなる。自分の知る限りでは、タイのクローンヤイ(シアヌークビルとは約150km離れている)に生息するスプレンデンスがこの魚とはもっとも生息場所が近いが、全くの別物である(タイのスプレンデンスに関しては本コラムのバックナンバーをご覧頂きたい)。

プー・デン
Betta sp. シアヌークビルのオス。
この個体は前2枚の写真とは別の魚である。
尾びれの上部に不規則な黒斑が入る
特徴は一緒である。
闘争を始めたばかりでまだ興奮が浅いため、
体色はやや薄い。

このベタは現在記載されているスプレンデンス・グループのどのワイルド・ベタとも異なる特徴を持っている。こうした細かい特徴は現地で網で掬っただけでは見えないものである。改めて水槽内で飼育し観察する事の大切さを思い知らされた。現在、このベタに関しては、ヨーロッパの知り合いの魚類学者に問い合わせているところである。何か興味深い知見でも得られたら、再度このコラムで報告したい。

幸いな事にこのベタの飼育は難しくなく、特に水質を調整しなくても飼育は可能である。ただし、他のスプレンデンス・グループの魚に比べるとやや臆病で、物陰に隠れがちである。そのために撮影には苦労させられた。繁殖も特に難しくなく、日本のハイマニアの手によってすでに成功済みである。他のワイルド・ベタに比べると、注目される事の少ないスプレンデンス・グループの魚ではあるが、ぜひ観賞魚として普及していって欲しいものである。


写真・文 : 山崎 浩二

第10回 「ラオスのプー・デン」

プー・デン
プー・デン(赤カニ)と呼ばれるが、
体色は真っ赤ではなく、脚や甲に赤みが
あるぐらいだ。体色は個体差があり、
色彩が鮮やかな個体、地味な個体がいる。

昨年の11月、ラオスのサワナケートに撮影に出かけた際に市場でヤマガニが食用として売られているのに出会った。自分の場合、新しいフィールドを訪れた際には近隣にある市場に出向いてみる事にしている。そこに商品として並んでいる魚やカニ、エビ、昆虫その他の生物を確認することにより、その場所にどんな生物が棲息しているのか大凡の情報を得る事ができるからだ。また、活気のある市場はその地の人々の生活を垣間みる事ができるため興味深い。

プー・デン
ラオスのサワナケートの町中の市場で
売られているプー・デン。
ここでの出会いが今回の生息場所行きへの
きっかけとなった。

さて、その市場で見つけたヤマガニは大きなタライに無造作に山ほど入れられていた。聞くとこの近くで採れるらしい。美味しいから買っていきな!と言うおばあちゃんの脇で孫とおぼしき少女がはにかんで我々を見ている。せっかくなので、サンプルとして買う事にしたのだが、ごちゃっと入れられているために脚が欠損している個体が多い。やはり完品が欲しいので、そのカニの山を引っくり返しては綺麗な個体を選ぶ。そんなお客はいないのか、珍しがってギャラリー達が集まって来てああだこうだ言い始める。そんな喧騒を楽しみながらカニを選び、買ったカニはズタ袋に入れてもらった。

プー・デン
プー・ナーと呼ばれるタガニ。
英名でもライスフィールド・クラブと
呼ばれる。
タガニも東南アジアには何種類かいる
ようで、タイで見られる種類とは異なる。

たまに水を掛けたりしながら陸路数日かけてタイのバンコクまで戻ったのだが、数十匹いたカニは少しずつ死んで行き、最終的には2匹だけになっていた。やはり1匹ずつパッキングして喧嘩しないようにしないとダメなようだ。さらにこれを日本に持ち帰る頃には1匹だけになっていた。うーん残念、これを教訓に次は殺さないように輸送しなければいけない。

今年の5月、幸いにもまたラオスに行く機会があった。あのヤマガニの生息場所に行き、自然での様子を見たいと思い、顔なじみのドライバーにちょっと情報を集めてもらった。

プー・デン
サムローと呼ばれる3輪車が今回の我々の
足であった。この車は通常の車が入れない
ような細い悪路では威力を発揮するのだが、
今回のような長距離の移動には向いていない。
毎度の事なのだが、今回も途中でエンジンが
止まり何度か休憩するハメに!

プー・デン
プー・デンの生息場所。
深い山の中と思いきや、小高い丘のある
水田地帯であった。地面に開いた穴の数を
見る限りではかなり棲息密度は濃い。

ラオスの市場に並ぶ食用のカニは2種類いるそうだ。もっとも一般的なのは、プー・ナーと呼ばれるタガニである。これは日本のアメリカザリガニのような生態をしており、水田や湿地に棲息し、その脇に穴を掘って住処にしている。タイでも田園地帯では普通に見ることができる。水の汚れにも強く、バンコクのドブに棲息しているのを見た事もある。

もう1種類は今回の目的でもあるプー・デンと呼ばれるヤマガニである。ラオスの言語は非常にタイ語に近く、共通の言葉も多い。タイ語でもラオス語でもカニはプーと呼ぶ。そこに修飾語で赤いという意味のデンと言う言葉が付き、プー・デン=アカガニとなるのだ。ちなみにプー・ナーの方のナーというのは水田を意味し、田んぼのカニ、タガニとなる。

プー・デン
プー・デンの雌個体。
他のヤマガニでは雄の方がハサミが大き
かったり雌雄差があるのが普通だが、
本種ではほとんど雌雄で差は見られない。

調べてもらったところ、プー・デンはサワナケートの町からサムローと呼ばれるバイクに荷台を取り付けた車で4〜5時間程の場所で採れると言う。乗り心地の良い乗用車ならともかく、乗っているだけで疲れるサムローで4時間というのはかなり厳しい。とはいえ、ここラオスでは車のチャーター代が非常に高く、普通の車を1日借りたら1万円近くもするのである。貧乏カメラマンにはこの出費は痛い。サムローならその数分の一で済む。我々のために情報を集めてくれているのは、昔からこの場所で馴染みにしているサムローのドライバーなので、彼を使う事にした。

