水作株式会社

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山崎浩二のSmall Beauty World

第51回「ベタ・シンプレックス&タイプⅡ」

今回、生息地の調査と採集をする事ができたアオルック産のタイプⅡのオス個体。落ち着かないうちは体色も薄いが、後ろのクラビ産のシンプレックスと喧嘩させたら、ここまで美しい体色を見せてくれた。

2017年11月、タイ南部へ魚の調査に出かけて来た。その際の第一の目的が、シンプレックス・タイプⅡと呼ばれる魚の生息場所の確認であった。
ノーマルのシンプレックスの生息するタイ南部のクラビと言う町から60km程離れたアオルックという町の辺りに生息していると言う情報は、以前から得ていたのだが、2015年の調査の際には、残念ながら見つけられなかったのだ。
そのリベンジなので、今回はベタ関係のあらゆるコネクションを使い、出かける前にほぼ完璧な情報を得ていた。
さて、この際の話は後述するとして、シンプレックスに関しては、25年程昔の話をまず読んで頂きたい。
その頃すでにワイルド・ベタにハマっていた自分は、タイの熱帯魚の輸出業者であった久保田勝馬氏からある誘いを受けていた。
ドイツのホルスト・リンケ氏からタイ南部のクラビで面白いワイルド・ベタを見つけたと言う情報を得たので、探しに行かないかと言うものであった。
もちろん断る理由などない。二つ返事で引き受け、タイへと飛んだ。

クラビのシンプレックスの生息地。この辺りは石灰岩の山々がそびえており、そこから湧き水が流れ出している。水質は弱アルカリ性の硬水で、クリプトコリネの大群落や他の水草も数多く茂っており、アクアリストには夢のような場所である。

今でこそ、バンコクから飛行機でも行ける有名なマリンリゾートとなっているクラビだが、その当時は鄙びたただの漁村であった。
クラビへはプーケットを拠点にして、車で向かったのだが、たかだか160km程の行程に車で5時間以上を費やした。
と言うのは、その当時は道路も舗装されておらず、赤土の舞い上がるデコボコ道をゆっくりと走るしかなかったのである。
苦労して辿り着いたクラビで、事前に得ていた情報のクリプトコリネの茂る美しい湧き水の場所を探したのだが、残念ながら辿り着く事ができなかった。
悔しい思いで、また未舗装の道路を走りプーケットへ戻ると、身体中赤土のホコリだらけだった事が思い出される。

生き物の探索をしていると、こうした空振りは日常茶飯事で、このような苦労があるからこそ、本当に探し当てた際の感動はひとしおである。
それからしばらくして、再チャレンジをした久保田氏から、ついにクラビの生息場所を発見した!と言う連絡が入って来た。
実は前の探索の際にすぐ近くまで行っていたと聞き、非常に残念な思いであった。
と言うような経緯を経て、久保田氏から日本へBetta sp. Kurabi が送られて来た。
その当時、まだ新種として記載されておらず、趣味の世界では、ベタの一種“クラビ”の名称で親しまれていたのである。
届いたばかりは地味な色彩であったが、落ち着くにつれて美しい色彩へと変化してくれ、夢中で撮影した覚えがある。
そして、1994年に自分や久保田氏が懇意にしているコテラット博士により新種として記載され、Betta simplex と名付けられたのである。

25年前に初めて入手して撮影したシンプレックスのオス個体。この頃はまだ記載されておらず、ベタの一種クラビ産と呼ばれていた。地味だった体色が落ち着くにつれて美しく発色し、夢中でシャッターを押した記憶が蘇る。
今回、新しく入手したクラビ産のシンプレックスで改めて撮影し直してみた。この個体と後ろで闘争している個体共に、尾びれの上部に薄くブルーの模様が入る。採集場所はクラビで間違いないが、クラビでも生息場所により微妙な色彩変異があるのだと思われる。

