色とりどりのベタの改良品種の元となっているのが、タイの生息する野生種のベタ・スプレンデンスである。改良種よりも小型でスリムで、色彩的にもやや地味である。知らなければ同じ種類とは思わないだろう。この野生種のスプレンデンスを長年かけて改良し、現在の改良種のベタが作られたのである。
この改良種の中にプラカットと呼ばれるショートフィン・タイプの改良品種がある。以前からその中にたまに尾びれの中央部が伸長してスペード状になる個体がいた。スプレンデンス・グループのベタの中で尾びれ中央部が伸長する特徴を持った種類はベタ・マハチャイエンシスだけが知られていた。そのためスペードテールを持ったプラカットはどこかでマハチャイエンイスとの交配が行われていたのかと考えられていた。しかし、この推測は誤りだったようである。というのは、最近ベタ・スプレンデンスで尾びれの中央が伸長する地域変異が紹介されたためである。元々ある地域のスプレンデンスには尾びれが伸長する形質があり、それがたまに改良品種のプラカットにも現れると考えた方がスペードテールのプラカットの説明として納得がいく。
最近、ベタの本場タイでも改良品種の他に野生種のベタを飼育するマニアが増えて来ている。それに伴い、ワイルド・ベタを販売する店も増えて来ているようだ。バンコクにあるサンデー・マーケットはウィークエンド・マーケットとも呼ばれ観光客に人気のスポットである。この中にペットを扱う一角があり、犬や猫、爬虫類や魚などを販売している店が集まっている。もちろんベタを売っているお店は数多く、様々な特徴を持った店がひしめいている。この中にワイルド・ベタを中心に扱っているお店もある。当然自分も贔屓にしていて、バンコクを訪れる度に顔を出している。
昨年辺りからここにあるお店で少し変わったベタ・スプレンデンスを見かけるようになった。最初に見かけたのはラッブリ産というベタ・スプレンデンスで、尾びれの中央部が伸長している。この尾びれの形態は、ベタ・ストローイを彷彿とさせる。スペード型というより、やや上側が伸長した雰囲気である。タイにはラッブリという場所は数カ所あるので詳細を聞いたところ、知り合いが繁殖させた魚だそうで、ラッブリの場所の詳細は不明との事であった。その際にはお店に10匹のオスがいたが、皆同じ様な形質を持っていた。後日、バンポンという場所にあるベタ・ショップでも同じ魚を見る事ができた。
今年に入って今度はドンムアン産というベタ・スプレンデンスが同じ店に入荷した。ドンムアンというのは現在のスワナプーン空港になる前バンコクの国際空港のあった場所である。現在でも国内線やLCCの路線などはドンムアン空港を使っている。この魚はラッブリ産ほど顕著に尾びれの中央部が伸長しないようだが、やはりスペード型の尾びれを持っている。20匹以上のオスを見たが、やはり皆同じ形質であった。 今年の6月になり同じ店を訪れたところ、また新たなスプレンデンスの地域変異が入荷したみたいである。オスの入っているビンの仕切りを外したところ、見事なスペードテールをしたオス同士のフィンスプレッディングを見せられてしまった。尾びれが伸長しているだけでなく、大きさ自体もやや大きいみたいである。
産地を聞いたところタイ東北部のルーイのプールアという場所と言う事である。もう少し東に行けばベタ・スマラグディナの生息地域である。この辺りにスプレンデンスとスマラグディナの生息の境界線がありそうで興味深い。
最近、バンコク近郊でもサムットプラカーンでワイルドのスプレンデンスを採集する機会を得た。意外と民家の近くにも細々と生息場所が残っているようである。その場所のスプレンデンスは通常のラウンドテールで色彩的にはやや地味であった。まだまだ多くの地域にワイルドのスプレンデンスが生息していると思われる。こうした情報をまとめると同じスプレデンス・グループの他種との相違もはっきりすると同時に、新たな知見も現れてくるかもしれない。