前日打ち合わせをすると、彼は朝6時に我々を迎えに来るという。確かにその時間に出発しても目的地に着くのは10時か11時である。完全な夜型の自分は早起きは苦手であるが、翌日はちゃんと起きて7時前には出発した。途中雨に降られるは、車が故障するはで、目的地に着いたのは12時近くであった。ぬかるんだ未舗装の道路は想像以上にデコボコしていて、ちゃんと掴まっていないと天井に頭ぶつけたり車から放り出されてしまう。着いた頃にはもうヘトヘトであった。

プー・デン
この辺りではカニ採集は女子供の仕事らしく、
男連中は採集には手を出さなかった。
ちょうど雨が降って乾いた田んぼに水が溜まり、
土が軟らかくなっていたため採集は楽であった。

ヤマガニ採りというので、もっと標高の高い山の中なのかと思っていたら、着いた場所はちょっと小高い丘がある田園地帯であった。ここにドライバーの知り合いの家族がいて採集を手伝ってくれるそうである。挨拶もそこそこにプー・デン採りに案内してもらう。山の中を長時間歩く事を覚悟していたのだが、家の裏の田んぼの脇で採れるそうである。ちょっと拍子抜けであったが、ここまで来るだけで疲れていた身にはラッキーだった。カニ採りはここでは女子供の仕事のようである。おばあちゃんやおばちゃん、子供達が一家総出で採集を手伝ってくれた。

プー・デン
プー・デンも多くのカニ同様に夜行性である。
昼間は穴の奥深くにいるが、夜になると
穴から出歩き餌を探す。穴の深さは大人の腕の
長さぐらいある。

教えてもらうと水田の脇にカニの住処の穴がたくさん開いている。そこを掘るとカニが出て来るのである。みんな泥だらけになりながらカニ採集をしてくれた。大きいのや小さいのがいるいる、これだけの密度でいれば食用に出来るのも納得である。水に近い場所には雌が、やや水場から離れた場所には雄が多いようであった。ちょうど繁殖期なのか、雌は腹部に大きな卵や子ガニを抱いているものも多かった。資源保護のためにもちろん子持ちはリリース。小一時間で目的の数は集まり、今度は喧嘩しないように1匹ずつ個別にプリンカップに収容した。

写真も撮れたし満足なのだが、またここから4時間以上かけて宿まで戻るのはちょっと憂鬱であった。その夜は疲れと満足感で爆睡したのは言うまでもない。


写真・文 : 山崎 浩二

第9回 「マハチャイのムツゴロウ」

クラウンテール・ベタ
雌雄で闘争するムツゴロウ。ブルーの大きな背びれを持つのが雄で、
黄色い背びれの個体が雌である。

タイのバンコクからそう遠くない場所にマハチャイという地域がある。
海に面したひなびた港町だ。魚好きならこの町の名前は聞き覚えがあることだろう。というのは、この場所のニッパヤシなどの生える汽水域からワイルド・ベタが発見され、ベタ好きの間では非常に人気の高い種類となっているからである。ベタ・マハチャイと呼ばれるこの魚は比較的コンスタントに日本にも輸入され、親しまれている。

鉄道好きの方なら、マハチャイ駅を思い浮かべることだろう。この駅は非常に変わった駅で、線路のすぐ脇まで屋台の野菜売りなどが接している。電車が通らない際など線路の上までお店になってしまうのである。電車が近づくと慌てて屋台を撤去させるという具合なのだ。見ていると危なっかしいが、ここの住人達は手慣れたもので、鉄道とうまく共存している。この様子が珍しく、たまにテレビなどで紹介される事もある有名な駅なのだ。

 

クラウンテール・ベタ
水際で敵を警戒するムツゴロウ。
驚くと水面を跳ねるようにジャンプして
対岸へと逃げて行く。

クラウンテール・ベタ
干潟の泥の上を這い回りながら、
表面にある珪藻類を食べる。
首を左右に振りながら餌を食べる様子は
ユーモラスである。

最初にこの町を訪れたのは、ベタ・マハチャイの採集と生息場所の撮影であった。その後もたびたびベタ好きの知り合いをこの町に案内してきた。また新鮮な海産物が非常に安く買えるので、シーフードを食べに来たり買い物に来たりもしていた。
そんなこんなで通い慣れた町になっていたのだが、ある時マングローブの生える場所をさらに下流まで行った場所で、小さな干潟を見つけた。干潟には無数のシオマネキがハサミを振って踊っており、何かトビハゼのような魚がジャンプしている。近づいてよく見てみるとそれはトビハゼよりもやや大型で体側に無数のブルーのスポットを持つムツゴロウであった。
日本ではもう九州の有明海の一部でしか見る事のできない珍魚である。それが目と鼻の先で観察できるのだ。泥の上を器用にヒレを使って歩き回り、泥上の藻類を首を振りながら食べている様子は見ていて飽きない。たまに2匹が近づくと大きく背ビレを広げて威嚇し合い、ジャンプして闘争する。

クラウンテール・ベタ
巣穴から這い出て餌を採るムツゴロウ。
頬を膨らませた表情は非常に愛らしい。

クラウンテール・ベタ
遊泳するムツゴロウ。魚のくせに泳ぐのは
そう得意ではないようだ。

カメラマンとしては、撮影したくてウズウズしてくるシチュエーションだが、この時は残念な事に一眼レフのカメラを持って来ていなかった。手元にあるのはコンパクト・デジカメだけである。さすがにズームしても画面いっぱいに魚を捕らえる事はできない。日本のムツゴロウに比べると警戒心が薄いとはいえ、やはり近づくとピョンピョンと跳ねて逃げていったり、巣穴に潜ってしまう。炎天下の干潟でじっとムツゴロウを待つのは辛いが、手持ちの機材で何とかするのもプロの仕事である。
ジリジリと照りつける日差しの中、ムツゴロウに気配を察知されないように、じっと石になる。しばらく待つと、安心したのか巣穴から出て来て、餌を食べ始めたり、闘争したりという自然な姿を見せてくれた。