この後、何回となくクラビのシンプレックスの生息場所を訪れ、撮影を行って来たが、プーケットからクラビへと向かう道路も舗装整備され、昔の苦労は思い出だけとなっていた。
クラビも美しい海が認知され観光客も増え、行く度に発展を遂げ、今ではすっかり有名なマリンリゾートとなっている。
ただし、観光客が増えると弊害もあり、あれだけ澄んで美しかったクラビの泉も透明度が下がり、昔の面影を見る事も出来なくなってしまっているのは残念である。
1997年には、NHKの“生きもの地球紀行”という番組に協力し、ベタ・シンプレックスの繁殖シーンの撮影をサポートしたのも思い出である。
この番組は、1998年6月に放送されたのだが、もう20年も経ってしまい、つくづく月日の経つのは早いと感じさせられる。

アオルックのタイプⅡの生息場所。クラビのシンプレックスと同様に湧き水の環境であり、水質も弱アルカリ性の硬水である。この場所ではクリプトコリネの群落は見られなかった。

このような経緯を経て、世の中に出たベタ・シンプレックスは、その魅力も十分理解され、観賞魚としても未だに安定の人気を保っているのは嬉しい限りである。
さて、クラビのシンプレックスに関しては、このように色々と関わり、やる事はやってしまい、その後はほとんど興味を失っていた。
ところが、数年ほど前だろうか?ある時偶然ネットでちょっと変わった雰囲気のシンプレックスの写真を目にした。Zhou Hang氏が撮影したシンプレックスで、生息場所が異なる色彩変異らしく、TipeⅡと呼ばれているようであった。
その際は、尾びれの模様が異なるシンプレックスもいるんだな!ぐらいの軽い気持ちで、しばらくその存在も忘れていた。

現地で採集したばかりのタイプⅡのペア。採集直後なので、まだオスの美しい体色も褪せていない。尾ビレに入るブルーのスポットが一番の特徴である。頰のグリーンと尻ビレと尾ビレの黒い縁取りも印象的である。

2015年の春、日本からタイに友人が遊びに来て、一緒にクラビ方面に魚を採りに行く事になった。
この際に、シンプレックス・タイプⅡの事をふと思い出し、せっかくなので、自分の手で採集し、その個体を撮影しようと考えた。
自分は撮影の際、可能な限り自分の手で捕え持ち帰った魚をモデルにするようにしている。
それが拘りであり、それによって撮影した魚のロカリティに自信を持つ事ができる。 残念な事に、2015年の調査の際には時間も足りず、ベタ・インベリスは採れたものの、アオルックでは結局タイプⅡの生息場所には辿り着けなかった。
そこで、冒頭の2017年のリベンジの話になるのである。

今回は、バンコクにいる間から、情報を集めを行っておいた。 このタイプⅡと思われる魚は、アクアリウム・トレードでもたまにバンコクに入って来ており、その採集人まで遡ってみようと試みたのである。
しかし、こうした情報は商売上の企業秘密とも呼べるもので、ゲットするのは容易ではなかった。
自分は生息場所の写真と魚の個体写真を撮りたいだけで、絶対に商売の邪魔する事はしないと訴え、最終的にはなんとか信用して貰え、アオルックの採集人の情報を得る事ができた。
こうして、2017年11月、いつものように相棒トンの運転でバンコクからタイ南部へと向かった。

バンコクまで持ち帰って撮影したタイプⅡのオス個体。まだ落ち着いていないので、全体に体色は薄く、鱗のブルーなどは目立たない。後ろの個体は、比較のためのクラビ産のシンプレックスである。比べて見ると、尾ビレの模様が全く異なる事が解るだろう。

