水作株式会社

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山崎浩二のSmall Beauty World

第34回「タイの丸葉クリプトコリネ」

うっすらと木漏れ日の射すジャングルの中のクリプトコリネの水中葉。ここはタイ東部のカンボジアとの国境となる山中の中を流れる小さい川である。日当りの良い場所よりもやや陰になった場所を好むようである。

昨年の10月、数年前から採集や撮影に通っているタイ東部タラットの川へ友人を案内した。いつものように道路を降りて、日差しを避けるために橋の下に荷物を置いて、周辺を探索していたところ、橋の下の一角に見慣れない水草の姿が!この辺りにはバルクラヤ・ロンギフォリアが数多く自生しているので、それかと思ったのだがどうも葉の質感が異なる。一株掘り起こしてみると、明らかにバルクラヤではなくクリプトコリネである。クリプトコリネでもバランサエならこの辺りでも普通に見られる。だが、このクリプトコリネは丸葉タイプである。マレー半島部のタイ南部では、丸葉のクリプトコリネ・コルダータは普通に見られるが、ここインドシナ半島部では丸葉タイプのクリプトコリネは非常にレアである。各所にクリプトコリネはあるにはあるが、細葉タイプばかりなのだ。数年前にここタラットよりさらに東に行ったカンボジアのココンのブラックウォーター域で丸葉タイプを見つけた事があるが、タイでは初めてである。

水位が下がり、水上葉となったクリプトコリネ。クリプトコリネの多くはこうして水位が下がった時期に花を咲かせる種類が多いのだが、この場所の種類はそうではないようであった。
デコボコした独特の質感を見せるクリプトコリネの水上葉。他の植物の根ががっちりと張り巡らされた場所に自生しており、そのために雨期に増水しても流される事がないようである。

橋の下には数株のみが自生していた。こういう場合、同じ川の上流か下流に他にも間違いなく自生しているはずである。と言う事で相棒のトンに他にも無いか魚の採集のついでに探して来るように頼んだところ、ほどなくして下流に大きな群生を見つけたとの報告が!この川は山の中に流れる細流で、3年程前から通っているのだが、恥ずかしながらクリプトコリネの存在には全く気が付かなかった。急に現れる訳が無いので、以前から自生していたはずである。魚や他の生物ばかりに目が行き、足下の水草に全く気が付いていなかったのである。

やっと一株だけ見つけたクリプトコリネの花。水上葉ではなく、水中にある株から水面にまで伸びて開花していた。いわゆるコルダータ・タイプの花であるが、内部の雄しべや雌しべまでは観察していないので、種類の同定はまだである。

この発見の際はまだ雨期の終わりで水位も高く、夕方で光線の具合も悪かった事から撮影は諦めた。どうせ撮影するなら水位の下がった乾期に、花の咲いている様子も一緒に撮影しようと考えたのだ。ここなら年明けにまた来る事もできる。と言う事で、タイでは乾期にあたる年明けの2月にまた同じ場所を再訪したのである。川の様子を見ると水位も十分下がっている。この様子ならクリプトコリネの群落の辺りは花盛りだろうと思い、ワクワクしながらカメラを持って行ってみると、意外な事に美しい水上葉は見られるが、花の姿は全くない。通常、クリプトコリネの仲間は水位が下がると花を付ける種類が多い。花を見ないと種類の同定が難しい種類が多いので、クリプトコリネの撮影にはできるだけ水位の下がる時期に行くようにしている。ところが、ここのクリプトコリネはちょっと様子が異なる。探せど探せど花が見つからないのである。そうこうしていると、トンが水中葉の場所でやっと一株だけ花が咲いていたのを見つけて来てくれた。黄色い花の様子は、カンボジアのココンで見つけた種類と良く似ている。花をカットして雄しべと雌しべの様子を観察しなかったので、種類は不明であるが、コルダータに近い種類である事は間違いないだろう。この後、5月にも同じ場所を再訪したのだが、やはり花の姿は無かった。また違う季節に観察に訪れないといけなようだ。生物を観察する際は、同じ季節ばかりではなく違う季節にも見ないといけないという典型的なパターンである。

この場所では、最初にクリプトコリネを発見した橋の下の小群落の株と下流域の大群落の株では、少々形や色彩が異なっているように感じられた。 橋の下の小群落の株は小ぶりでやや細長く、葉に虎模様が入っている。対して下流域の大群落の株は水中葉こそ細長い形態だが、かなり大型である。水上葉は丸葉でデコボコした質感となる。植物は生育環境によって大きく姿を変える事が知られているが、素人目には同一の種類とは思えない。実際、ボルネオ島などでは同一の河川に複数の種類が自生しているのも珍しくないようだ。こうしたことから、この場所のクリプトコリネもまだ観察が必要なようである。大群落の株を少々持ち帰って育成してみたが、他のクリプトコリネよりも丈夫で育成が容易であった。

同じ河川だが、比較的日当りの良い場所に少数だけ自生していたやや細身の葉を有するクリプトコリネ。植物は生育環境で容易に姿を変えるので、先に紹介したクリプトコリネと同種の可能性もあるが、自生している場所、葉の形態、葉に入るトラ模様などが異なっており、別種の可能性も高い。
やや細身で、葉に独特のトラ斑模様の入るクリプトコリネ。非常に小さな群落だが、ランナーを出して子株を増やしている様子が観察出来た。ジャングルの中のクリプトコリネとは株の大きさも色も質感も大きく異なる。花は見つけられなかったが、今後の課題である。

さて、このクリプトコリネの自生する川はタイとカンボジアの国境となる山の中を流れる細流で、日本で言うと渓流域の沢の様な環境である。周囲にはアダンが茂っている。このアダンという植物は水分のある場所を好んで自生しているので、この植物がある場所には水が流れていると予想する事ができる。20年ほど昔にワイルド・ベタを探してボルネオやマレー半島などを回っていた際に、このアダンを目当てに生息場所の湿地を探し当てたものである。しかし、このアダン、葉には硬く頑丈な刺がある。この葉が茂っている薮の中で行動するのは非常に難儀である。すぐにシャツに刺が絡まるし、肌に刺さる。また、こうした場所は蚊の他にも吸血性の生物が数多い。こうした環境で、じっくりと撮影するのがどれだけ困難か理解していただけるであろうか?撮影後は心身共にボロボロになってしまう。フィールド慣れしていない人にとってはより過酷な環境と思われ、案内すると二度と来たくないと正直な感想を聞く事が多い(笑)。

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