クラウンテール・ベタ
ムツゴロウの棲む干潟には片方のハサミが
大きく発達したシオマネキの仲間が各種見ら
れる。このカニの様子を観察するのも楽しい。

とりあえず、撮影した写真を今回紹介するが、やはりコンパクト・デジカメの限界は否めない。次回はちゃんと一眼レフのカメラを抱えて、ムツゴロウの観察に行きたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第8回 「クラウンテール・ベタ」

クラウンテール・ベタ
伸長した軟条(レイ)がバランスよくクロスする尾びれを持つ魚を
クロスレイ・クラウンテールと呼ぶ。クラウンテール・ベタの中では
最高峰とされ、そのフォルムは見事である。

昨年の秋、タイが洪水の被害に遭っていた事は日本の報道でも嫌という程放送されていたので、日本の方でもご存知だろう。ちょうどその最中、私はタイに滞在していた。
ベタを初めとする熱帯魚のファームの多くは、バンコクから車で二時間程の場所にあるナコンパトムという辺りに集中している。洪水騒ぎの初期はこの辺りはまだ被害を受けていなかったのだが、次第に水はこの辺りまで浸水してきて、かなり多くの熱帯魚ファームが被害を被ったようである。

懇意にしているベタのファームがここにあり、近くを通りかかったので連絡をしたところ、ベタのビンを並べている辺りまで水が来たので、数万本のビンを移動させていて忙しいという話しが返って来た。あれだけのベタの入ったビンを移動させるのは大変な労力である。繁殖用の場所も使えなくなったので、しばらくはブリーディングもストップしなければならないそうである。天災(人災?)とはいえ、お気の毒な話しである。せっかくベタを見に行こうと思っていたのだが、こんな状況の中をお邪魔したら迷惑なだけである。

クラウンテール・ベタ
ブラックとホワイトの色彩が美しい
クラウンテール・ベタ。尾びれのレイの開き方は
まだまだであるが、全体のバランスは悪くない。

クラウンテール・ベタ
今回訪問したベタ・ファーム。他のファーム
同様、ウィスキーの瓶を利用して1匹ずつ 育成
している。
ずらっと並んだベタの瓶の上は人が歩いても
平気である。

ということで別なファームに連絡してみたところ、うちの辺りはまだ大丈夫なので、ぜひ寄ってくれという有り難い返事が返って来た。

このファームでは流行のハーフムーンではなく、クラウンテール・ベタを主に殖やしている。それも普通のクラウンテール・ベタではなく、コンテストレベルの魚がメインである。普通のクラウンテール・ベタと区別するために、こうしたクラスの魚はショー・クラウンと呼ばれる事もある。挨拶も早々に、すぐにベタのビンの上を歩き、魚を見せてもらう。あまりバンコクのサンデーマーケットなどのベタ屋では見られないような極上の魚がいっぱいいる。ベタ好きとしては、こんなハイグレードの魚を見せられたら涎ものである。久々にクラウンテール・ベタの撮影をしたいという意欲が湧いて来た。値段を聞くと、卸し価格とはいえ、想像以上の値段である。もちろん知り合いなので、かなり値引きしてくれているのだが、それでも並のハーフムーンの数倍はする。魚のグレードからすると納得の価格なので、厳選した10匹ほどをいただいてバンコクに戻って来た。

クラウンテール・ベタ
尾びれのレイのバランスや広がりは今ひとつ
であるが、ブルーとイエローのマーブルという
色彩は比較的珍しい。

クラウンテール・ベタ
ブラックのボディにレッドのヒレというバイカラー
の色彩のクラウンテール・ベタ。
尾びれの開きもよく、二本に分かれたレイの
広がりがもう少しあればクロスレイとなる。

さて、値段の話しになったので、ここでタイでのベタの値段の話しをちょっとしてみよう。ベタの本場タイでは、並ベタと呼ばれるトラディショナル・ベタが最も安い。次に安いのがクラウンテール・ベタである。
次にプラカット、ハーフムーン・ベタ、ジャイアント・プラカットが続く感じである。ただし、これはその品種でも並クラスの魚の値段で、それぞれのコンテストクラスの魚はこの限りではない。この値段の差というのは、管理の楽さに比例しているようだ。体質的に強健なトラディショナル・ベタやクラウンテール・ベタはブリーディングも容易でロスも少ない。それに対して、ハーフムーン・ベタ等は飼育にも手がかかり、ヒレが痛んだり形が悪かったりというようにロスも大きい。これが値段の差に結びつくのである。

クラウンテール・ベタ
この魚も尾びれのレイのバランスや開き具合は
そう良くないが、フォルム的にはかなり美しい。
ブルーのバタフライとマーブルという色彩も
見事である。

丈夫で価格も安価というのは買う側にとって都合がよいと思われがちであるが、趣味の世界ではそうはいかない。マニアにとってはワンランク下の魚と見られてしまい、悲しいかな低く扱われてしまう事が多い。

多数のベタ・ショップが立ち並ぶサンデーマーケットでも、なぜかハイグレードのクラウンテール・ベタを見る機会はそう多くはない。人気自体がプラカットやハーフムーン・ベタに比べると低いというのがその主な理由であろう。しかし、このファームで見たようなハイグレードの魚があまり市場に出回っていないというのも少なからず不人気の理由になっていると思われる。実際、今回写真で紹介したような、クロスレイ・タイプのクラウンテール・ベタはほとんど店では見かけない。このようなハイグレードの魚がもっと市場に出回れば、もう少し人気が出るのは間違いないと思われる。ただし、いつの間にか普及してしまったハーフムーンのようには量産できないらしく、そのためにまだまだ価格的にも高価なのは致し方ないところであろう。