バンコクから、タイ南部のラノンを経て、クラビへと辿り着いた。
バンコクからクラビまでは直線で約800km、途中チュンポンから西のラノンを経由して900kmは走っているので、長距離移動には慣れていてもさすがに遠く感じる。
でも、道路は昔に比べ格段に良くなっているのが嬉しい。
この辺りは石灰岩で出来た奇妙な形の山々が聳え、独特の景観を見せてくれる。
何回来てもワクワクする美しい景色である。
クラビの街に宿を取り、翌日朝から約60km離れたアオルックの街へと向かう。
トンに現地の採集人へと電話を入れて貰い、しばし村外れで待っていると、バイクに乗った採集人達が到着した。
手にはベタが入ったペットボトルを持っている。
このベタだろ?と採集人は確認のために魚を見せてくれた。
尾ビレには、特徴であるスポット模様がある。
間違いなくタイプⅡである。

アオルック産のタイプⅡのペア。他のベタ同様、メスは色彩的に地味である。メスの尾ビレにもオス同様に薄っすらとブルーのスポット模様が入る。雌雄共に状態や気分によって、体側には黒い縞模様が濃く現れたり、消えたりする。

すぐ近くの生息場所までバイクが先導し、案内して貰う。
辿り着いたのは、地下から水がこんこんと湧き出る泉。
そこから流れ出た水で出来た湿地がタイプⅡの生息場所のようだ。
採集人はすぐにプラスチックのザルを使い、魚を採集して見せてくれた。
タイの田舎では、ベタの採集にプラスチックのザルを使う場合が多い。
浅い草の間に潜んでいるベタを採集するには、柔らかい網よりもこちらの方が機能的である。
何より、ザルはどこでも入手できるのが嬉しいところだ。
最初はメスが獲れ、続いてオスもザルに入って来た。
話を聞くと、この場所ではタイプⅡの生息数は減っており、最近はあまり採れなくなっているそうだ。 そう聞くと、あまり多く採集するのも気が引ける。 とりあえず、撮影用に10匹ほどキープさせて貰った。

アオルック産のタイプⅡのオス個体。タイプⅡのオスは、闘争時など体色が濃くなると、腹ビレのエッジが黒っぽくなる個体が多いが、写真の個体のようにはっきりとしない個体もいるようだ。後ろはクラビ産のシンプレックスである。ベタを見慣れた方なら、顔つきなどの違いも理解できるだろう。

この場所には、ベタの他、ドワーフスネークヘッドやパンチャックス、トリゴノスティグマ・エスペイ、デルモゲニーなどの姿が見られた。
採集したばかりのタイプⅡのオスを見ると、ネットで見た写真で想像していたよりもカラフルで美しく、体型もスリムである。
色彩はもちろんだが、体型も全然クラビ産のシンプレックスとは異なって見える。
バンコクに持ち帰り、水槽に入れてじっくりと見てみたが、どう見ても同じ種類とは思えない。
クラビ産のシンプレックスもサンプルとして採集して持ち帰ったので、同じ水槽に入れて比べてみても、やはり地域変異には見えない。
今回、日本で改めて撮影してみて、その確信はさらに強くなった。
今の所、趣味の世界では、シンプレックス・タイプⅡとして区別されているが、将来的には別種に分けられる可能性は大であろう。
今回のこのコラムでは、クラビ産のシンプレックスも撮り下ろしの写真で紹介している。

この2種類を比べてみて、読者の方は如何感じるであろうか? 幸いな事に、最近少数であるが、このアオルック産のタイプⅡが商業的に日本にも輸入されている。 クラビ産のシンプレックス同様、日本の水なら調整をしなくても飼育は可能である。 餌は冷凍赤虫の他、慣らせば人工飼料もよく食べるが、与え過ぎで太らせるのには注意。 本種に限らず、ワイルド・ベタはぜひスリムな体型でキープして頂きたい。 現地でも個体数が減少しているようなので、ぜひこのアオルック産のタイプⅡを入手したら繁殖まで狙い、系統維持をして貰いたいものである。 シンプレックス同様、マウスブルーダーで繁殖はそう難しくないはずである。

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