タイのバンコクからそう遠くない場所にマハチャイという地域がある。
海に面したひなびた港町だ。魚好きならこの町の名前は聞き覚えがあることだろう。というのは、この場所のニッパヤシなどの生える汽水域からワイルド・ベタが発見され、ベタ好きの間では非常に人気の高い種類となっているからである。ベタ・マハチャイと呼ばれるこの魚は比較的コンスタントに日本にも輸入され、親しまれている。
鉄道好きの方なら、マハチャイ駅を思い浮かべることだろう。この駅は非常に変わった駅で、線路のすぐ脇まで屋台の野菜売りなどが接している。電車が通らない際など線路の上までお店になってしまうのである。電車が近づくと慌てて屋台を撤去させるという具合なのだ。見ていると危なっかしいが、ここの住人達は手慣れたもので、鉄道とうまく共存している。この様子が珍しく、たまにテレビなどで紹介される事もある有名な駅なのだ。
最初にこの町を訪れたのは、ベタ・マハチャイの採集と生息場所の撮影であった。その後もたびたびベタ好きの知り合いをこの町に案内してきた。また新鮮な海産物が非常に安く買えるので、シーフードを食べに来たり買い物に来たりもしていた。
そんなこんなで通い慣れた町になっていたのだが、ある時マングローブの生える場所をさらに下流まで行った場所で、小さな干潟を見つけた。干潟には無数のシオマネキがハサミを振って踊っており、何かトビハゼのような魚がジャンプしている。近づいてよく見てみるとそれはトビハゼよりもやや大型で体側に無数のブルーのスポットを持つムツゴロウであった。
日本ではもう九州の有明海の一部でしか見る事のできない珍魚である。それが目と鼻の先で観察できるのだ。泥の上を器用にヒレを使って歩き回り、泥上の藻類を首を振りながら食べている様子は見ていて飽きない。たまに2匹が近づくと大きく背ビレを広げて威嚇し合い、ジャンプして闘争する。
カメラマンとしては、撮影したくてウズウズしてくるシチュエーションだが、この時は残念な事に一眼レフのカメラを持って来ていなかった。手元にあるのはコンパクト・デジカメだけである。さすがにズームしても画面いっぱいに魚を捕らえる事はできない。日本のムツゴロウに比べると警戒心が薄いとはいえ、やはり近づくとピョンピョンと跳ねて逃げていったり、巣穴に潜ってしまう。炎天下の干潟でじっとムツゴロウを待つのは辛いが、手持ちの機材で何とかするのもプロの仕事である。
ジリジリと照りつける日差しの中、ムツゴロウに気配を察知されないように、じっと石になる。しばらく待つと、安心したのか巣穴から出て来て、餌を食べ始めたり、闘争したりという自然な姿を見せてくれた。
とりあえず、撮影した写真を今回紹介するが、やはりコンパクト・デジカメの限界は否めない。次回はちゃんと一眼レフのカメラを抱えて、ムツゴロウの観察に行きたい。