はじめに
今回は前回紹介したオリジアス・メコネンシス(以下メコネンシス)の繁殖について紹介しましょう。メコネンシスは日本産のメダカと同属の超小型種です。雌雄を一緒に飼育していれば産卵は難しくありませんが、稚魚がとても小さいため育てあげるのはやや手こずるかもしれません。そこでここではメコネンシスの繁殖に関して押さえておきたいポイントを解説していきます。
プロフィール
メコネンシスのプロフィールに関しては前回紹介しているのでここでは簡単に。メコネンシスは日本産のメダカと同じオリジアス属(Oryzias)の魚で、タイの東北地方に分布しています。全長約2㎝と超小型で尾ビレの上下端が朱赤に色付くのが特徴。特にオスはこの朱赤の色彩がよく目立ちとても美しい姿になります。
メコネンシスは生息する地域によって色彩に差が見られるのも特徴ですね。メコネンシスのオスは興奮すると尾ビレの朱赤の色彩の内側が黒く発色することが多いのですが、前回に続き今回も取り上げるタイ東北地方ブンカーン県サング産のオスはこの黒の面積が大きく発色が濃いのが特徴。朱赤と黒のコントラストがはっきりして実に見事な色彩を見せてくれるんです。
この美しい色彩が見られるのはオス同士の闘争時や、繁殖時にメスへアピールする時が多いですね。雌雄を複数で飼育していれば頻繁に見られるでしょう。
雌雄の確認
繁殖には当然ながら雌雄が揃っていることが必須です。そこで雌雄の特徴をしっかり把握しておきましょう。
●オスの特徴
成熟したオスは尾ビレの上下端の朱赤の色彩が濃くはっきりし、興奮時には朱赤の色彩の内側が黒くなります。またメスに比べて背ビレとしりビレが大きくなり、ヒレの条がクシ状になるのも特徴です。興奮時には背ビレやしりビレが黒っぽくなり、角度によってはグレーがかって見えることもありますよ。
●メスの特徴
メスはオスに比べると各ヒレは小さめで尾ビレはオスのようには鮮やかに発色しません。また背ビレとしりビレの条がクシ状にはならないので差は明確です。また産卵が近くなるとお腹が大きくなるのでオスとの差はよりはっきりしますね。
繁殖を意識した飼育方法
飼育に関しては前回を参照していただければ問題ありませんが、繁殖も意識したポイントを挙げてみます。
●水槽
幅20㎝クラスの水槽でも十分産卵は可能です。前回紹介したグラスガーデンN230(幅230×奥行き150×高さ250mm)のような小型の水槽でも飼育繁殖が楽しめます。
●飼育数
繁殖を狙うなら当然オスとメスを一緒に飼育します。確実に産卵させるならオスメスともに2匹ずつ以上いれば安心ですね。若魚の場合は性差がはっきりしないこともあるので、できれば10匹以上と多めに飼育しておくといいでしょう。
●水質の維持
弱酸性の水質が適しています。pH5~6.5ほどを維持しますが産卵には新しめの水が適しており、水が古くなってpHが下がり過ぎるのはよくありません。水が古くならないように定期的に換水を行って水を清浄に保つようにします。またコケが目立つのもよくないように感じられます。換水と同時にメンテナンスグッズを使ってコケの除去や掃除をしましょう。
●水温
繁殖に適した水温に関しては検証中ですが、私の飼育環境では25℃くらいでよく産卵が見られ28℃以上の高温が続くと産卵が途絶えがちになりました。今後も観察を続けてみたいと思います。
●産卵のための環境作り
メコネンシスが落ち着いて過ごせるように水槽内には水草を配置します。ミクロソルムやアヌビアス、ウォータースプライト、マツモなどの強健な種がおすすめ。メコネンシスは臆病な性質で飼育者が覗き込むと逃げることが多いので、身を隠せるようにこれらの水草を多めに入れておきましょう。
ただし卵は落下するものもあり、底床付近の水草に付着していることが多く見られます。そこで底床付近にウィローモスなどを密に配置しておくと卵が付着しやすく回収が楽になります。
ウィローモスなどの水草以外にも人工の産卵用藻メダカのふわっと産卵もなどを使用するのもおすすめです。
繁殖について
●産卵する時間帯
成熟した雌雄を状態よく飼育していれば、やがてメスが卵を付けて泳ぐ様子が見られるはずです。雌雄による産卵と放精は一般に明け方に行われるため、この様子を観察するのはなかなかハードルが高いですね。飼育者が近くで見ていると親魚は産卵しないことも多いのです。
たいていは朝起きた時に水槽を覗くとメスがお腹の後方、総排泄孔付近に卵を付けながら泳いでいて「あ、産卵した」となります。すでにオスの放精は終わっているので無事に受精できていれば卵の発生が始まります。
●産卵数
メスのサイズにもよりますが大きなメスなら一度の産卵で2~4個ほどの卵を産みます。メダカの繁殖用人工飼料やふ化させたブラインシュリンプ幼生などを継続して与えていると産卵頻度や産卵数増に効果があると思います。