写真・文 : 山崎 浩二

第7回 「空中で生活するカニ」

ゲオセサルマ・クラティング
葉っぱの上で獲物を待つゲオセサルマ・クラティング。
生息場所ではこうした光景があちこちで見られる

以前にこのコラムでインドネシアのゲオセサルマ属のカニを紹介した。自分がフィールドワークの基地としているタイにも本属のカニが2種類生息しているという。甲殻類好きとしては、ぜひこのゲオセサルマ達の自然での生活を見てみたいと思い、記載論文を入手して、その生息場所を探してみることにした。
まずは何度も採集に訪れて土地勘もある地域に生息しているというゲオセサルマ・クラティング(Geosesarma krathing)を探索する事にした。本種はタイ東部のチャンタブリという場所に生息している。この場所は自分が20年程前に初めてタイを訪れた際に採集に来た場所である。その際に未記載種のベタを見つけたのが、東南アジアでのフィールドワークにのめり込むようになったきっかけである。このベタは後にベタ・プリマという学名に記載された。ベタの他にも、珍しい水草が豊富に生息している湿地もあり、幾度となく撮影に訪れている思い出深い地域なのだ。

ゲオセサルマ・クラティング
獲物を待つ際にはこのようにやや幅のある
葉っぱの上でじっとしている。
普段は敏捷なのに、この際は触っても逃げ
ない程大胆になる

ゲオセサルマ・クラティング
植物の茎を登っているところ。小型なだけ
あってかなり身軽に行動できる。
日が暮れるとこのように登って葉っぱの上に
移動する

記載論文を読むと、ゲオセサルマ・クラティングは、現地でカオ・カティンと呼ばれる滝付近に生息していると書かれている。種小名のクラティングはこの生息場所から名付けられている。タイ語の発音に習うと、クラティングではなくカティンと呼ぶ方が良いかもしれない。
生息場所の情報を入手して、カオ・カティンを訪れたのが約1年前。その際にはどのような場所に生息しているのかが分らず、滝の上流の渓流近くを探したのだが残念ながら出会う事はできなかった。その半年後にもまた探索を行ったのだが、またしても出会う事はできなかった。生物を探す際には、一度その生息環境さえ理解してしまえば、次は比較的容易に見つけることができるのだが、その最初の一歩に辿り着けなかったのである。
今年の10月、タイを訪れた際にふと入った本屋で見つけた雑誌にこのゲオセサルマ・クラティングの記事が載っているのを見つけた。すべてタイ語なので、自分には全く書いてある内容は理解できない。知り合いのタイ人に読んでもらうとかなり有効な情報が書いてあるようだった。幸いにもこの雑誌の編集長だったノン氏は自分の知人である。すぐに電話してこのカニの情報を得る事ができた。その情報を元に再々度のチャレンジである。今回は現地で本種を知っているという方の連絡先まで教えていただいたので、容易に生息場所まで辿り着く事ができた。持つべき物は友である。
彼らの生息場所は滝のある渓流のような場所ではなく、山間の湿地のような場所で、アロカシアなどの植物が茂っている環境であった。いくら渓流沿いを探しても見つからないはずである。探していた場所が間違っていたのである。

ゲオセサルマ・クラティング
植物の上を忍者のように渡り歩く。
このような行動はハエトリグモや昆虫の
ようである

ゲオセサルマ・クラティング
ゲオセサルマ・クラティングの雌。
雄は雌よりも大きなハサミを持っている。
雌は卵を腹部に抱くので、幅が広くなっている

日が暮れた生息場所に案内してもらうと、すぐに草の上に登っている本種に出会う事ができた。初めての出会いに興奮して撮影していると、次々に腰の丈程もある草の上でじっとしている本種に出会う事ができた。想像以上の生息数であった。大型個体ほど高い場所にいて、小型個体はやや低い場所にいる。草に登っている途中のカニもたくさんいる。他の同属の種類同様、本種も成体で甲幅が15mm程の小型種であり、身軽なようだ。普通夜行性のカニは光を嫌い、ライトを当てると嫌がって逃げるものだが、このカニは全く逃げもしない。数多くのカニを撮影してきたが、こんなに撮影が楽なカニは初めてである。
しばらく観察していると、なぜ彼らが葉っぱの上でじっとしているのかが理解できた。撮影のために照らしていたライトに蛾が飛んで来たその時、彼らが俊敏に動き、その蛾を捕らえて食べ始めたのだ。試しに他の小さい虫を目の前に落とすと、やはり素早く動いて捕らえた。そう、彼らは葉っぱの上で餌となる昆虫を待っていたのである。その生態はカニというよりも、ハエトリグモやカマキリのようである。
さらに観察していると、彼らは草に付いた夜露をなめている。水分の補給は水に入るのではなく、草の露に依存しているみたいである。草の上で脱皮直後のカニも見つける事ができた。陸上生活に適応したアカテガニでさえ、脱皮の際には水中に入る。本種は完全に水中での生活から陸上での生活に適応しているようだ。
案内していただいた方に聞くと、本種の繁殖時期は1月から4月という事である。この時期はタイでは乾期のまっただ中だ。幼生が海に下るのではなく、大型の卵の中で発生が進んだ段階で孵化する大卵型の繁殖をするという事だが、どのような繁殖生態なのか興味深い。来年の繁殖シーズンに再度訪れて観察する予定である。

