2015年の11月末、2ヶ月のタイでの滞在を終え日本に帰国するためにバンコクのサンデーマーケットに挨拶のために出掛けた。さすがに10年以上ここで仕事をしていると、知り合いも増えて、様々な情報もいち早く入って来るようになる。こうした大切な知り合い達に、いつも一応帰国の挨拶だけはしてから日本に帰るようにしている。
サンデーマーケットを知らない人のために、簡単に説明だけしておこう。バンコク北部にある巨大な市場は観光名所にもなっており、サンデーマーケットやウィークエンドマーケットと呼ばれ、昔から親しまれている。チャトチャックと言うタイ語の呼び名の方がタクシーには良く通じる。この巨大マーケットの一角にペットの生体や器具などの販売店が数多く集まっているのだ。大抵のペット関係の物はここに行けば手に入る。ベタだけの専門店だけで数十軒はあるだろうか?普通の観光客も買い物できるので、日本人や外国人の姿も良く見かける。
さすがに帰国寸前に撮影用のモデルを探そうとは思っておらず、挨拶だけと考えていた。しかし、馴染みにしているベタの専門店も多く、そこで帰国の挨拶をしていたら、あるショップで、今日入荷したばかりというベタを見せられてしまった。そこにはハーフムーンの尾ビレをクシャクシャにした様な奇妙なベタの姿が!水槽を覗き子込み、その姿を見ていると、単にクシャクシャになっているのではなく、軟条が奇妙な伸長をしているのである。そのために尾ビレが独特の形態になっている。
このベタの名前を尋ねると、ハーフムーン・コンノックとの事。相棒のトンにコンノックの意味を尋ねると、コンとは羽、ノックと鳥だと説明してくれた。そう言われてみれば、なるほど鳥の羽のようにも見えなくもない。特に軟条の先は鳥の羽の様な模様が入っている。英名にしたら、ハーフムーン・バードフェザーとでも言うのだろうか?名称に関しては現地主義の自分は、敢えて英名や日本名にすることなく、この魚はハーフムーン・コンノックと呼びたい。そう難しい言葉ではないので、ぜひこの名で親しんでもらいたいものである。
こうして、帰国する日に予想もせずに新しいベタに出会ってしまった。もちろん知らないフリする訳にもいかず、そのベタ・ショップの店先に陣取って、ベタをセレクトする羽目に。結構ヒレの形態が悪い個体、鱗の乱れた個体が多く、まだ品種としては安定していない様子。その中から厳選して20個体を選んで日本に持ち帰った。なぜ20個体も持ち帰ったかと言うと、新品種にしては体色のバリエーションが豊富だったためである。みんな同じ様な色彩だったら、撮影用には5個体もいれば十分である。その他、もうひとつ大事な理由があった。ハーフムーンのような尾ビレの伸長した品種の場合、小さなビニール袋にパッキングすると、ストレスのためか自分の眼の前にひるがえって来た尾ビレを齧ってしまい、そこから尾腐れ病の様になってしまう個体が多いのである。これは、見事にヒレが伸長した個体に多く、若い個体ではあまりない事例である。過去に何匹モデル用に持ち帰った個体が、このように尾ビレを噛んでしまい撮影に使えなかった事であろうか。それを危惧したために少し余分に持ち帰ったのであるが、この心配は無用であった。輸送中に落ちた個体は1匹のみで、残りは全く尾ビレを噛む事はなかった。これは、このハーフムーン・コンノックがそれ程尾ビレが伸長しない品種であった事も幸いしたのであろう。
日本に無事に持ち帰ったハーフムーン・コンノックは、すぐに自宅の水槽で撮影した。撮影に使った感じとしては、通常のハーフムーンよりもややおとなしく、フレアリングもあまり活発には行わない。そのために撮影には通常のハーフムーンの数倍の時間を要した。撮影しながら、ファインダーを覗いていると鳥の羽状の尾ビレには個体により差があり、上手く開く個体の他に、開きの悪い個体もある事が分かった。また個体によって、そのヒレの形態は雪の結晶のようにも感じられた。まあ、雪の降らないタイではそのような発想をするタイ人は皆無であろうが。
調べたところ、このベタのプロトタイプと思われるベタは、2015年の中旬からローズテールの名称で多少日本の市場にも出回っていたようである。確かに尾ビレの軟条が広がらないタイプでは、バラの花びらの様な質感である。まだまだこのハーフムーン・コンノックは、品種と言う面では安定していないように感じられた。しかし、ダンボ・ベタと呼ばれるチャーン・ベタの出始めも同じ様な状況であった。次第に品種としての固定率や質も上がって来る事だろう。またこの尾ビレの形態はハーフムーンだけではない。帰国の数日前に行ったベタ・ファームに1匹プラカットのコンノックがいたのを思い出した。この尾ビレの形態は人により好き好きが分かれる様に思われるが、これからのベタの趣味の世界でどのように交配され楽しまれていくのか楽しみである。
それにしても、ベタという魚の改良はまだまだ留まる事を知らない。色彩だけでなく、このように形態までも変化した改良品種が次々と作出されて来る。たぶん、このコラムの次号ぐらいで、また新しい品種のベタを紹介する予定である。どんなベタかはまだ秘密だが、御期待頂きたい。