●卵の構造
卵の周りには短い付着毛(ふちゃくもう)が密生し、付着糸(ふちゃくし)や纏絡糸(てんらくし)と呼ばれる細長いひも状の毛がありこれで水草などの物に絡まります。
付着糸はとても丈夫なので水草などにしっかりと絡むことができればそうそう外れることはありません。
●卵を付着させる
産卵後メスはしばらく卵を付けたまま泳いでいますが、これは卵を付着させる適当な場所を探すためでしょう。
複数の卵をそれぞれ離れた場所に付着させますが、これは食卵されるリスクを回避するためだと思われます。すべての卵を一か所に付着させるとすぐに捕食者に食べられてしまうため、いろいろな場所に卵を付着させるのではないでしょうか。
水槽内で卵を付着させる場所は主に水草になります。同居魚が多い環境では他の魚から卵が見付かりにくい水底付近の水草に卵が絡まっていることが多く、また付着糸がうまく絡まらないと卵は落下して水底に転がっている様子もよく見られます。
産卵当日の夕方くらいまでにはすべての卵を水草などに付着させ、翌日まで持ち越すことはほとんどありません。
●産卵後の管理方法
産卵後は卵をそのままにしておくと他の個体に食べられてしまう危険性が高くなります。水槽いっぱいに水草が繁茂しているような環境では、食べられずに残った卵から稚魚がふ化して成長する場合もありますが、それでも生き残る確率は低くなってしまいますね。
そこで確実に稚魚を得るなら親魚と卵は隔離して管理しましょう。一度にたくさんの卵を得られるなら親魚を移動させ、卵が少数なら回収して他の容器で管理するのがおすすめです。親魚と同じ水槽で管理したい場合は、フロートボックスSなどの隔離用の容器を使うのもいいですよ。
今回は稚魚の成長過程を観察するために小型容器ショーベタ コレクションケースM(幅130×奥行き80×高さ150㎜)を使ってみました。稚魚が少数なら水草を入れれば特にエアレーションは必要ありません。私の場合は通年エアコンで温度管理している部屋にケースを置いているので水温管理は楽ですが、保温が必要な場合はアクアパネルヒーターなどの小型ケース用の保温器具を使うのもおすすめです。
なお、白く濁った卵は死んでしまった卵です。未受精卵だったり発生が進まなかったりカビが発生してしまったりと様々な要因で卵が死んでしまうことがあります。このような死卵を見付けたらすぐに取り出すようにします。複数の卵を一緒に管理している場合は死卵に発生したカビが他の健康な卵に悪影響を及ぼすこともあるので、すぐに取り出すことを心がけたいですね。
●ふ化までの日数
受精卵は日々発生が進みやがて卵の中に稚魚の姿が確認できるようになります。ふ化までの日数は25℃ほどの水温で10日前後が一般的です。
今回私が観察した卵は24~26℃で約11日間でした。ふ化までの積算時間は24時間×11日=264時間となります。
日本産のメダカの場合は25℃で約10日間の250時間ほどが一般的とされていて、メコネンシスの場合もふ化までにはほぼ日本産のメダカと同じような一定の時間が必要となりますね。
●稚魚の育成方法
稚魚は夜間~早朝の間にふ化すると思われます。ふ化直後の稚魚は全長1.5㎜ほどと非常に小さく、ふ化後1日目は餌を食べずにお腹にある栄養(卵黄)を吸収して過ごします。
2日目以降は水面直下で餌を探し時折微小なものを口に含む様子を見せます。おそらく水面に発生した微小な生物や有機物を食べていると思われますが、こういったものを用意するのはハードルが高いですね。そこで稚魚がふ化した後に水草をすりつぶして水面に浮かべたりメダカ用のベビーフードを極小量水面にばらまいたりすると自然に発生した微小な生物などが餌となるようです。この時点ではメダカ用のベビーフードはメコネンシスの稚魚にとっては粒が大きくて食べられないですね。
稚魚は日々成長して次第にベビーフードに反応して口に含むような様子も見せます。順調に成長すればふ化後1週間ほどでゾウリムシを食べられるようになるので事前に用意しておき、ピペットで少量ずつ与えるようにします。無事に食べてくれれば成長は早くなるのでぜひ与えたいですね。
ゾウリムシはメダカの養殖にも使われる非常に小さな微生物で、種親を入手し餌を与えて培養することができます。種親や餌はメダカをたくさん扱っているショップや通信販売などで購入することができるので自分で培養、維持するといいですね。コツをつかめば簡単に培養できますよ。
しばらくはベビーフードとゾウリムシを併用して与えて成長を促します。私の場合は朝昼夕と1日に3回を基本に気付いたときに時々給餌しました。
稚魚の成長具合にもよりますが、だいたいふ化後25日ほどでようやくふ化させたブラインシュリンプ幼生を食べることができるようになります。1回の給餌で数匹のブラインシュリンプ幼生を食べるとすぐにお腹が膨れるのが稚魚の小ささを物語っていますね。ブラインシュリンプ幼生を食べられるようになると、さらに成長が早くなるのでこれも事前に準備しておきましょう。