ゲオセサルマ・クラティング
バッタを捕らえたカニ。小型で動く物なら
何にでも反応して捕食するようである

ゲオセサルマ・クラティング
蛾を捕らえて食べるカニ。
獲物を捕らえる際には持ち前の
俊敏さを見せる

ゲオセサルマ・クラティング
葉っぱの上で脱皮を済ませたカニ。
水気のない場所で脱皮するカニは非常に
珍しい

ゲオセサルマ属のカニの中には、孵化した子ガニをヤドクガエルのように背中に抱く種類も知られている。またマレーシアにはウツボカズラの中を生活の場としている種類もいる。
ペット用としてインドネシアから輸入されている本属のカニ達も現地では興味深い生態を持っているに違いない。
海産起源のカニがどのように淡水での生活に適応し、さらには陸上生活に移行しようしているのかは非常に興味深い。
また新たな知見があれば、このコラムで紹介したい。


写真・文 : 山崎 浩二

第6回 「ベタの原種」

ベタ・スプレンデンス
【闘争】
雄同士で闘争するタラット産のベタ・スプレンデンス。
闘争時にはきらめく体色を見せる

数多くの色彩やヒレの形が楽しまれているベタであるが、派手で大きな綺麗なヒレを持っているのはすべて人により作り出された改良品種である。あまり紹介される機会の少ない原種ベタ(Betta splendens)は、ヒレも小振りで色彩も改良品種ほど派手ではない。 この原種ベタは、元々はタイの平野部に広く分布していたようである。しかし、人々の生活による生息場所の破壊により、現在では一部の地域でしか見る事ができなくなってしまっている。
また、改良品種が自然に放たれた事により交雑してしまい、本当の意味での原種を見つける事は非常に難しくなっている。
改良品種の元になっているベタ・スプレンデンスの原種がバンコクを中心とするタイの平野部に生息するのに対し、タイ東北部には近縁種のベタ・スマラグディナ、タイ南部にはベタ・インベリスが生息している。またバンコク近郊の汽水域にはベタ・マハチャイと呼ばれる未記載種も生息している。これらの種類は近縁な事から飼育下ではベタ・スプレンデンスとの交雑も可能である。

ベタ・スプレンデンス
【雌】
雄に比べると各ヒレが短く、色彩も地味である。
繁殖時には体側に不規則な横縞が現れる

ベタ・スプレンデンス
【求愛】
雌(写真奥)に求愛するクローンヤイ産の
若いベタ・スプレンデンスの雄。
闘争時同様に赤や青の色彩が濃くなり、
魅力的な色彩に変身する

一昨年の暮れ、このベタ・スプレンデンスの原種を撮影したいとの依頼が某国営放送の知人から連絡が入って来た。海水魚がテレビで取り上げられる機会は多いが、淡水の熱帯魚が放送される機会はほとんどない。これは一般の人に熱帯魚の魅力を知ってもらうチャンスと思い、喜んで仕事を引き受けた。昨年3月中旬から4月中旬まで、この撮影のためにタイ東部のベタ・スプレンデンスの原種の生息場所に滞在し、現地のフィールドの案内の他、飼育や繁殖のアドバイスをしてきた。この番組は昨年の9月に、ダーウィンが来た!生きもの新伝説「空気の魔術師 闘魚ベタ」で放送されたので、見た記憶のある読者の方も多い事だろう。
一般の方向きに編集してあるので、ちょっとマニアの方には物足りなかったかもしれないが、ベタという魚を知ってもらうには良い機会であった。

ベタ・スプレンデンス
【雄】
タイ東部タラット産のベタ・スプレンデンスの雄。
数は非常に少ないが、たまにこのように
尾びれの形が異なる魚も見られる

ベタ・スプレンデンス
【生息場所】
タイ東部クローンヤイのベタ・スプレン
デンスの 生息場所。
岸際の浅い場所の草の間に生息している

ベタ・スプレンデンスの原種の生息場所は、草の茂った浅い湿地や水路である。あまり深い場所には生息しておらず、水際の草の陰など浅い場所を好む。
水が引き水位の下がった乾期に同じ場所に泡巣を作り繁殖する。繁殖期のオスは体色が濃くなり、ヒレの色彩も美しくなり、見違えるように変身する。色彩的にはややベタ・インベリスにも似るが、頬に赤いラインが2本入るのがベタ・スプレンデンスの特徴である。

最近になり、多少このベタ・スプレンデンスの原種が輸入されるようになっているので、興味のある方は飼育にチャレンジしていただきたい。
飼育は容易で、雌雄揃っていれば興味深い繁殖まで楽しめる。餌はあまり人工飼料を好まないので、生き餌や冷凍赤虫が適している。


写真・文 : 山崎 浩二

第5回 「ディープレッドバンパイア・クラブ」

ディープレッドバンパイア・クラブ

今回ここで紹介するのは、インドネシアの淡水域に生息するゲオセサルマ(Geosesarma)属のカニである。
以前この仲間はイワガ二科(Grapsidae)に置かれていたようだが、現在ではベンケイガニ科(Sesarmidae)に置かれている。ベンケイガニ科というと、日本でもペット用として馴染み深いアカテガニが含まれているグループである。甲羅の形がサワガニなどに比べて角張っているのが、この仲間の共通点である。
アカテガニやベンケイガニ、クロベンケイガニなどは、海水から汽水域、さらに淡水域まで生息域を広げることもあるが、基本的に卵から孵化した幼生は海で育つ。この科に属するカニのほとんどが海産で小卵型である。それに対して、ゲオセサルマ属のカニ達はさらに陸上に向けて適応し、淡水域で一生を終える陸封型の繁殖形態を身に付けている。やや大きめの卵を産み、幼生時代を卵の中で過ごし、子ガニの形になって孵化してくる。

