水作株式会社

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山崎浩二のSmall Beauty World

第68回「ローチの滝登り」

2020年3月 公開

群れになり、流れを遡上するクライミング・ローチ。壁面の凹凸を上手く利用して、少しずつ登っていく。このような小さなローチにとっては、たった数メートルの落差が、数百メートルの滝のように感じられる事だろう。

2019年の6月、例によってタイに滞在中の事である。
タイ西部カンチャナブリ県のサンクラブリという場所を訪れていた。
この場所は自分がタイのフィールドワークを始めた頃から、気に入って訪れている場所である。
自然が豊かで、淡水魚だけでなく、昆虫や植物も興味深い種類が多い。
いつもここを拠点として周辺のフィールドを散策するのが習慣となっていた。
毎年数回訪問している場所なので、最近では知り合いも多くなってきた。
そうした人達との何気ない会話に、フィールド探索のヒントがあったりする。
やはり地元に方々の情報は非常に重要である。

今回は、相棒のトンがいつも魚を仕入れている採り子のところを訪れていた際に気になる情報をゲットした。
その採り子はサンクラブリでは一番大きな川であるサンガリア川の側の集落に住んでいる。
10年ぐらい前から、トンはミャンマー方面の魚を彼のところから仕入れている。
こうした国境に住んでいる人達にとって、国境はあってないようなもので、パスポートなどを使わずに平気でタイとミャンマーを行き来しているのだ。
その彼の家を訪れ、ストックしている魚を見せて貰うのはいつもの事だ。
たまにかなりレアな魚を見つける事ができるので、この作業は欠かせない。
ひとつの水槽にかなり大量のローチがいるのに気が付いた。
この辺りではかなり普通のローチで、成長しても3~4センチの小型の可愛い種類である。
ローチを見ていると、その採り子は、スマホを取り出し、ある動画を自分に見せてくれた。
この小型のローチが、フィールドで大量に段差を遡上している様子であった。
ハゼの仲間やエビが遡上するシーンは今までにも見た事があるが、ローチの仲間が遡上するのは初めて見た。
聞くと、この大量のローチは、こうして遡上しているところを捕えたのだと言う。
なるほど、これだけ集まっているところに網を入れれば、正に一網打尽である。
ハゼでもエビでも遡上するのはほとんど外敵に襲われない夜間である。
てっきりこのローチも夜間にだけ遡上しているのかと思い、尋ねると昼間だと言う。
それもここから10分ぐらいの近くの細流だと言うではないか!!
当然、その遡上の様子が見てみたいし、撮影もしてみたい。
すぐにその細流まで案内して貰ったのは、言うまでもない。

タイ西部のカンチャナブリ県のサンクラブリにあるサンガリア川水系の細流。ここの2メートル程の段差の下にローチが溜まり、遡上を待っている。サンガリアと言うと、日本の飲料水メーカーを思い浮かべ覚え易いが、偶然一緒なだけで何の関係もない。

こんな真昼間に、本当に遡上しているのか、半分疑心暗鬼ではあったが、藪の中をくぐり抜け、その場所へと案内して貰った。
細流に到着すると、なるべく音や振動を出さないように静かにと言われた。
もちろんそのようなデリケートな場面では、刺激は禁物である。
そっと流れを覗き込むと、2メートルくらいの段差になった下の溜まりには、たくさんのローチが集まっている。
その一部が流れに逆らうようにジャンプして、遡上している。
取り敢えず、撮影は後回しにして、その様子を観察してみる事に。
ハゼのように吸盤を持っていたり、タニノボリのように口で吸い付く事ができれば、流れに逆らい遡上するのも、そう難しくないだろう。
また大型のサケなどの魚類のように体力があれば、流れに逆らうのも納得がいく。
けれども、今目の前で流れを遡上しているのは、吸い付く手段も持たない3センチ程の小型ローチである。

ハゼのように吸盤を有したり、プレコやタニノボリのように口で吸い付く訳ではないのに、小さな体で垂直な壁面を遡上するパワーには驚きである。静止画では、その様子を伝えにくいので、次回はぜひ動画を撮影し、その様子を紹介してみたいものだ。

観察していると、なるべく水のない流れの窪みなどを選んで、少しづつ地道に登っていく作戦のようである。
ピョコピョコと跳ねながら、流れに逆らうその姿は健気であり、いつまで眺めていても飽きない。
滝と言う程ではないが、2メートル程のその段差の流れは早く、結構水しぶきも飛んでくる。
足元も悪く、撮影には向いていない状況である。
さすがにこの状況では、防水コンデジでは対応できない。
マクロレンズを装着した一眼レフじゃないと、動きを止めてピントを合わす事は不可能である。
あり合わせのビニールなどで、水しぶきを遮り、何とか撮影に臨むが、被写体が小さい上に動きも早い。
しかも水の流れや飛沫が、被写体に被ってしまうため、ちゃんと写すのは超難しい。
確認しながら撮っている余裕はないので、取り敢えず駄目元でシャッターを切り、後で写りを確認する作戦に。
思った以上に、飛沫などに邪魔され、納得のいくカットが少なかった。
と言うような状況で何とか撮影したのが、今回ここで紹介する写真である。
とは言え、ありあわせの機材で心の準備もなく撮影しただけだ。
今、改めて見るとかなり納得のいかない出来である。
ちゃんとその状況に適した機材を揃え、再度撮影に臨みたいと言うのが正直なところだ。

この2メートル程の落差を、このクライミング・ローチ達は群れをなして遡上する。この遡上には何か大切な理由などがあるのだろうか?繁殖のため?それともただ生息環境を広げるためだけなのであろうか?

今年も同じ季節に同じ場所を訪れて、再チャレンジしてみたい。
ただし自然と言うのは気まぐれで、同じ状況に出会えない可能性の方が高い。
二度とないチャンスを逃さないようにしなければいけないのが、自然を撮影するカメラマンの心構えなのだ。
ちなみにこのクライミング・ローチの学名は、Paracanthocobitis maeklongensis である。
種小名からも判るように、タイ西部のメークロン水系に生息する小型ローチで、サンクラブリ辺りでは、最も普通に見られる種類となっている。
飼育も容易な種類なので、飼育下でもこの遡上行動が観察できるか、確認してみたいものである。

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