ブラインシュリンプ幼生は親魚にも与えられる栄養価の高い餌ですからぜひ用意しておきたいですね。ブラインシュリンプは休眠卵をショップや通販で購入でき、1~2%の塩水(25~28℃が適温)で幼生をふ化させてから与えます。これも慣れてしまえば簡単にふ化させることができますよ。
ブラインシュリンプを食べられるくらいに成長すると行動も活発になり、親と同じような飼育管理をしても大丈夫でしょう。今回は成長過程を追うため継続してショーベタ コレクションケースMで管理しました。
●換水や飼育環境維持のコツ
今回は初めての換水はふ化後45日以上経ってからでしたが、それまでは時折蒸発した分を足し水していました。足し水用の水は水道水のカルキを抜いたものをpH6ほどに調整しました。換水は全水量の1/2ほどと多めに行いましたが問題ありませんでしたね。足し水と同様に調整した水道水を使用しています。
稚魚の管理を続けていると残り餌や、水草やガラス面にコケが目立つようになってきます。そこで残餌処理とコケ取り役を兼ねてモノアラガイを2匹投入しましたが、これがかなり活躍してくれますね。モノアラガイ以外にもレッドラムズホーンなどの小さな貝類も役立つので利用するといいでしょう。とはいってもモノアラガイでガラス面のコケを完璧に除去することはできないので、換水時にメンテナンスグッズを使ってきれいにするといいですね。
卵の発生と稚魚の成長記録
さてここで今回紹介したブンカーン県サング産のメコネンシスについて、卵の発生や稚魚の成長過程をレポートしてみます。実際に繁殖させる際の参考となればうれしいですね。
●水槽
先に紹介した水槽のほか20㎝×20㎝のキューブ水槽でも産卵が見られました。キューブ水槽ではコイの仲間の超小型種ボララスと同居していましたが食卵されずに発生が進んだので同水槽で見守ることにし、ふ化直前に稚魚の育成用の容器ショーベタ コレクションケースMに移動することにしました。
●水温
24~26℃で頻繁に産卵が確認できました。
●卵と稚魚の記録
1日目:卵確認
2日目:発生が進む
3日目:発生が進む
4日目:頭部や尾を確認
5日目:発生が進む
6日目:目を確認。体の各部位が形成される
7日目:発生が進む
8日目:目、尾がはっきり確認できる
9日目:目がよりはっきりしてくる
10日目:目が大きく目立ち頭部もはっきりとする。別のケースへ移動
11日目:稚魚らしくなり、いよいよふ化が近い
12日目:早朝にふ化
ふ化後1日目:小さな赤ちゃん誕生
ふ化後2日目:水面で摂餌行動を見せる
ふ化後3日目:水槽内を動き回る。朝にベビーフードを極少量投入。反応するが食べているかは不明。撮影して腹部を拡大してみると腹部が黄色い。餌なのか卵黄なのか判断つかないが稚魚は水面の餌を突くような様子を見せているので摂餌しているのかもしれない。
ふ化後4日目:水面直下で餌を捜している。お腹の膨らみ具合から微小な生物を食べていると思われる。メダカのベビーフードを極少量与えているがそれを食べているかは不明。
ふ化後9日目:初めてゾウリムシを与えると食べてくれた。
ふ化後10日目:だいぶ大きくなった
ふ化後12日目:ベビーフードを食べている様子を初めて確認。見ていないだけで以前にも食べているかもしれない。
ふ化後24日目:初めてブラインシュリンプ幼生の摂餌を確認。今までに何度かブラインシュリンプ幼生を与えるも興味は示すが口に入らないためか食べなかった。数匹の摂餌でお腹がパンパンになるのが愛らしい。
ふ化後30日目:ブラインシュリンプ幼生を食べるようになってから成長が早くなった。
ふ化後34日目:成長して親魚らしくなってきた
ふ化後39日目:水槽内のコケや残餌処理役に小さめのモノアラガイを2匹投入。
ふ化後40日目:初換水。全水量の約1/2。換水用の水は水道水のカルキを抜きpH6ほどに調整した。
ふ化後78日目:だいぶ大きく成長。性差もわかるように
おわりに
今回は前回を受けてメコネンシスの繁殖について紹介してみましたがいかがだったでしょうか? 産卵から稚魚の育成まで必要な作業も多く何かと苦労もありますが、それが楽しいですし無事に育ってくれると喜びは大きいですね。
実際に卵や稚魚の世話をしてみると改善すべき点が色々見えてくると思います。例えば稚魚を順調に大きくにするには初期飼料の大切さを痛感するでしょう。そこで夏期は日本のメダカのように屋外で育てると成長が早いのではないかと考えてみたり。このへんは機会を見付けて検証してみたいと思います。みなさんもぜひメコネンシスなど小さなオリジアスの繁殖に挑戦してみください。楽しいですよ。
では、また!