ディープレッドバンパイア・クラブ

マレーシアやシンガポールに生息している種類などでは、さらに特異な方向へと進化を遂げている。水辺ではなく、ウツボカズラの中の水を生息場所としているのである。
このように生態的にも非常に興味深いが、本属のカニで特筆すべきはそのサイズである。ほとんどの種類で甲羅の幅が2cmを越えない。カニとしては非常に小型種揃いなのである。
本属のカニはフィリピンからインドネシア、マレーシア、タイにまで広く分布し、50種類近くが記載されている。その中でもインドネシア産の数種類はここ数年コンスタントに入荷するようになっている。
カリマンタンレッド・クラブやバンパイア・クラブなどが代表種といえるが、同じインボイス名で異なった種類が入荷することもあるので、注意が必要である。

ディープレッドバンパイア・クラブ

今回、写真で紹介している種類は、同じくインドネシアからインボイス名レッドカーニバル・クラブで来たものだが、日本ではディープレッドバンパイア・クラブの名称で親しまれている。ゲオセサルマ属であるのは間違いないが、学名は今のところ不明である。同じ便で届いた個体は、色彩的に非常に変異に富んでおり、甲が真っ赤に染まる個体、半分だけ赤くなる個体、ややオレンジ色になる個体、まだら模様が入る個体などが見られる。こうした個体による色彩変異は、バンパイア・クラブなどにも見られる。
この仲間は小型なので、飼育も難しくない。飼育の際には小型のプラスチック・ケースやオールグラスの水槽などを使用するとよいだろう。浅く水場を作ってやり、陸上の方を広くしてやる。観察していると、普段は水の中にいるのを嫌い、陸上の方にいる事の方が多い。砂利と流木だけのシンプルなレイアウトでも十分飼育は可能だが、苔やミニ観葉などでミニテラリウムを作ってやると見栄えもいいし、カニ自体も隠れ場所ができて落ち着く。
飼育の際に注意したいのは脱走である。本属のカニは非常に運動能力に優れており、かなり動きは敏捷である。例えていえば、ゴキブリ並みの早さで走り回る。またいとも簡単にエアーチューブなどを上って水槽から脱走する。そのため飼育容器には隙間のないようにきっちりと蓋をしておこう。

ディープレッドバンパイア・クラブ ディープレッドバンパイア・クラブ

餌は魚用の人工飼料や冷凍赤虫など、何でも良く食べるので、食べ残しのないように少しずつ与える。
雌雄の判別も容易である。オスではハサミがやや大型になるのに対し、メスはあまり大きくならない。また腹部の通称カニのふんどしと呼ばれる部分を見れば一目瞭然である。三角で細いのがオスで、丸く大きいのがメスである。雌雄を飼育していれば、水槽内で交尾し、産卵も行われ、繁殖も可能である。
小型水槽でも手軽に飼育でき、コレクション性も高いゲオセサルマ属のカニは、これからもっと普及していくであろう。その魅力をいち早く体験していただきたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第4回 「渋い魅力のハーフムーン・ベタ」

ハーフムーン・ベタ

前回はプラカットを紹介したので、今回は今ベタの中で最も人気の高いハーフムーンを紹介しよう。
このハーフムーン、日本では抜群の人気を誇るが、ベタの本場タイでは圧倒的にプラカットに人気の点で負けている。
プラカットがタイで昔から親しまれて来た生粋のタイの品種なのに対し、ハーフムーンは欧米で品種改良が進められ、その後にタイに里戻りした品種であるのも、その人気の差の理由のようである。ベタ専門ショップが多く立ち並ぶバンコクのサンデーマーケットを歩いてみても、圧倒的にプラカットを扱っている店の方が多く、ハーフムーン専門店というのはまだまだ少ない状況である。

ハーフムーン・ベタ

タイのベタ・ブリーダーの技術を持ってすれば、プラカットの新品種の色彩をそのままハーフムーンに移行することなど朝飯前の気がする。しかし、どうも色彩に関しては、プラカットの方が常に先に進んでいるのに、ハーフムーンでは色彩バラエティが少ないというのが現状である。この辺りにプラカット・ブリーダーとハーフムーン・ブリーダーの意気込みの違いをみる事ができる。
とはいえ、同じ色彩の魚ばかりでは商売にならないというのは、ハーフムーン・ブリーダー達も理解しているようで、ここ最近は少しずつではあるが、おっ!という色彩のハーフムーンを見かけるようになってきた。

今回はその中から、ブラックをベースにし、そこにドラゴン系やメタル系のシルバーやホワイトが入る渋い色彩のハーフムーンを紹介しよう。

ハーフムーン・ベタ

こうした品種は、レッドやブルーといった原色を身に纏った派手な品種に比べると地味な印象を受けるが、非常に不思議な魅力を持っており、マニアの間で人気が高い。特に日本人は、改良品種でもブラックやホワイトの品種が好きな傾向がある。そんなマニアには、正にツボといった品種と言えるだろう。ただし、一般人にはその魅力はやや理解し難いものがあるので、決して同意は求めない方がよいだろう。ちなみにハーフムーンの中で最も一般受けのする色彩は、ラベンダーと呼ばれ、ピンクがかったレッドに白い縁取りの入るものである。確かに可愛らしく万人受けのする色彩であるが、へそ曲がりのマニア達はこうした色彩には目もくれず、ひたすら地味な色彩の魚を追いかける傾向がある。そういう自分もその一人なのであるが。

ハーフムーン・ベタ ハーフムーン・ベタ

今回、タイミング的にヒレが大きく伸長した成魚が入手できなかったので、やや若い魚をモデルにしている。言い訳ではないが、もしハーフムーンを飼育する場合、個人的には後は衰えていくだけの完成した成魚よりも、こうした若い魚の方が長く楽しめるのでお勧めだ。老成した魚に比べフレアリングもはつらつとしていて見ていて気持ちがよい。

