水作株式会社

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山崎浩二のSmall Beauty World

第12回「タイのクィーン・クラブ」

クィーン・クラブのオス。オスはメスよりもハサミが大きくなるので
雌雄の判別は容易である。オスのハサミは片側が大きくなり、
左右非対称である。

タイ東部のカンチャナブリはミャンマーとも国境を接しており、興味深い魚類層なので、よく撮影・採集に行く場所である。ただし、カンチャナブリと言ってもかなり広く、自分がフィールドワークに行く場所は、タイ最西端のサンクラブリ(Sangkhlaburi)という場所がメインである。ここへ行くには、バンコクから車で約5時間以上かかる。まずはカンチャナブリの市街まで3時間、ここから山よりへさらに1時間程車を走らせるとトンパプン(Thong Pha Phum )という場所に着く。長いドライブなので、この町でちょっと休憩したり市場を覗く事が多い。町の入り口には大きなカニのモニュメントがあり、否が応でも眼を引く存在である。初めてこの町を訪れたのは15年以上前になるが、このクィーン・クラブの像の前で記念写真を撮った思い出がある。その際にこのカニの話しを聞き、甲殻類好きとしてはいつか生息場所を訪れてみたいと考えていた。

カンチャナブリのトンパプンという町にあるクィーン・クラブのモニュメント。
町の入り口付近に設置されており、ここを訪れた人は誰もが見る事だろう。
モニュメントの後ろにはシリキット王妃の写真も飾られている。

このカニの学名は、Thaiphusa sirikit といい、種小名にタイのシリキット王妃の名が付けられている。このモニュメントにある石碑には、英名でRegal Crabと名付けられていると書かれているが、実際タイの人々はこのカニの事をクィーン・クラブと呼ぶ事の方が一般的である。タイという国では王室を非常に敬っており、人々は親しみを込めてこのカニをプー・ラーチニーと呼んでいるのだ。プーはタイ語でカニ、ラーチニーとはクィーンという意味である。

クィーン・クラブの生息場所。
山の中にある湿地帯で、低木の下に住処の
穴が無数見られる。薄暗い場所では、
昼間でも驚かせなければ巣穴から出て
行動する様子が見られる。

本種は1992年にDemanietta sirikitとして記載されたが、属名は後に現在の属に変えられている。1994年には他の淡水性の3種のカニと共にタイの切手の絵柄にもなっている。

今から6年程前の7月、タイではちょうど雨期の真っ最中である。また仕事でこのトンパプンへ寄る機会があった。クィーン・クラブを観察するならこの時期が最適と聞いていたので、撮影に行く事に。しかし、生息場所は町からかなり離れた場所らしく、案内がいないと難しい状況であった。知り合いのつてで、何とか地元のレンジャーのおじさんまで辿り着き、一緒に案内してもらった。その生息場所は普通の観光客が絶対に行かないような山奥で、舗装されていない山道をしばらく走らないと辿り着けないような場所であった。自力では絶対に辿り着けなかっただろう。生息場所にはタイ語でそれらしく標識があり、湿地の上には人々が観察に歩けるように遊歩道が作られていたが、老朽化しており、あちこちに穴ぼこがあり、気を付けていないとかなり危ない。

水たまりの中に身を潜めるクィーン・クラブ。
このカニはヤマガニの仲間であるが、
完全には陸生生活に適応しておらず、
生きるためには水分が必要である。
クィーン・クラブの巣穴。好みの条件が
あるのか、近い場所に複数の穴があることが
多かった。穴の奥には水があるような
場所である。

そうこうしているうちにレンジャーのおじさんがシーっと話すなという合図をしてきた。指差す方向を見ると、白と赤の色彩を身に纏ったクィーン・クラブの姿が!まだ日中であるが、雨期で水がある状態では、昼間も活動するようだ。しかし、物音や人影には非常に敏感で、すぐに巣穴に引っ込んでしまう。一度隠れても、辛抱強く穴の前でカメラを構えて待っていると、しばらくすると顔を出してくれる。目が慣れて来ると、あちらこちらにクィーン・クラブの姿が。考えていた以上に生息密度が濃いようだ。もちろんこの場所が保護区で、誰も採ったりしないためにこの個体数が維持されているのだろう。かなり興奮状態で撮影をしていたのだが、湿地で薄暗い場所という事もあり、かなり蚊の数が多い。撮影のためにはじっと動かない状態でいなければならず、こうなると蚊のよい餌食である。帰る頃には手足がボコボコであった。

クィーン・クラブの色彩には変異があり、
赤い色彩の鮮やかな個体、白い色彩が目立つ
個体などがいる。食べている餌や年齢などに
よるものなのだろうか?

このトンパプンの町では、当時このクィーン・クラブを名物にしようという動きがあったようで、町のお店のあちこちでカニのイラストの入ったTシャツ、カニの置物などが売られていたが、現在では飽きられてしまったのかほとんど販売されていない。熱し易く冷め易いお国柄のようだ。
数年後、雨期ではなく乾期に同じ生息場所を訪れた事がある。老朽化した観察道はさらにシロアリなどに食われて壊れており、今ではほとんど人が訪れていないような状況であった。また以前は水気のあった湿地帯も乾期という事もあり、ほとんど乾いていた。クィーン・クラブの巣穴はあちこちに見られるが、以前のように出歩いている個体は皆無であった。数多くの巣穴を覗いて、たまに脚がちょっと見えるぐらいである。やはり生き物の観察には時期やタイミングは重要である。

同じ場所のさらに山よりの乾いた場所には
別種のヤマガニも生息している。異なる
環境を選ぶ事により棲み分けしているようだ。

ちなみにこの美しいカニをペットにしたいと思った方もおられる事だろう。しかし、残念な事にこのクィーン・クラブはタイ政府により手厚く保護されている。なので、飼育は不可能である。姿を見たいという方は頑張って現地で観察するしかないのである。

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