3月になり、日本ではスギ花粉の飛散が始まる頃、毎年日本から逃げ出して東南アジアで過ごす事にしている。目が痒くて、鼻水も止まらず、頭もボーッとした状態では、撮影も原稿執筆もはかどらない。幸い毎日会社に通わなくてもよいフリーのカメラマンである。逆に日本にいるよりもフィールドに出かけている方が仕事になる。同じ花粉症の知り合いには嫉妬されてしまうが、この特権だけは譲れない。と言う事で、確定申告を済ませた3月中旬過ぎにベースであるタイのバンコクへと飛んだ。
前書きが長くなってしまったが、バンコクへ戻るとすぐに行くのが、通称サンデー・マーケットやウィークエンド・マーケットと呼ばれるチャトチャック・マーケット。ここには数多くのペット関連の店がひしめいていて、行けば必ずネタが拾える。今回も馴染みのベタ屋に挨拶しながら、ベタの入ったガラス容器に目を光らせる。するとすぐにある店の片隅で気になる魚を見つけてしまった。その魚は前回このコラムで紹介した3種類のワイルド・ベタを交配させて作出したトリプルクロスである。店の主人に聞くと、確かにマハチャイエンシスとスティクトスとスマラグディナのギターを掛け合わせた魚だと言う。ところが、前回紹介したトリプルクロスとはヒレの模様などは似ているものの、全く別の印象を受けるのだ。前回紹介したトリプルクロスとややこしくなるので、今回の魚はトリプルクロス・タイプⅡとして区別する事にしよう。
まずは形、今回の魚は尾びれの中央部が僅かに突出するマハチャイエンシスの特徴を残している様に感じる。また尻ビレ後端もより伸長している。完全に異なるのは、今回の魚には体全体がスチール・シルバーになる魚がいる事である。お店には10匹程の魚がいたのだが、ほぼ3タイプに分ける事ができた。グリーンがかった魚とブルーが鮮やかな魚、それにこのスチール・シルバーの魚である。このスチール色は、どの種類から引き継いだ特徴なのだろうか?闘争時には目の虹彩が赤くなり、これがこの魚をよりワイルドな雰囲気とさせる。尾びれのエッジ付近は光線の具合によって赤く色づく。この尾びれの色彩も前回紹介したトリプルクロスとは異なる。
ブルーのタイプは前回紹介したトリプルクロスのブルーとよく似た色調であるが、やはり尾びれのレッドがよく目立つ点や腹ビレの色彩が異なる。
グリーンのタイプは、全く前回紹介したトリプルクロスとは異なる。ギラギラした色彩ではなく、落ち着いた色調と言った方がよいだろうか?このタイプが一番尾びれの中央部が伸長し、マハチャイエンシスに似た形態をしている。どのタイプも体側や鰓蓋付近には美しい色彩が乗っているが、頭頂部付近だけ色彩が乗っておらず地色が見える。
この様に同じ3種類を交配させたのに、こうも表現型が異なるのは、まだ品種として完成していないためか、目標とする完成形が異なっており、交配の順序や方法が異なっているためであろう。前回紹介したトリプルクロスの場合、交配の途中で頭部の色彩に不満があったために、スマラグディナのギターを交配させて完成形に至ったような話しを聞いた。
個人的な想像で言わせていただくと、前回紹介したトリプルクロスは体側から各ヒレまで全体にソリッドカラーにする事を目標に作出されたと思われる。それに対して、今回紹介したトリプルクロスでは、どのタイプもソリッドカラーにはなっておらず、全体に野性味がまだかなり残っている。作出者はこのような特徴を敢えて残そうとしたのか、あるいはここからさらに洗練する途中であったのかどちらかだろう。しかし、ブリーダーが完成形に至っていない魚を市場に出す事はあまり考えられないので、前者の可能性が高い。前回紹介したトリプルクロスも今回紹介したトリプルクロス・タイプⅡも個人的には優劣つけ難い程魅力的に感じる。
出来る事なら、このトリプルクロスの作出者達に直接お会いして話を聞きたいものだが、まだそこまでに至っていない。とは言え、狭い観賞魚の業界の事である、近い将来ブリーダー達から交配の秘密を聞き出すことができるであろう。その際にはまたこのコラムで紹介したい。
とここまでの話が、タイに来て2日目に見つけたネタ。今回、タイに来て僅か5日の間に、この他に2つのワイルド系改良ベタの興味深いネタを見つけてしまったのである。一度に紹介できないのがもどかしいが、次回もたぶん興味深いネタを紹介できるであろう。