ベタに関しては、日々新しい品種が作出され、ベタ専門店の店頭を賑わせている。このコラムでも今後定期的に新品種を紹介していきたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第3回 「夏色のプラカット」

プラカット

今回はベタの本場タイのバンコクにあるサンデーマーケットで見つけた、夏にぴったりの色彩をしたプラカット達を紹介しよう。
その前に、まずはプラカットって何?っていう初心者のために、ベタの品種をおおまかに解説するところから始めよう。通常ベタと呼ばれる魚は、ベタ・スプレンデンス(Betta splendens)の改良品種である。
タイにはこのベタ・スプレンデンスの原種も生息しているが、開発による生息場所の破壊、改良品種との交雑などにより、現在では見るのが難しい状況となっている。この原種に関しては、今後このコラムで紹介する予定である。
日本のショップなどで一般的に見られるベタは、トラディショナル・ベタとも呼ばれる事がある改良品種で、長く伸びたヒレが優雅である。価格的にも手頃で、熱帯魚ショップならどこでも販売しているポピュラー種である。
最近、人気が高いのが、美しいヒレをさらに改良し大きく広げたハーフムーンと呼ばれる品種である。これは尾びれを広げた形状が半月のようになることに由来する。ここまで尾びれが広がらない魚は、スーパーデルタと呼ばれ区別される。このハーフムーンは、欧米ではよくコンテストも開催され、その美しさが競われている。このコンテストの事をショーと呼び、ショークォリティ・ベタというのを省略し、ショー・ベタと呼ばれる事もある。

プラカット

各ヒレの軟条が伸長し、櫛の歯のようになった改良品種は、コームテール・ベタ、あるいはクラウンテール・ベタと呼ばれる。この呼び名は良い個体の尾びれが王冠のような形状に広がる事に由来している。主にインドネシアで養殖される事から価格的にも手頃な品種である。
タイ語で噛む(カット)魚(プラ)と呼ばれ、闘魚に使用されてきた品種がプラカットである。これは他の改良品種のようにヒレは伸長していないが、原種に比べて大きな体、がっちりとした頭部が特徴である。スリムなボディの原種とは大きく異なる体形をしている。
このプラカット、当初は闘魚のために使われ、強い血筋を固定しているうちに色彩も様々なバラエティが固定されるようになった。そのうち、闘魚のためではなく純粋に鑑賞用として改良されるようになり、現在でもその改良は盛んである。
タイではベタというとこのプラカットが最もポピュラーで、マニアにも人気が高い。バンコクのサンデーマーケットのベタ・ショップでは、このプラカットが最も多く販売されている事からもその人気の程が理解できるだろう。ベタ・ブリーダー達もこの魚の改良に全力を注いでいるようで、洋服のニューモデルのように常に新しい色彩をした魚が市場を賑わせている。この改良の勢いは他の改良品種のベタには見られない事から、いかにタイ人がこのプラカットに力を注いでいるかがわかるだろう。

自分は大学生の頃に初めて闘魚用のプラカットを飼育してから、この魚のファンである。約30年間この魚を見続けているが、その改良は止まるどころか、さらに加速している感がある。タイを訪れる度にサンデーマーケットのベタ屋を端から端まで見て歩いては、ニューカラーを見つけると購入して撮影している。
今回、写真で紹介しているホワイトブルーマーブルのプラカットは、最近になって登場した改良品種で、非常に涼しげなカラーパターンが美しい。正にサマードレスのような印象で、夏向きである。このマーブル模様の魚は同じ柄の魚がいない程バラエティに富んでおり、選ぶ際には非常に目移りしてしまう。今回は迷いながらも厳選して選んだ個体をご覧頂きたい。

プラカット

これだけの美しさのプラカットなのだが、巷ではどうしてもハーフムーンに人気の点で負けているという話しを良く耳にする。カラーパターンの豊かさでは勝負にならない程勝っているし、多少の水質の悪化でヒレが痛むことがない強健さもある。まだ飼育した事がないという方はぜひ一度飼育して、その魅力を楽しんでいただきたい。


写真・文 : 山崎 浩二

第2回 「西表島のハヤセボウズハゼ」

ハヤセボウズハゼ

最近、アクアリウムの世界でも小型ボウズハゼの仲間は色々な種類が輸入されるようになり、アクアリストを楽しませている。
小型ボウズハゼの仲間は姿が美しいだけでなく、水槽内に発生する藻類も食べてくれるので、掃除屋さんとしても役に立つ魚なのである。
まあ、そのパワーはオトシンクルスやイシマキガイには完全に負けてしまうが。

アクアリウム・トレードでインドネシアなどからボウズハゼが入荷するようになったのは比較的近年になってからで、20~30年前は入手が難しい魚であった。
日本産の淡水魚に興味のある方なら当たり前のように知っている事であるが、このボウズハゼの仲間は国内でも、沖縄には多数の種類が生息している。
海外産の種類の入手が難しかった時代は、この国産ボウズハゼの仲間の飼育を楽しむしかなかったのである。
その中でもスターは、ナンヨウボウズハゼで、その美しいオレンジ色の色彩とフォルムは熱帯魚にも負けない魅力を持っている。
西表島自分がまだ学生時代、卒論のエビの研究のために石垣島や西表島を訪れた際には、どこの川を覗いても、美しい色彩をきらめかせたこのナンヨウボウズハゼが乱舞していた。
残念な事にこの様子は現在では、西表島の一部の河川でしか見る事ができなくなっている。
石垣島などでは河川の改修が進み、護岸工事されてしまった事や、開発のための赤土の流出などの環境破壊のため、絶滅はしていないが、生息数が激減してしまっているのである。

