熱帯に生息する昆虫と言うと、日本に生息している種類よりも大型のイメージを持たれる事が多い。実際、タイに生息するタイワンタガメなどは日本産の種類よりもひと回り以上大型である。以前にこのコラムで紹介したインドシナオオタイコウチもそうである。しかし、こういう大型化したのは一部の昆虫だけで、実際は同じ程度のものが多い。中には日本産よりも小型な種類の昆虫もいる。
その代表が今回ここで紹介するコオイムシである。タイだけでなく東南アジアに広範囲に生息しているコオイムシは、日本産に比べると半分程のサイズなのである。詳しく調べた訳ではないので、これらが全部同種なのか複数の種類なのかは不明である。魚の採集をしていると嫌でも網に入ってくるので目に付く存在なのだ。
今回ここで紹介するタイ産の種類は、サイズや形態が日本でも沖縄だけに生息するタイワンコオイムシに非常に似ていると聞いたことがあるが、これも確実な同定は行っていない。日本産のタイワンコオイムシは近年非常に生息数が少なくなっており、非常にレアな存在だと言う。タイのコオイムシはかなり汚れた水域にも普通に生息している事から考えると、姿が似ているだけで別種なのかもしれない。タイのコオイムシは、水草やホテイアオイ、空芯菜などが茂る湿地のような場所では普通に見られる。またやや塩分があるような汽水域に近い場所でも確認できる。個体数はどこでも非常に多く、採集しようと思えば、山ほど採集可能である。同じ場所で採集したものでも、色彩にはやや個体差が見られる。やや緑がかった個体と茶色がかった個体が見られる。この体色が加齢によるものなのかは不明である。緑がかった体色に赤い眼の個体は小さいながらも迫力のある姿である。
コオイムシと言えば、その特徴は産卵した卵をオスが背中に背負う事である。このため”子負い虫”という名称の由来にもなっているのだ。タイ産の種類ももちろん同じ繁殖生態を持っている。飼育下でも雌雄を一緒に飼育していれば、容易に繁殖を行うので、機会があればぜひこの興味深い生態を観察して頂きたい。
以前、自分のタイでのフィールドワークの相棒のトンが日本へこのコオイムシを含む水性昆虫を販売した事がある。日本産よりも大型で迫力のあるタイワンタガメやインドシナオオタイコウチは結構人気があるのだが、このタイ産のコオイムシはさっぱり人気がなく売れ残ってしまった。やはり外国産の昆虫には、一般の方は大きくて迫力ある外見や変わった形態などを期待しているようである。日本産と同じような形態で更に小型では魅力を感じてもらえないのも仕方がないのであろう。
しかし、このタイ産のコオイムシは非常に丈夫で飼育も容易である。小型なので、小さなプラケースでも飼育から繁殖まで可能である。水を入れたプラケースに足場となるマツモやアナカリスなどの水草を浮かべていおくだけでセッティングはOKである。通常、水生昆虫の飼育は生き餌の入手が面倒なのであるが、餌は生き餌を与えなくても冷凍アカムシでも飼育できるので非常に手軽なのだ。動いていないくても、スポイトなどで目の前に解凍したアカムシを吹き付けてやると、脚に触れた瞬間に抱き抱えて体液を吸う。餌を食べた事はコオイムシの腹部が赤くなるので、すぐに分かる。解凍した冷凍アカムシを多めに入れておけば、動かなくても脚で触れた瞬間に餌と認識して捉えるようだ。もちろん残った餌は水質を悪化させるので、すぐに取り除こう。このような飼育には、底砂を敷かないベアタンクが適している。飼育容器が小型で簡素なので、水替えも非常に容易である。彼らの飼育で、ちょっと困るのが、その排泄物である。どうも自分の住んでいる水中でしたくないようで、排泄物を水の外へと飛ばすのである。同じ行動は日本産のコオイムシやタガメでも見られる。このため、飼育容器の周りが独特の臭いのするする排泄物で汚れがちなので注意しよう。
タイのコオイムシはこのように小型で存在感が薄いのを除けば、ペットとしては非常に適している。あまり機会はないかもしれないが、幸運にも見かけた際にはぜひ飼育・繁殖を楽しんで頂きたい。