ライフワークである淡水エビの撮影のために、学生時代から毎年のように石垣島と西表島に通っている。
普通種であるナンヨウボウズハゼの他、個体数の少ないフデハゼ、カエルハゼ、ヨロイボウズハゼなども、たまに目にして来たが、何と言ってもレアなのは、ハヤセボウズハゼである。
この30年間で、まだ2回しかお目にかかっていない。
一番最初に彼らに出会ったのは、もう20年程前に西表島の一河川であった。
最初はナンヨウボウズハゼのブルータイプだと思っていたのであるが、ハゼに詳しい知人に写真を見せたら、希種であるハヤセボウズハゼだという。
確かに第一背びれがナンヨウボウズハゼのように鎌形に伸長しておらず、胸びれに細かいスポットも入っている。
青みを帯びた色彩が良く似たコンテリボウズハゼとも、この胸びれのスポットの有無で容易に判別できる。

それ以来、彼らに出会う事がなかったのであるが、二年前に西表島を訪れた際に、久々に出会う事ができた。
その河川はまだ昔のようにナンヨウボウズハゼが多数群泳しているような自然が残った場所なのであるが、水中を見ているとメタリックブルーに輝く一際目立つ魚がその中に泳いでいた。
数年ぶりに出会った彼らの姿は、旧知の友人に久々に会うような懐かしさを感じさせてくれた。
一部の文献によると、ハヤセボウズハゼは日本の固有種であるとされている。
しかし、この個体数の少なさは普通の魚では有り得ない。
この仲間は両側回遊魚である事から、太平洋の他の島々にもっと個体数の多い本当の生息場所があるように思われる。
日本では希種とされるフデハゼ(アカボウズハゼ)なども、インドネシアでは生息個体数が多いようで、まとまって輸入されるのはそうした理由である。
ハヤセボウズハゼ近年、他の太平洋の島々に生息するようなボウズハゼの仲間が、沖縄に生息しているのも確認されている。
この仲間は両側回遊魚であるから、海流の流れなどにより、たまたま稚魚が流れ着き遡上した可能性が高い。
死滅回遊なのか、それとも新分布となり、生息域を広げていくのか興味深いところである。


写真・文 : 山崎 浩二

第1回 「小型オリジアスのニューフェイス」

今回ここで紹介するのは、昨年新種として記載されたばかりのオリジアス・ソンクラメンシスOryzias songkhramensisで、同属のミヌティルスO. minutillusやメコネンシスO. mekongensis、ペクトラリスO.pectoralisに近縁な小型種である。
オリジアス・ソンクラメンシス 分布域はタイ東北部からラオス中部にかけてのメコン川流域である。種小名は、本種が分布しているタイ東北部のメコン川水系のソンクラム川(Songkhram River)から名付けられている。
一見したところ同属のミヌティルスとかなり良く似ているが、本種は落ち着くと腹膜の辺りが黒く染まり、体側に黒いラインが入ったように見える。また胸びれの基部に小さな黒いスポットが入るのも特徴である。
ミヌティルスに見られる総排泄口付近の小さな黒いスポットが本種にはないので、その点でも判別は容易である。
本種が新種として記載されたのは2010年4月だが、それ以前からその存在は知られており、日本にも輸入されていたのはマニア以外にはあまり知られていないだろう。 その際には尾びれに赤の入らない汚いメコネンシスという可哀想な扱いであり、ミヌティルスとの同定間違いではないかという見解も出ていた。しかし、採集場所を確認したところ、間違いなくタイ東北部であり、これはミヌティルスとは分布域が明らかに異なるため、メコネンシスの地域変異だろうぐらいに片付けられていたのである。
オリジアス・ソンクラメンシス過去に日本に輸入された際に、私は東京の輸入元のストック水槽で本種を見ていたのだが、薬品が入っており水に色が付いていた事、落ち着いていなかったため特徴的な色彩が出ていなかった事から、新種であることを見落としていた。
こうしたデリケートな小型魚は、自宅の水槽で落ち着いた状態で観察する事が非常に大切である。魚を見る際には先入観などを捨てなければいけないのだが、たまにこれを忘れてしまうので、反省しなければいけない。 昨年、本種の記載論文を入手したところ、そのタイやラオスの分布域は以前に数回撮影や採集に訪れていた場所である。本種のようなオリジアスは現地では水面を群れで泳いでいるため非常に確認しやすい。なので存在自体は知っていたが、いつもメコネンシスだろうと考えて、網で掬って確認する事を怠っていたのである。

昨年11月、やっとタイとラオスに行く機会があり、念願であった本種の生息場所の確認をするチャンスが訪れた。
まずはラオスのビエンチャンから探索を始め、郊外の水田地帯で本種の生息を確認できた。続いてノンカイからタイ側に入り、本種のホロタイプが採集されたRatanawapiへと向かう。すでに乾期が始まっており、水田はみんな乾いている。水を求めて探すと広大な湿地帯が現れた。ここなら間違いなく生息しているだろうという予感の通り、すぐに水面を泳ぐ本種の姿が眼に入った。 急いで網で掬い、ビニール袋に移し確認をする。間違いなくソンクラメンシスだ。
今回写真で紹介しているのは、この場所で採集した個体である。 イサンと呼ばれるタイ東北部には、ソンクラメンシスとメコネンシスの他、ペクトラリスも生息しているという情報がある。ペクトラリスはまだ自分の眼で確認していないので、これからの課題である。もしかするとこれら以外にも新しいオリジアスも存在しているかもしれない。機会あれば、続いて小型オリジアスの探索はしていきたい。

最後に飼育だが、日本の水道水ならば、塩素を抜けば調整する事もなく飼育でき、飼育は容易である。
餌はブラインシュリンプのような小型の餌が最適だが、フレーク場の餌を細かく砕いて与えてもよいだろう。状態良く飼育していれば、繁殖も容易である。産卵は午前中に行われる事が多く、体に比べやや大型の卵を腹部に付着させて泳ぐ様子も観察できるだろう。